とある 介護施設 管理者の裏事情 -12ページ目

とある 介護施設 管理者の裏事情

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このブログは、現在某デイサービスの管理者を務めている私が、

日常の業務を通じて、普段押し殺している胸の内を、

愚痴や本音を交えながらお送りする、

さつばつとした独りよがりなブログでございます。

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今朝の朝のワイドショーで、


高齢者入居施設での、


職員による虐待映像が話題となっていました。




多くの方が衝撃を受けたと思いますが、


高額な金銭を支払い、


人生の終末の安寧の地として


約束されたはずの場所が、


実は地獄だったという


笑えない現実のお話です。




虐待に関わっていた人間は、


報道によれば、少なくとも4人いたそうで、


その中の2人は、現在も同じ施設で


仕事に従事しているということです。




虐待を行っていた職員が、


果たして改心することができるのだろうかと、


あの映像を見て思いました。




職員を簡単に切ることが出来ないという


施設側の状況もあるのだと


私は理解しています。




いくら問題ある職員だとしても、


いなければ、仕事が回らない。


それもまた現実なのです。





さて、そこで番組のコメンテーターの一人が、


面白い発言をさらりとしたなと、


ひとつ感心したことがありました。




こんな感じのコメントでした。




ぶっちゃけ、今の介護業界は悲惨です。


大変な仕事なのに、給料が安いために、


優秀な人材がほとんど残らないのです。


そのため、職員の質の低下を招くのは必然なのです。


国は、もっと若者がなりたい職業とするような


優遇措置を検討しなければなりません。





よく代弁したなと思いました。


これが施設側の本音です。


いくら理想を掲げて入った仕事でも、


より待遇の良い職場を求める者は多いのです。




国は、最新の法改正で、


職員の給与を増額する措置をとりましたが、


施設に入る金額を、大幅に減額しました。


これは、職員のとって聞こえはいいですが、


現実は奥深いものです。


これにより、小さい施設の淘汰が現在起こっています。




また、施設に入る利益が減った分、


職員の削減に加え、受け入れ利用者の増


これによるサービスの質の低下が


起こり得ます。





人のためになる仕事


と言った、一見聞こえの良い言葉による


上辺だけのモチベーションは、


長くもつことはありません。





ただ、今は、優秀な人材だけでなく、


介護に携わろうとする人材そのものが


不足してしまっています。




人を選べないという今でも、


すぐ辞めるような人かどうかを


見極める最低限の目は


持っていきたいと思っています。




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9月9日は、救急の日です。



私が思い出すのは、高校生だった時に、


ばあちゃんが風呂場で沈んでいました。



学校で習ったばかりの、心臓マッサージを


施しましたが、時すでに遅かったようでした。




いくら、学校で習ったからと言って、


実践で行って、うまくいくという保証は


どこにもありません。



今後、もしそうした機会があった時は、


誰かを助けることが出来るのかと、


今の職にいる身としても


自信をもつことはできません。




今日、風呂場の脱衣所で入浴後の


利用者さんが、苦しい表情で床に倒れました。




急いで、看護師がかけつけ、


対応を行っています。


幸い、大したことなく、静養室で横になり、


午後からは、幾分体調も回復され、


無事に帰宅されました。



ほっとしたところです。


試されているのかと、ふと考えてしまいました。






今、テレビのニュースで話題となっている中に、


介護施設での不可解な事故のニュースが


あります。



特定の職員が勤務していた時に、


利用者さんが、連続して亡くなられている


という事件です。




時間の経過とともに、新しい周辺の情報が


次々と明るみになってきました。




誰もが、その職員が怪しいとみている節が


ワイドショーの雰囲気から、あるように感じられます。



事故なのか事件なのか、


警察は、その両面から捜査をしていると


思いますが、事件という恐ろしい結果に


向かっているようで、怖いですね。




施設の管理体制もまた取り上げられていますが、


全国的に展開している大きな事業者だけに、


ずさんな管理は、考え難いのですが、


ようは、そこで働く職員の資質そのものに


問題があったのでしょう。




ですが、世間的には会社の責任として


問われることが多く、それが会社の運営に、


大きな打撃となる場合があります。


うちのような小さな会社なら、一気に


吹き飛んでしまうようなものです。





人を雇うのも会社の責任



国は、介護職の人材を確保するために、


ハローワーク等で、無料の介護資格受講の


チャンスを広げました。



それにより、当時職を失くした


多くのリストラ対象者達が、


一気に流入してきました。



そうして無料で介護資格を得た方たちは、


実際に介護の仕事に入っていったのですが、


そこで介護の仕事に残りえた職員は、


受講した全体の2、3割ほどだと


聞いたことがあります。




きたない言葉ですが、


質の低い介護職員が急激に増えたことも


事実だと思います。




今回の事件の対象者が、


そのような者なのかどうかは


わかりませんが、


多大なストレスを感じ得る職場では、


誰もがそういった面に陥る危険性をも


はらんでいるのかもしれません。




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日曜日の朝に軽井沢へ向けて出発してきました。


長時間の運転でしたが、無事に予定時刻より


早くに到着することができました。



おかげで、お昼ご飯には、名物ソースかつ丼と、


夕食には、信州そばを堪能してきました。



あいにくの全国的な雨模様で、


観光も、そこそこに、


あっという間に暗くなってしまいました。



彼女とは夜に合流できました。


時間があったので、今後のことについて、


話すことができました。


そのためにだけでも、後を追って来たかいがあったと


いうものでした。





翌日は草津の湯で、


旅の疲れを癒してきました。



さすが、満足度ナンバー1の温泉です。


大雨の中、露天風呂内を裸で雨に打たれながら


徘徊する自分の姿が滑稽でした。



せわしない観光でしたが、良い経験と


今後の良く末について、大きく踏み出すことが


できた旅行でした。




さて、今日は、お土産を職員に配ったりしながら、


少しだけ撮影してきた、旅の記録を利用者さんに


ビデオを見せながら、お話をすることができました。





利用者さんの中には、若い時に全国を渡り歩いた方も


おられましたが、それがどんなだったか


思い出せない方もおりました。





歳を重ね、物忘れ、認知症になられた方は、


過去にどんなに素敵な経験をされても、


忘れてしまうことにたいして、


これまでのあらゆる経験が、


その方に対して、無価値になってしまうのかと、


そう考えると、怖くなってしまいました。



楽しむことができるうちに


楽しまないと。


人の人生には誰しも終わりは必ずくる。


死んだ後に当人にとってお金は無価値




ものごとを忘れてしまっていく恐怖


それを実感することができることこそ、


辛いものだと思います。




時々、そうした方に接していると、


目前に迫った恐怖に対して、


私たちは、表面上のことしか、


その方に対して、お手伝いができないのだと


掲げられた理念が、実に安っぽく感じてしまいました。






今日は、旅の疲れのためか、


少し身体が疲れているので、


帰ったら無理せずに休もうかと思っています。


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明日、軽井沢へ車で向かうことに、彼女も了解し、


往復分の切符を払い戻してきてくれました。



彼女は、友人の結婚式に出席し、


その後の二次会以降に付き合ってからの


私との合流となる見込みなので、


私は、ゆっくりと向かっても構わなかったのですが、


一度、旅行に行くと自分の意思が固まった時点で、


少しでも、観光を楽しもうという気持ちが強く、


なるだけ早くに、ここを立ち、


美味しい食事を食べられる分だけ


食べてやろうと意気込んでいました。



あれもしたい、これもしたい


草津温泉にだって、行ってみたいし、


自然を堪能したり、歴史にも触れてみたいと


欲張る気持ちが一段と増してきました。




そうして、今日の終業後に、


準備やら計画をまとめて、残った仕事も片付けつつ


やっぱり今日も遅くまで会社に残ることとなりました。




実は、今日は知人から、


サッカーの試合を見にいかないかと誘いを受けており


行ったことがなかったので、時間がとれれば、


と言葉を濁しつつ、可能だったら現地集合という話を


していました。




結局は、仕事の片付けや買い物があったりと、


サッカー観戦する余裕はなくなっていました。




未体験の誘いには、自身が惹かれる気持ちと、


億劫で逃げ腰になる気持ちがあると思いますが、


以前の私は、後者の気持ちが主でした。




ただ、限られた人生の時間の中で、


今しか得られないチャンスというものは、


そういつも都合よく舞い込んでこないものだと


歳を重ねた今になって思い始めてきました。




サッカー観戦も一度くらいは・・・。


少なからず、そうした気持ちがあったので、


手を半分挙げたのですが、


結局、私は、明日の予定を優先し、


知人に行けない趣旨のメールを送りました。




誘いというものは、友達や友人が


携帯でつながっていれば、


いつだってチャンスはあるものだと


錯覚してしまいますが、


もう誘いなどこないのだと確信する時には


もう遅いのです。




今回は、残念ながら、彼の誘いを断る選択をし、


私の中の新しい経験の1ページに


残すことはできませんでしたが、


いつかはそこに、経験の記憶を書き込みたいと思います。




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軽井沢へ私も行こうと


決行数日前に思い立ち、移動手段は、


彼女が最初に一人で向かうコースと同じように、


新幹線に乗って、電車に揺られていくものだと


当たり前のように思っていました。


帰りは、一緒にまた電車に揺られて帰ってくるのだと。




そんな計画を、男性の同僚にぼそっとこぼしたところ、


思いもしなかった一言が返ってきました。



「えっ? 車で行かないんですか?」



私の頭の中には、長野まで車という考えは


その時まで全くありませんでした。




4時間を超える一人での長距離ドライブは、


これまで行ったことがなかったので、


気持ち的に、それはないものと思っていましたが、


やってやれないことはないのだろうなと、


新しい選択肢に、胸が躍りました。




出不精の私にとっては、


この車で向かうという選択肢は、


ある程度の覚悟を伴います。




途中で、事故ったらどうしよう・・・


そんな心配ごとは常に見え隠れしますが、


新しいことにチャレンジするという


意欲のほうが今は、魅力的に感じられます。




彼女には、そのことは今から伝えますが、


長時間の車旅行が苦手な彼女が、


果たしてその行為を歓迎してくれるかは


微妙なところです。




でも、ここまで私の気持ちが、


高ぶっているのだから、


是非ともそれを実行したいと


考えています。




普段は、人の意見を優先してしまう私ですが


たまには、わがままもぶつけなければ


なりませんね。



とりあえず、後で話をしてみます。





また、今日は、亡くなった祖母の何回忌?


かの法要があり、昼の席で、


親戚一同が集う場面がありました。




私は、仕事の昼休みを利用して出席していたため、


単に食事をとるという行為だけで、


終わるものと思っていました。




ですが、そこに思いもしなかったことが


起こりました。




「おまえに話がある。」


と、親戚の叔父さんが私の隣に座り、



「いいかげん覚悟を決めたらどうだ」



と、今の彼女との件について


問い詰められてしまいました。


周囲の親戚と家族の視線が集まります。




事情はいろいろ家の母から聞いているらしく


彼女の方が、家族や家庭環境のことで、


結婚に踏み切ることが出来ないでいる


という事情も知っていたようでした。




ですが、その叔父さん曰く、


「そんな問題はいろいろあるだろうが、


 男がすべて背負ってやる覚悟を見せないと


 女はついてこない。


 実は彼女も待っているのではないか。」




その言葉が胸にぶつかってきました。


人の言い訳を素直に、はいそうですか、と


聞いているだけでは、何も前に進まないということ




それは、優しさではない、ということでした。




なるほど、私はこれほどまでに、


覚悟から逃げていたのだと


考えさせられました。



結婚に踏み切れないのを、彼女のせいにするのではなく


覚悟から逃げていた、私自身のせいなのだと



いろんなものに、挑む勇気と覚悟が


今の私には必要な気がします。





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利用者さんを車で送迎中の際にも、


ふと独り言で、「ねむい」


なんて言ってしまっているほど、


私は、疲れているのかしら。




もちろん、自ら望んだ夜更かしを


したのも原因ですが、


十分な休みを人より確保できず、


今もこうして、居残り残業で


一人事務所で、キーを叩いているのは


いけないのかななどと考えています。




ブログを2件掛け持ちするのは、


けっこう大変ですね。




さて、向日葵の花の匂いってどんなか知っていますか?


花瓶に飾られた向日葵の花を


利用者さんが、興味深そうに


匂いをかいでみたら、


「落ち着くような香りがした」


などと言いながら、


鼻の頭に黄色い花の花粉をつけていました。





今も、忙しい日々の中でも、


自分の楽しみの時間をねじ込もうとしています。



仕事帰りにレイトショーで、


映画を見てきたり、


ツタヤから、漫画本をまとめて借りてきて


ジムでエアロバイクを漕ぎながら、


一冊ずつ読んだりしています。




先日も、日帰りで東京に行ってきたのですが、


昨日の仕事終わりに食事を共にした彼女が


親友の結婚式のために、


高い費用を自腹で、一人で遠方まで2泊3日の、


観光を兼ねた結婚式へ行く計画を話していましたが、


一人では心細いと話していました。


その場で、私も思い立ち、急遽決断し、


途中から合流して一緒に観光することを


決めました。




覚悟さえ決めれば、計画などなくても、


なんとかなるでしょう。




今しかチャンスがない機会が目の前にあるのなら、


その選択肢が目の前に見えるのなら、


後悔しない選択を、


なんとかなるのなら、無理をしても


行おうと考えました。




以前、誰かから聞いたような話を思い出しました。




なぜ、皆楽しいと思うことをしないのか。


そんなに仕事が大事なのかい。




そう割り切れない現実もありますが、


仕事を言い訳ばかりにしてはいけない時も


ありますよね。




今週の日曜日に出発し、月曜日に観光して


帰ってきます。




私にとって、初めての軽井沢です。





天気は心配ですが、ソースかつ丼を食べてこなくては・・・

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職員が辞めてしまってから、


求人に対する問い合わせは、


再び、ぱたっと音沙汰なく、


万年、職員募集状態となっています。




派遣の話もありましたが、


紹介されるという情報もなく、


今に至ります。




職員の希望休が重なれば、


その分、上の者がカバーする役回りが


増えて、本来の業務が


出来ない状況となっています。




隣の芝はよく見えるという話も


ありますが、


他施設の職員は良く見える、


というのが、今の私に当てはまります。



ためしに、自分で現在の職員を、


10段階で、介護員としての点数をつけてみました。




リーダーでも、5


一般職員は、4



介護福祉士がいない現状で、


利用者への接遇や、介護技術を見ても、


経験が浅いか、独自のやり方で


ここまで来たところによる私の評価です。




ちなみに、私の管理者としての点数は、


6ぐらいなのでしょうか。



管理者への負担レベルなら、


9あたりはいってそうなのですが・・・




点数を職員にくだすというのは、ある意味、


点数を上げるにはどうしたらいいか、


という課題も、少し意識するきっかけにもなりました。


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昨日の出来事なのですが、


昨日は、いろいろと書くことがあったので、


書かなかったことなのですが、


実は、昨日私の目の前で、


利用者さんの転倒事故が起こってしまいました。





それは、帰りの送迎を行うために、


利用者さんを玄関口から送迎車まで


誘導するところで起きました。




本来、出発する利用者さんの名前を呼んで、


その方より順次、車に乗せていくという段取り


なのですが、


名前を呼び上げていない利用者の方が、


出てこられ、勝手に靴を履き玄関口から外に


出て行こうとされていました。


自分は何でもできる、と思い込んでる


要支援の方でした。




その時のごたごたで、その方がバランスを崩し、


隣にいた利用者さんにぶつかってしまい、


ぶつけられた方が、そのまま床に倒れてしまいました。




私が丁度後ろにいたので、支えようとしたのですが、


体格が良い方でしたので、勢いこそないものの


そのまま床に倒れてしまった形となりました。


その時に、右腕を下にして倒れましたので、


立ち上がった後も、少し右腕をさすられており、


大丈夫だと、本人の口からもあったので、


そのままお帰りされています。




もちろん、このことは、ケアマネや家族の方に連絡しました。






で、今日の朝のことでした。



その担当ケアマネから連絡があり、


その転ばれた利用者さんが、腕の痛みを訴えていると


連絡が入りました。




その方は、事情があり、親族が受診に同行することが


出来ない方だったので、


当施設で起こった事故ということもあり、


私が、その方の受診に付き添うことになりました。





病院につき、長い待ち時間を経て、


腕のレントゲンを撮ったりしての、診断結果は


異常なしということに終わりました。




結果、良かったのですが、


わずかなミスから、ここまでの対応をとるまでになり、


私がそばにいながらと、


うまく対応できなかった自分を


反省しています。



人のことは言えないものです。




なんだか、今日は、頭がぼーっとして


片頭痛を感じます。


頭がひりひりする。



ストレスによる抜け毛の予感が・・・!!

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日曜日、私は東京へ日帰り旅行に行ってきました。


目的は、美味しいラーメンを食べることと、


ミニライブに参加することでした。




都内は雨の一日となり、始終傘は手放せない一日でした。


まずは向かった先の有名なラーメン屋さんにむかいました。


あのミシュランガイドでも紹介されているという有名店だそうで、


開店時間に到着しました。




なんということでしょう。


既に、30名以上もの客が綺麗に行列をつくり、


雨の中たたずんでいるではないですか。


なんて、都内の方は暇なんでしょう!




結局、勢いで並んでしまい途中から引き返せなくなり、


一時間半、行列に並び、ようやくと目的のラーメンに


たどり着きました。



まさに、本来の目的のライブに間に合うぎりぎりでした。




なんとか、ラーメンとライブを堪能して帰ってきました。






さて、そんな日曜日を過ごしてきたのですが、


その日は、施設で大変なことが起こっていました。




併設している入所施設で、


職員が休憩時間で入れ替わる一瞬の隙をついて、


認知症の利用者さんが、施設外に脱走してしまったのです。




外は小雨が降っていたそうです。




施設の敷地を出て、道路を歩いているところを


近隣の方に声をかけられた後に、


警察にも連絡がいってしまったとのことでした。




警察への対応には、連絡を受けた代表が対応したのですが、


そこで言われたことは、


「なぜ鍵を閉めておかなかったのか?」


ということでした。




一般に福祉業界において、掲げる理念と、


現実のギャップは大きいものです。




玄関のカギをかけてしまい、


利用者の方が外に出ることを防ぐ行為は


一般に「拘束」と、捉えられます。



してはいけないことになっているのです。




当施設は、職員の見守りやセンサーで、


なるべく対応をしていましたが、


職員の隙をついて、


屋外に利用者さんが出てしまうケースというのは


これまでにも何件か報告されています。




玄関にカギをかけずに、出来得ることは、


職員の見守りしかり、


ドアが開けば、鈴がなるという工夫や


靴を手の届かないところに置く


などが、講じてきた対応策でした。




ですが、今回、警察が絡んで、


再発防止策を求められ、


鍵をかけるような指示があった場合、


本来福祉業界がかかげる、


「拘束」について、どうとらえるかが、


矛盾が生まれてしまいます。




おかしいもので、拘束するな!という考えと、


拘束しろ(鍵をかけろ)という、


相反する対応を求められており、


まさに板挟み状態となっています。




ですが、実際のところ、職員数の都合等、


玄関口に鍵をかけている施設は、


たくさんあるのが実情です。



掲げる大切な理念と、現実問題の重大事故予防


どちらをとるかと選択を求められるならば、


おのずと、どうなるかは明白でしょう。


こうした結論をもっぱら迫られるのは、


中小規模の施設です。


大きい施設は、お金をかけたそれなりの


セキュリティで対応できますからね。








そして、もうひとつ大きな出来事がありました。


日曜日の朝方、


余命を宣告された利用者さんが


お亡くなりになられました。




その話は、今朝担当のケアマネから


連絡を受けました。




そして、業務が終了した後に、


既に夜の7時半をまわっていましたが、


利用者さんのお宅へ向かいました。




線香をあげ、顔を見てきました。



最後まで病気と戦ってきたあとが


窺い知ることができましたが、


化粧が施され、穏やかに


眠られていました。




そして、急いでまとめてきた


利用者さんが元気だった頃の


思い出の写真をピックアップして、


持ってきていたものをお渡ししました。




たいてい亡くなられた利用者さんには、


最近の写真というものは、


残っていないことが多く、


こうした思いでに残る写真や


普段家では見せない表情の写真が、


こうした沈んだ場での、


ぽっと出た穏やかな話題の種となります。




ですので、私は利用者さんが亡くなられた際には、


こうして良い表情の写真を見繕って、


お参りと一緒にお持ちしています。




その利用者さんの遺影は、


施設で撮られたものを加工されて


使われていました。





利用者さんの最後というものに、


私たちは、深く関わっているのだなと


改めて思いました。

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若年性認知症の方で、


ほとんどコミュニケーションを


とることのできない利用者さんは、


当初は穏やかな性格で、笑顔が絶えない


方でした。




その方に、少しずつ変化が表れはじめ


今では、笑顔で職員に接することの


ほうが稀になりました。




突然、攻撃的な口調になり、


「バカ」、「うるさい」、など汚い言葉が


大きな声で発せられ、周囲の方が


怯えてしまうこともありました。




なにかがきっかけで、そうなるのかと


いうものでもなく、


突発的に発せられます。



今では、他の利用者さんを前にしても


攻撃的な姿勢は止むことなく


意図的に距離を置かざるえない


状態にもなっています。



今は、私が作業をする


事務所の隣の席に座らせています。




一人で、椅子に座っていると、


落ち着いて、目をつぶり、


鼻歌を歌ったり、独語を漏らすことも


あります。



様々な波がさざめく中で、


内なる心では


何を感じ何を不快に


思っているのか、


わかりません。



他の方と一緒にいる時よりも


落ち着いた感があるようで、


いまは、どうしようもない時は、


この選択をしています。




こうした中で、利用者さんの中には、


理解を示し、面倒を見てくれる方も


おりますが、良く知らない方は、


距離を置いたりするかたも


いるのは致し方ないことです。



私の一番の悩みの種は、


職員の中で、「対応できない」


という言葉が出てしまうことです。




他の利用者の方に、


言葉だけではなく手が出るようになれば


そうした対応も考えなければ


なりません。





現在、そうした展開に向かわないように、


職員にも理解を求めているところです。