たった1分で相手をやる気にさせる話術ペップトーク -3ページ目

たった1分で相手をやる気にさせる話術ペップトーク

ペップトークとはもともとスポーツの試合前に監督コーチが選手を励ます言葉がけ。相手にやる気になってもらう言葉を磨こう!

中村天風「盛大なる人生」
第五章 大事貫徹②
《ポイント》
6)騎牛帰家
今までなかなか手なづけることのできなかった荒牛も、次第に飼い主の思うように馴れてきて、もはや背中の上に乗って、のんびりと笛を吹いて牛とともに楽しみながら家に帰れるようになった。
→日々の人生があえて注意しなくとも、努力しなくとも、知らない間に心と体の正しい境地に生きられるようになったところ。人生の本当の幸福は、病と煩悶と貧乏の3つがない事。これらがなく命の力が十分に発揮できるようになった状態。
7)忘牛存人
今まで牧童と一緒にいた牛がおらず、牧童一人になった。
→今まで求めていた牛、つまり本然の自性、自我の本質、その中に存在する本心が、他のところにあるんではなく、また他のものでもなく、自分自身である。修養に一生懸命努める人が今まで熱心に求めていた真実の人生が、今まさにその人と一体になった状態。
8)人牛倶忘
人も牛もともに忘れ、何もいなくなった。
→一切の執着を超越して、迷いもなければ悟りもない状態。迷いがないと悟りがない。迷いがないと悟れない。偉そうに見える人が偉い、悟っているように見える人が悟っているのではなく、本当にできる人はそこに何にもない。ただの人間と同じようにしか見えない。何か事がある時にだけ違う。
9)返本還源
梅の花が咲いてふくいくとしている。
→悟り尽くして、本然に返る。人間そのものの本当の生き方~霊性世界の生活が完全にできる状態。心が絶対になっている状態。
10)入てん垂手
布袋和尚が袋をぶら下げて伴人をつれて店に入ってきた。
→霊性生活の実行、常に誠と愛でひたすらに人のためになる事を言ったり、行って、実際に人生を生きている人の姿。

現在のあなたはこの十牛の何番目にいるか考えて見なさい。

《感想》
悟りや人生観を見つけ、最初はそれを意識して生きているが、さらに進んでいくとそれらが自分自身である事に気づく。さらには普段の生活ではそれが表面に出なくなる。オーラを潜めるというのであろうか。悟っています、すごいだろうオーラを出しているうちはまだまだで、本物はその雰囲気を感じさせずいざという時にその人の器に合った行動をするのだろう。
中村天風「盛大なる人生」
第五章 大事貫徹①
《ポイント》
十牛訓…禅の教え、修行の段階を説いた教え
人間としての正しい発心「ああなりたい、こうなりたい」を暗示したもの。
1)~8)が世の中の人の役に立つための自分をつくる用意のための修行
9)~10)が利他、人のようのためにつくす修行
を表している。
1)尋牛
一人の牧童が牛を尋ねて深い山の中に分け入っている。
→病なり運命なりに突き当たって、どうにもしょうがなくなり、何とかして救われたいが救われる方法はないだろうか。南下ともっと人間らしい生き方をしたいけれどもどういうふうにしたら本当に人間らしい生き方ができるんだろうという気持ち。
2)見跡
牛を尋ね求めて、山また山と探しまわっていた牧童が、やっとの事でとある谷川のほとりで牛の足跡を発見した。
→救われるいい考え、いい本などに出会う。しかしそれで満足せず、どこまでも探すという気持ちが大事。
3)見牛
牧童が探し求めて、苦心に苦心を重ねて、ようやく牛の半身を見つけた。
→何となく晴れ晴れとした気持ちを感じて、人生とはそういうものかと、正しい人生観や世界観、宇宙観をおぼろげながらも心に考えだした段階。
4)得牛
ようやく苦心惨憺の結果、牛を捕まえた。捕まえたが思うように言う事をきかない。逃がしてなるものかと一生懸命に努力し引っ張り合いをしている。
→せっかくできてきた人生観も全部が自分のものにならず、今までの悪い習慣や悪癖が心や体に残存し、一生懸命その道から脱出しないようにと努力する姿。
5)牧牛
捕まえた牛を飼いならして、育て上げようとする。
→悟ったと言ってもだめで、一生懸命悟りのまま生きていかなくてはならない。

《感想》
禅の教えである十牛訓を天風なりに解釈し補足しながら伝えている。少年が牛を探し牛を手なづけていくストーリー。牛は悟り、人生観であり、それを追い求めるだけでなく実践し、自分の中に落とし込んで行く必要がある。現在生きている人達の中で自分も含め何人の人が悟りや人生観について深く考えているのだろうかと考えてしまう。天風も言っているように人生は一回。結果こんなふうに生きたという行き当たりばったりと、どのように生きるかを決めて生きるのでは全く違う人生になる事を感じた。
中村天風「盛大なる人生」
第四章② 我が人生観
《ポイント》
カリアッパ先生は天風に天の声を聞かせようと滝のゴーゴーと耳が聞こえなくなる場所を選んだ。
天)「瞑想の第一条件は心が静かに安定していなきゃいけないでしょう、なぜもっと静かな場所で修行させてくださらないのですか」
カ)「天の声を聞かせてやろうと思って。鳥や獣や風の音を聞こうと思って、その音をつかまえる気分を出してごらん。それからだ、天の声は」
天)「鳥や獣や虫の声は聞こえますが、先生のおっしゃる天の声はどうしても聞こえません。」
カ)「どんな音を耳にしても、心がそれを相手にしないと、その時の天の声がわかってくるんだよ。」
何日も取り組むが全く聞こえない。やけくそになって仰向けになって空を見ると、愉快な形の雲が漂っている。その時雲の漂いの中に入って無心でいる自分に気づく。「あっこれだ!」刹那の悟りを心に感じる。
天)「ふーっと気がついたら無心でいた。無心でいたとき無心でいた時に天の声が聞こえません」
カ)「聞こえているいるのに聞こえない、それが天の声なき声だよ。」
と言って、その後天風は天の声を聞くことができるようになる。
カ)「心にまで迷惑をかけるな。心に迷惑をかけたくなければ、折りに振れ心に天の声を聞かすようにしろ。つまり声なき声のあるところこそ、心の本当のやすらぎの場所だ。たまには心を休ませてやれ。そうすると心はすぐに本然の力が命の中で働きだすようにしてくれる」
カリアッパ先生から尊いことを心にささやかれ天風は涙をボロボロと流し、以後心をただ天の声と同化させることだけを、おリアルごとにやった。
【天風の人生観】
人生というものは、忍苦の、あるいは忍耐のというような難しいことを主張するよりは、現在の自分の生きている命に喜びを多く味わわせる、そこに真の生きがいがある。
楽しいと思う心は、どんなに辛い、苦しいことがあっても、それを辛い、苦しいと思わない。楽しいという心のあるときには、辛い、苦しいという心は同居させない。

《感想》
天風が確固たる人生観を確立した瞬間のお話。心の中からいっさいのものを追い出し、無心になったとき天の声なき声を聞くことができた。この境地こそ、心が本当に安らげる場所であり、本来私たちがもっている力が命の中で働きだす。これを天風はカリアッパ先生に手伝ってもらいながら気づくことができた。心の置き所ひとつで人生が変わるのだと深い感銘を受けた。