2023年5月

自律型海中ロボット研究開発40年

東京大学名誉教授 浦 環

 

 

第三章 2000年~2010年におけるAUVの開発状況

 

3.1. 深海調査用実用機としての航行型AUVの活用

 

 2003年、IISは4,000m級の中型AUV「r2D4」(図2.1.3)を2年間で完成させ、佐渡島沖、石垣島沖で直ちに運用しました。着水から揚収まで、支援船から数回の位置更新コマンドを受け取る以外は完全な自律航行を実現しました。インターフェロメトリーソナーを搭載し、海底の詳細な地形図を作成することが主な任務です。2010年まで、北西のロタ第1海底火山、伊豆小笠原列島の明神礁やベヨネーズ海丘、沖縄トラフの第四与那国海丘や伊是名海穴、インド洋中央海嶺などに潜航し、精度の良い海底地形図を作成し、同時に海水の化学分析をおこないました。2008年のJOGMECとの協同研究では伊是名海穴の熱水フィールド「白嶺サイト」の熱水マウンド群の地図(図3.1.1)を作り、その後の熱水鉱床開発の基礎データを作成しました。図3.1.2はr2D4が潜航した調査した航跡計画図です。白嶺サイトやJadeサイトを詳細にしらべていることがわかります。西側のカルデラ底に「?」が書かれていますが、ここに熱水噴出の兆候を発見しています。

 

 経済産業省の傘下にあるJOGMECと共同で海底鉱物資源の調査をおこなったとき、そのデータの公開は極めて困難です。したがって、r2D4の白嶺サイトの調査がどんなに素晴らしいものであっても、調査の全体像を公表することができませんでした。このことは、AUVの有用性を広く認識してもらうための大きな妨げです。つまり、AUVがどんなに役に立つ機械であるかを行政や政治家は知らないのです。
 

図3.1.1 伊是名海穴の熱水マウンド群

 

図3.1.2 伊是名海穴を攻めるr2D4。計画された航路図です。すでに発見されているJadeサイトと白嶺サイトを集中的に調査しています。位置誤差を少なくするために、北側の高まりにまず降りていき、それからカルデラの中へと入っていきます。


 r2D4は2006年、「白鳳丸」を支援船としてインド洋中央海嶺(主席玉木賢策東京大学海洋研教授)を調査しました。テスト潜航を含め、図3.1.3中に示す三か所で調査をおこないました。図3.1.3のサイドスキャンソナーイメージは、インド洋中央海嶺で発見したドードー溶岩平原です。ドードー溶岩平原の北の端に熱水活動を発見しました。図3.1.4は、ロジェ海台とr2D4の潜航軌跡です。ここでは、残念ながら熱水プルームの発見には至りませんでしたが、挑戦的な潜航をおこないました。

 次のYouTubeは、上記インド洋航海の模様です。モーリシャスを出港してロドリゲス島東方海上へ向かい、AUV展開を含む地質調査の様子をご覧ください。

 

 

 

図3.1.3 r2D4が発見した中央海嶺の溶岩平原。モーリシャスの鳥「ドードー鳥」にちなんで「ドードー溶岩平原」と名付けられた。

 

図3.1.4 r2D4が調査をおこなったインド洋中央海嶺のロジェ海台。#29 Diveから#31 Diveの航跡が描かれている。この地域は、その後、「しんかい6500」の調査により熱水噴出が発見された。

 

 r2D4は輝かしい潜航をおこなってきたのですが、残念ながら2010年、2度目のインド洋航海中に行方不明となり、「r2D4」失われました。IISは後継機を建造せず、KCSから2機の「Aqua Explorer 2000」を譲り受け、さらなる海底の観測のために改良し、AUV技術の研究開発と深海底調査に利用しています。大学が単独で1.6tonもする大型AUVを建造・維持・運航するのはこれ以上無理であると考えたからです。

 

 燃料電池を「しんかい6500」用の銀亜鉛電池に換装したJAMSTECの「うらしま」は、2006年に初島沖に、2007年に沖縄トラフの伊平屋サイトに潜航し、海底地形図を作りました。「r2D4」や「うらしま」の成果により、AUVの優位性と可用性が科学者に認知されるようになりました。2009年、JAMSTECは「うらしま」の利用の公募を開始しました。「うらしま」の大きなボディには、大きく重いペイロードを搭載することができます。そのため、通常の海底観測で使用される大型の観測機器を搭載することが可能です。また、複数の計測器を同時に積んで計測することもできます。深海に関係する科学者にとって計測器をAUV用に新規に開発する必要がなく、便利に使えるものとなったのです。問題点もあります。吊り下げシステムが「しんかい6500」と同じになっているために、R/V「よこすか」でないと展開できないのです。

 

3.2. ホバリング型AUVの積極的な活用:トライドッグ1号からTUNA-SANDへ

 

図3.2.1 「淡探」(L=2.16m、W=180kg)は日本最大の湖である琵琶湖専用のAUVです。

 

 

 2.2節で紹介したTD1は、釜石湾防波堤の観測(2004年)や鹿児島湾のチューブワームコロニーの分布調査(2005年)に使用され、ホバリング型AUVが海底写真のモザイクを実現するためのプラットフォームとして有用であることを示しました。鹿児島湾の場合、濁度が高いため、それまではチューブワームのコロニーの全体像が把握できていませんでした。TD1は海底からわき出すメタンの泡に囲まれながらも作業を続け、コロニーに接近して海底を撮影しました。TD1は音響装置を使って、障害物を発見し、回避します。海底からわき出る泡は音を反射するので障害物として誤認されがちです。そこでビデオ装置を利用して、泡であるかどうかを確認し、泡であれば回避行動をとらずに、突き進んでいきます。このような判断をすることが自律行動なのです。

 

 TD1の最大潜航深度は110mで、これは日本最大の湖である琵琶湖の最大深度(104m)をもとに決定されました。琵琶湖は関西圏の人口に淡水を供給しているため、水質管理は自治体の重要な課題です。IISは三井造船と共同して、2000年の琵琶湖調査用にAUV「淡探」(図3.2.1)を開発し、琵琶湖研究センターが運用しました[3.2.1-2]。「淡探」の性能を評価した後、国交省はダム湖調査用に「淡探」級AUV3機を製作しました。

 

 IISでは、TD1よりもさらに進化したAUVとして、2007年に2,000m級のホバリングAUV「TUNA-SAND」(TS:図10)を開発しました。2010年に、日本海の水深1,000mのメタンハイドレート地帯を調査し、ベニズワイガニの大きなコロニーを映し出しました(図11)[3.2.3]。ベニズワイガニは重要な水産資源であるため、この調査は底棲水産物資源の調査手法にパラダイムシフトを起こすきっかけとなりました。その後、IISは水産庁と共同で、「ツナサンド」などのAUVを用いてオホーツク海のキチジやズワイガニの調査を行っています[3.2.4]。

 

図3.2.3  2007年に建造されたTUNA-SAND級AUVの1号機(L=1.1 m, W=240 kg)。「よこすか」船上で投入直前の様子。


図3.2.4 水深1,000mでAUV「TUNA-SAND」が撮影したメタンハイドレート地帯のベニズワイガニのコロニーの画像。

 

図3.2.5 メタンハイドレート地帯40mx30mにひしめく3000匹のベニズワイガニ。左下の円形は、陥没している。右下は、カーボネイトが露出していて、カニたちが集まっている。

 

 

 

[3.2.1] K. Ishikawa et al., “Application of autonomous underwater vehicle and image analysis for detecting 3D distribution of freshwater redtide Uroglena americana (Chrysophyceae),” J. Plankton Research, Vol.27, pp. 129-133, 2005.

[3.2.2] 熊谷道夫・浦環・黒田洋司・Ross Walker: "A new autonomous underwater vehicle designed for lake environment monitoring", Advanced Robotics, Vol.6, No. 1, (2002.4), pp.17-26

[3.2.3] 中谷武志・浦環・坂巻隆:"自律型海中ロボット「TUNA-SAND」",日本マリンエンジニアリング学会誌, Vol.42, No.4, (2008.7), pp.523-526

[3.2.4] 杉松他:「自律型海中ロボットによる底棲魚調査 -キチジの調査手法とその課題」、海洋調査技術、35(1)、pp.3-16,2023