2023年5月

自律型海中ロボット研究開発40年

東京大学名誉教授 浦 環

 

 

第二章 1980年~2000年における日本のAUVの開発状況

 

2.1. 航行型AUV

 

 世界の初期のAUV研究開発の主流は、航行型AUVの開発でした。3ノット程度の速度で前進し、海中環境や海底・海中の情報を取得する航行型AUVのコンセプトや一般的な特徴は、魚雷や潜水艦に似ているため、専門家以外でも容易に理解することができます。

 

 1986年、IISは大型予算を獲得し、1990年にAUV「PTEROA150」(図1.2)の駿河湾での潜航に成功しました[1.5]。PTEROAプロジェクトは、熱水地帯の海嶺系を観測するAUVを開発することを主な目的としていました。しかし、IISとしては初号機だったので、大きな成果を挙げることはできませんでした。この4年間のプロジェクトの後、IISは「R-one Robot」[2.1.1](図2.1.1)や「r2D4」[2.1.2](図2.1.3、3.1節参照)といった航行型AUVの開発を継続し、大きな成果を挙げることができました。このようにして、IISは日本のAUV研究開発の中心地となりました。

 

図2.1.1 「R-one Robot」(L=8.2m、W=4,300kg)。JAMSTECのR/V「かいよう」から海面に降ろして、手石海丘に潜航しました。

 

 

 

図2.1.2 「R-one Robot」が計測した手石海丘のサイドスキャンイメージ[2.1.3-4]

 

 2004年、AUV「r2D4」はマリアナ諸島のロタ島の沖合にある北東ロタ第1海底火山[2.1.5]を調査し、IISのAUV研究開発の初期の目標を達成しました(図2.1.4参照)。

 


図2.1.3 マリアナトラフに潜航する「r2D4」(L=4.2m、W=1,600kg)。海面を泳いで見守るのは筆者。

 

 

 

図2.1.4 北東ロタ第1海底火山への潜航コースデータ。AUVはウェイポイントで指定された測線を航行します。


 三井造船株式会社(MES)との共同研究で開発されたAUV「R-one Robot」は、エネルギー源を閉鎖式ディーゼルエンジン(本節末「コラムAIP参照」)とした大型モデルで、長時間の潜航が可能です。1998年に紀伊水道で12時間の連続自律潜航に成功しました。その後、IISとMESのチームは文部省からの資金を得て北海道紋別市沖で長期にわたる試験を繰り返し、ソフトウエアの機能と信頼性を向上させました。2000年には、伊東市沖の海底火山「手石海丘」の調査をおこない[7]、高分解能のサイドスキャンソナー画像(図2.1.2)取得し、海丘全体の詳細な形状を把握しました。この潜航イベントは、AUVに対する世の中の期待が世界的に大きく高まった2000年に実施され、世界のAUV開発のトップグループに日本が位置づけられることになりました。

 

 IISの引き続くAUV研究開発の重要な点は、そのソフトウェアが「R-one Robot」の開発で構築された信頼性の高いソフトウェアをベースにしていることです。つまり、新しいAUVのハードウェアが完成したら、バグの少ないソフトウェアを使い、すぐに実海域で自律潜航試験を行い、そのハードウェアの性能を確認することができるのです。そして、そのAUVを科学研究活動に直ちに活用することができます。このように、IISの新型AUVは、その優位性をいち早く発揮することができるようになっていました。

 

 国際電信電話株式会社(KDD、現KDDI)は、海底ケーブル調査用に「Aqua Explorer(AE)」を開発し、1992年に潜水テストを実施しました。その後、国際ケーブルシップ株式会社(KCS)と共同で、「Aqua Explorer 2」(AE2)と「Aqua Explorer 2000」(AE2000、図2.1.5)を2台ずつ製作し、実用機として使用しました。AE2000は、中型機としての特徴を生かし、IISと共同でクジラ追跡プロジェクトに取り組み、2000年には沖縄県の座間味島沖で、ザトウクジラに数メートルまで自律的に接近することに成功しました[2.1.6-7]。

 


図2.1.5 マッコウクジラ追尾のために小笠原の沖合でR/V「なつしま」から吊り降ろされる「Aqua Explorer 2000」(L=3.0m、W=300kg)。

 

 しかし、海底ケーブルの調査にAE2000やAE2を使用しても、必ずしも効率が上がらないことが明らかになったため、残念ながら、使用されなくなりました。2011年、失われた「r2D4」(3.1節参照)の代替として2台のAE2000がIISに移管され、AE2000aとAE2000fとなり、熱水地帯やコバルトリッチクラスト地帯の観測用に改造されました。現在では、水深1,000mから2,000mのフィールドへ頻繁に潜航し、さらなる海底鉱山開発に役立つデータを取得しています。


 1998年、JAMSTECは、空気に依存しないエネルギー源の燃料電池(節末「コラムAIP」参照)を搭載した大型航行型AUV「うらしま」[2.1.a](図2.1.6)の開発に着手しました。「うらしま」は、三菱重工業株式会社が建造し、2005年に航続距離317kmの潜航に成功しました。しかし、燃料である水素と酸化剤である酸素を扱う装置は非常に重くかつ大きく、燃料電池システムが必ずしもAUVの用途に適していないことをJAMSTECは認識しました。そこで燃料電池システムを解体し、HOV「しんかい6500」で使用されている銀亜鉛電池に換装しました。その後、リチウムイオン電池に換装しています。AUV「うらしま」は、大型なので、重量が重く体積の大きい観測機器を搭載することができる利点を生かして海底調査に利用されています。

 「うらしま」の運用開始当初は、音響通信でAUVの状態を支援船に送り、判断をオペレーターに求めることが多く、高度な自律性はありませんでした。潜水と改良を繰り返し、自律性は徐々に向上し、現在では高いレベルに達しています。 

 


図2.1.6 「うらしま」(L=10m、W=7,500kg)。63kgのペイロードを提供する。

 

 川崎重工業株式会社は、潜水艦建造の技術を生かして、海底ステーションにドッキングできるAUV「マリンバード」を開発し、2004年に浅海域でのドッキング実証実験に成功しました。その後、同社はAUVの開発を一時期中断していました。2013年、新たなプロジェクトを立ち上げ、海底パイプラインを調査するAUVの開発を進めています。2017年には、英国スコットランド海域で自動ドッキングや非接触水中充電などの海上試験を実施しました。

 

 

コラムーーーーー  

AIP(非大気依存推進)

潜水艦用のAIPとして、1990年代、三菱重工業は燃料電池、川崎重工業はスターリングエンジン、そして三菱造船は閉鎖式ディーゼルエンジンを開発していました。

 

 

2.2. ホバリング型AUV

 

 航行型AUVは高速で移動するため、その機動性の悪さや衝突などの不測の事態を回避することを考慮し、複雑な地形の海底に数メートルの至近距離で接近することはできません。海底を高解像度の動画で撮影するには、AUVが海底にできるだけ接近して撮影する能力が求められますが、航行型AUVにとってはつらい要求です。前後上下左右に自由に動くことができれば、海底の複雑な凹凸を気にすることなく、海底に接近できます。ホバリング型AUVは、このような要求に応えるために開発されました。

 ホバリング型AUVの歴史は、1992年にIISが開発した汎用性の高いテストベッドAUV「ツインバーガー(Twin-Burger、以下TB)」[2.2.1-2](図2.2.1)に始まります。TBは、ソフトウェアの開発を容易にし、高い自律性を達成するために計画設計されました。マルチタスクCPUであるトランスピュータが搭載され、多くのセンサーからのデータをリアルタイムで処理することを可能としました。今では当たり前のように使われている多重処理ですが、30年前の小型のコンピューターでは容易でない処理です。トランスピュータを搭載することで、リアルタイムに取得画像を解析することが可能になりました。AUVは目を持つことになったのです。1990年以降、CPUの性能は飛躍的かつ継続的に向上しています。大量のセンサーデータを処理し、それに基づいて次の行動を決定することで、AUVが高度な自律性を獲得することが可能になったのです。TBはその先駆けです。

 

 AUVは水中に入るため、その電子機器は耐圧容器内に収納します。耐圧容器が大きくなると、強度を確保するために、容器は厚くなり、重量が増します。そうなると、浮力材をたくさん付けなければならず、AUVは大きなものとなってしまいます。つまり、搭載機器はより軽量で小型であることが望ましいということです。実用的なAUVを開発するためには、小型で高性能な電子機器やセンサーの開発が不可欠であることを強調しておきたいと思います。トランスピュータは、1990年当時、AUVに搭載するCPUのベストチョイスの一つでした。TBはテストベッドとして設計され、プールの深さしか潜れませんでしたが、AUVの新しい世界を切り開いたといえるでしょう。

 

図2.2.1 ツインバーガー(L=1.54m、W=120kg)には、14個のトランスピュータが搭載されています。

図2.2.2 Tri-Dog 1 (L=1.85 m, W=170 kg)は現在も浅海で活躍中。

 

 TBの後、IISは100m級のホバリングAUV「トライドッグ1号(Tri-Dog 1、以下TD1、図2.2.2)」を開発し、2000年に完全自律モードでのミッションを実証しました[2.2.2-4]。3本の円柱の周りを、円柱の表面と垂直に向き合い、1mの距離を保ちながら1本ずつ周回しました。次のYouTubeをご覧ください。

 

 

 

この挙動は、ホバリングAUVの大きな利点を示すものでした。アンビリカルケーブルがないため、ROVの重大なリスクである「絡みつき」を心配することなく、パイプや柱の周りを回ることができるのです。

 さらに複雑な海底地形に追従する機能を強化しました。次のYouTubeは東京大学千葉実験所水槽のそこに海底を模した凹凸を作って、TD1を全自動でグリッド状に動かしているところです。

 

 

 このような準備をした上で、TD1は鹿児島県錦江湾のタギリ地帯においてチューブワームの観測に成功し、チューブワームコロニーの写真を多数取得し、エリア全体を網羅する広域モザイク画像にまとめました(図2.2.3)[2.2.5-6]。

 

図2.2.3 チューブワームコロニーのモザイクとそれに基づく地図

 


2.3. グライダー型AUV

 

 IISは、グライダー型AUV「ALBAC」(図2.3.1)を開発し、1995年に駿河湾で水深300mまでの往復と海水の観測に成功しました[2.3.1]。ALBACは、世界中で開発されているグライダーの先駆けでした。しかし、浮力を変える機能が十分に開発されていなかったため、ALBACは1回の潜水で1往復しかできませんでした。その後、IISはALBACの後継機を開発することはありませんでした。



図2.3.1 1993年に製作されたグライダー「ALBAC」(L=1.4m、W=45kg)。

 

2.4. 航法とオペレーション

 

 AUVは全自動で動くのですから、信頼できるソフトウェアが必要なのはいうまでもありません。しかし、AUVの研究開発や展開を安心して成功させるための重要な技術は、1)AUVが自己位置認識する技術、および、2)オペレーターがAUVの位置を知る技術、の2つです。前者は、AUVの航法の基本です。GPSが使えない海中では、AUVが自己位置を認識するための代替システムが必須となります。AUVが自分の位置をどの程度の精度で認識すべきかは、ミッションによって異なります。熱水噴出孔調査のホバリング型AUVの場合は1m程度ですが、コバルトリッチクラスト調査では数十m、グライダー型AUVの場合は数kmの精度で良いでしょう。

 

 航行型AUVでは、長距離・長時間の潜航をおこなうために高精度な慣性航法システム(INS:Inertial Navigation System)が必要です。 通常は、ドップラー速度計(DVL:Doppler Velocity Log)と組み合わせてハイブリッドシステムを構成し、精度を高めます。 AUV「R-one Robot」には、航空宇宙技術研究所がSTOL機「ASKA」のために開発したリングレーザージャイロ(RLG)が搭載されました。当時は最も精度の高いジャイロでしたが、かなり大型でかつ高価です。1990年代半ばには、小型化が可能な光ファイバージャイロ(FOG)の精度が向上しRLGに匹敵するほどの性能になり、2000年代にはAUVの航法装置として使えるようになりました。AUV「r2D4」と「TS」には、iXblue社のFOG「Phins」が搭載されています。

 

 自然界で働く自律型ロボット開発で必要不可欠な能力は、緊急事態処理です。全てのことが予定通りにおこなわれれば、良いのですが、そんなわけにはいきません。いろいろなレベルの緊急事態が想定され、事態に応じて対策が練られていなければ、安心してロボットを野に放つ(海に潜らせる)ことはできません。例えば、電源出力が下がってきている、とか海底に近づき過ぎているとかのレベルの低いものから、プロペラが一つ動いていない、とかジャイロの出力がおかしいとか、全然前に進まないとか、CPUが死んでいるとかのレベルの高いものまでいろいろあります。前者では、途中でミッションを中止して浮上すればよく、後者では、急いで緊急バラストを捨てて、浮力だけで上がっていかなければなりません。目標点にいつまでたってもたどり着けない、とか、流れに押されて速力が出すぎている、とか山のように「想定」し、対策をしなければならない状況があります。対策、すなわち緊急事態処理が自動的におこなわれなければならないのです。2.1節で紹介したR-one Robotの北海道紋別市沖で長期にわたる試験は、この緊急事態処理プログラムのデバッグに費やされたといってよいでしょう。緊急事態処理プログラムがちゃんとできていなければ、怖くてロボットを海に潜らすことはできません。AUVなのに救命索をつけたり、ROVのようにアンビリカルをつけたりして潜らしている事例をよく見ますが、それは緊急事態処理ブログラムが十分にできていないからなのです。

 

 AUVが完全に自律的にかつ確実に動くのであれば、オペレーターはのんびりと浮上を待っていれば良いので後者は必要ありません。しかし、現実はそうもいきません。オペレーターはAUVがちゃんと動いているのか心配でたまりません。そこで、AUVがどこにいるのかを知りたくなります。水中目標の位置を検出する一般的なシステムは音響測位システムです。長基線システム(LBL)、短基線システム(SBL)、および超短基線システム(SSBLあるいはUSBL)の3つの種類があります。SSBLではAUVにトランスポンダを設置し、船からの信号にトランスポンダが答えて、船に取りつけられた親機が方向と距離を計測します。1990年代に市販されていたSSBLは精度が悪く、エラーやデータの欠落が多いという問題がありましたが、我慢して使われていました。AUVがどこにいるのか長時間わからなかったり、誤った位置情報を伝えられたりして、オペレーターが、船上でひどく不安な思いをすることがありました。しかし、2000年代に入り、船の姿勢を計測するためにジャイロとしてPhinsを装備したiXblue社のSSBL「GAPS」が登場し、支援船の動揺による外乱をキャンセルするなどして、データに高い精度と信頼性が得られるようになりました。オペレーターのイライラがかなり軽減されています。

 

参考文献

[2.1.1] T. Ura and T. Obara, “Long Range Autonomous Divings by R-one Robot,” Proc. World Automation Congress (WAC’98), Anchorage, pp. 489-496, 1998.

[2.1.2] T. Ura, “Construction of AUV r2D4 based on the Success of Full-Autonomous Exploration of Teisi Knoll by R-one Robot,” AUV ShowCase, UK, pp. 23-28, 2002.

[2.1.3] T. Ura et al., “Exploration of Teisi Knoll by Autonomous Underwater Vehicle ‘R-one Robot’,” Proc. OCEANS’01, Hawaii, U.S.A,Vol.1, pp. 456-461, 2001.

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[2.2.4] 近藤逸人:"知的観測をおこなうロボット",日本ロボット学会誌, Vol.22,No.6, (2004.9), pp.714-717

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[2.2.6] 巻俊宏・近藤逸人・浦環・坂巻隆・水島隼人・柳澤政生:”自律型水中ロボットによる鹿児島湾たぎり噴気帯の3次元画像マッピング",海洋調査技術, Vol.20, No.1, (2008.5), pp.1-16

[2.3.1] 川口勝義・浦環・友田好文・小林平八郎:"Development and Sea Trials of a Shuttle Type AUV "ALBAC"", Proc. UUST'93, Durham, New Hampshire, (1993.9), pp.7-13

[2.3.2] 川口勝義・浦環・折出光宏・坂巻隆:"シャトル型海中ロボットの開発と実海域試験", 日本造船学会論文集, Vol.178, (1995.12), pp.657-665

[2.1.a] https://www.jamstec.go.jp/e/about/equipment/ships/urashima.html [Accessed July 5, 2023]