「文七元結(ぶんしちもっとい)」という真理。 | 旦那さんに気持ちを理解してもらえる伝え方コンサルタント。お菓子教室 寺島 正美のブログ

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旦那さんが、「もっと理解してくれたらいいのになぁ」というあなたのための、気持ちの伝え方コンサルタント:寺島正美です。
そんなあなたに、西八王子で、奥様とお菓子教室通じて、円満な夫婦関係のコツをお伝えしていきます!(仮)

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<浅草駅の袂に架かる吾妻橋(あずまばし)にて>


私、寺島は、


昭和50年の生まれ、


私くらいの世代になると、


水戸黄門や遠山の金さんを「テレビで観ている」

なんて、学生時代、恥ずかしくて言えなかった。


かっこ悪かった。



あ、でも、中学の時、何かで話して、


隣の席の子に「『実は』、私も観てる」て言われたことがありましたが、


基本的には、「かっこよくない」ものでした。



そんな私は、


更に「落語」も好きでした。


主に関西の落語家さんが好きでしたが、



どうしても外せないのが、


「文七元結(ぶんしちもっとい)」


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本所(墨田区)の暮らす


左官(大工)の長兵衛は、腕はいいが「博打」大好きで、


前日も身ぐるみ剥がされるまで負けて家に戻る。



家に帰ると妻が泣いている。


「娘のお久(ひさ)が家出をした。


自分の生活を悲観して自殺など…」と言ってるうちに


夫婦喧嘩が花盛りに。



そこへ「佐野槌(さのづち)」から番頭の藤助が…。


「佐野槌」とは、吉原の女郎屋のこと。



行ってみると、女将の隣に娘のお久が。


聞けば、「博打にはまって困窮の生活を強いられている両親のために


自ら身を売りに来た」という。



一通り、借金の儀式に小言を聞かされ、


最後に、50両のお金を長兵衛に。


「やるんじゃない、貸すんだよ」


長兵衛の「腕の良さ」をしる女将が、


「一年後に必ず返しに来い」返しに来なかったら、


お久を店に出す」の条件で、


お金を手にすることが出来た。



多いに反省し、吉原から見返り柳(墨田川沿い)を抜け、


自宅のある、本所達磨横丁へ向うための掛かる橋までやってきた。



そこで、数奇な運命。


鼈甲(べっこう)問屋「近江屋」奉公人の文七が、


まさに橋から隅田川に身を投げようとしていた!



その理由が、「集金に行って受け取ったはずの50両をなくしてしまった」ということ。


さあ、長兵衛の運命や如何に!!



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その橋が、こちら。
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吾妻橋(あずまばし)、もちろん、江戸時代にこんな形態ではなかったでしょう。



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吉原から見返り柳を通って、吾妻橋に来たとすると、


こちらのサイドを通った可能性が高く、



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文七が飛び込もうと覚悟を決めた川面は、


こんな感じ。


現在ならスカイツリーが眺められる、絶景スポット。


時間も変わらない夜も頃。


200年と経過しない、その昔、


この地で、


そんなことが起こっていたとは…。



あ、恐らく、


『この物語はフィクションであり


登場する人物・団体名~』


の但し書きが入りますが、



兵庫県豊岡市出身の寺島からすると


「春のうららの隅田川♪」の遥か以前に


そんのことがあったなんて…。



あながち、なかったと言い切れないのが


人情劇の凄いところですね。




物語も、年の暮という設定。


「七草(1月7日)を過ぎるまでは仕事は出来ない」というセリフもあり、


当時、クリスマスもなかったことを考えれば、


まさに、


今の頃のことでしょう。



そんな折、長兵衛はこの橋で何を思ったのでしょう。



ああ、こんなこと考えていたら、また落語が聞きたくなりました。



ちなみに、


立川談春さんが、


借金の期限を


「50両なんて大金が一年で返せるわけがない」


と『二年』にされたのを聞いた時は、大笑いしましたね(*^_^*)




あなたは、


「正直」なのが一番であるということを信じられますか。




では、みなさんも素敵な年末を。