<新幹線の車窓より:多分、新横浜駅>
私は、
サッカーのJリーグ開幕した翌年、
浜ちゃんの「WOW WAR TONIGHT」が大流行した、
1994年に、上京しました。
あてはなかったのですが、
とあるサッカーライターの方に弟子入りみたいな形で会いに行きました。
でも、なんやかんや言っても
18歳の少年ですから、
正直、
滅茶苦茶、怖くなりました。
会ってもらえるから東京に行ったのではなく、
会ってもらうために東京に行ったので、
親や家族からすれば、
「結局、会えずに戻ってくるだろう」と思っていたようです。
新幹線が東京に着く直前に、
とっても怖くなって、
「やっぱり会えなかった」
と言って、折り返しの新幹線に乗ろうかとも思いました。
中央線に乗り換えて、荻窪へ。
ドキドキと不安で、仕方なかった。
でも、そのおかげで
サッカーの仕事をすることが出来ました。
たくさんの方に出会えることになりました。
今は、違う職業ですが、
そんな経験があるから、
「挑戦」する人を応援したい思うし、
失敗した人を励まそうとします。
東京に住み始めてからも、
従兄弟からは、
「半年で帰って来るだろう」と思われていたようです。
最近では、
「いい加減、戻って来い」と言われることもあります。
実は、今日、
Facebookで、地元の方に「お友達申請」をさせていただきました。
私の地元は、
但馬(たじま)という地方です。
年に一度か二度しか帰りません。
でも、
やっぱり、
「豊岡(とよおか)」や「但馬」という響きは
心をくすぐる言葉です。
20歳を過ぎると、
東京とは温度差を感じる地元の駅に戻っても、
「帰ってきたなあ」と思いましたが、
帰りの新幹線が「新横浜」辺りまできて、
ビルのネオンが増えてくると、
こちらも
「帰ってきたなあ」と感じていました。
まだ、父が生きていた頃は、
休みが終わり東京に戻る時、
「ほな、帰るわ」というべきか
「また行ってくるわ」にするのか
なんとなく考えていました。
結局、「帰るわ」と言っていましたけど。
「『帰るわ』て、ここも家やのにな」と心で思ったりしながら。
18歳で地元を離れてから、
もう20年が経ちました。
色んな経験をしましたね。
良いことも悪いことも
たくさんありました。
でも、不思議なのは、
何一つ、「経験しなければよかった」と思うことはない。
人によっては、後悔がたくさんある方もいるようなので、
不思議で仕方ないんですよね。
「経験を美化しているだけだろう」と言われたりもしますが、
すべて、今日に繋がる糧になっています。
もしかして、思い出を良いものだと考えられない人は、
自身が落ち込んでいる時に、
「結果のよくない過去を思い出しているんじゃないのかなあ」
と、考えたりもしますが。
まあ、確かに、私は前向きに物事を考えるのが好きですけどね。
本日もお越しいただきありがとうございます。
地元の方に、「お友達申請」をしてみて、
改めて、これまでの人生を振り返るきっかけになりました。
心地よく一日を締め括れそうです。
