約一ヶ月ぶりの更新。
仕事がバタバタしていた時期もあったけど
何となく更新するモチベーションもなく、ズルズルと過ごしてしまった感しかない。
4月より、自閉症✖️発達障害という診断を受けた長男は
月曜日と木曜日に発達支援センターに午前中に通っている。
月曜日は自分が付き添っていくことにしていて
同じクラスの親の方々とも少しずつ会話をし始めるようになってきた。
一言に「障害」と言っても、本当に子供によって状況は違う。
ダウン症、成長障害、下半身の筋肉の障害、などなど。
皆、普通の成長ではない、という共通項を持って、このセンターに通っているため
ある意味で、気兼ねなく話せるということがあるのだと気づく。
どうしても、通常、この手の話は腫れ物に触れるように、ナーバスになりがちだけど
お互い、自分の子供と接するということを通じて、一定の「障害」への免疫のようなものがあるのだろう。
人の話を聞いても驚きはしないし、お互い頑張っていこう、という思いにすらなる。
最初の一回は、2時間つきっきりだけど、その後は、親子分離。
マジックミラーの外から子供の様子を見られる。
我が息子はというと、みんなと一緒に何かをやるとか
音楽に乗って体を動かすとか、椅子にじっと座ってお話を聞くとか
一人ずつマットの上で簡単な体操をするとか、その全てが理解できないので
毎回、2時間、ほぼずっと助けを求めて泣き続けている。
少しずつ、補助員の方々に慣れてきてはいるけれど、
基本、楽しみを全く見出せないため、全てが苦痛のように見える。
果たして、これを続けて意味があるのだろうか、と不安に思うところもあるけれど
1か月経ち、椅子に座れる時間が長くなってきたのかな、と思う時もある。
しかしながら、今日、妻が着いて行っていたのだが
今日はひどかったと。泣き止まない状況で、本人も目の周りが泣きすぎて腫れていたようだ。
本人に何が最も良いのか、まだ通い始めたということもあり
正直に言って判断がつかない。
まずは通うことが、本人にとって楽しいことにならないと
何をやっても、なかなか受け止められないだろうな、とは思う。
長女は、4月からクラスが変わり、メンバーが変わったことに伴う、
ちょっとしたトラブルはあったようだけど
幼稚園児のトラブルなので、まぁ、心配もしていないし、可愛いものだ。
すくすく順調に育ってくれているように今は見えるけど
まだまだ小さいので、油断は大敵。
色々と知識がついてきて、大人が言っていることもドンドン理解している。
気を抜けない相手である。
長男へのケアも少しずつしてくれるようになってきており
さすが女の子やなぁ、と思い感心してしまう。
やってくれ、と言ったつもりはないのだけど
これはやってはいけないんだよ、と諭してみたり
おもちゃを一緒に片付けようね、と言って寄り添ってみたり。
小さいながらに、何かを感じ取ってくれているのだろうと思う。
そんな子供たちを見て、親も何か日々、前に向かって進んで
これから起こる色々なことを、深く受け止めてあげられるように
成長せねばならぬな、と
何だか、とっても当たり前のことを改めて思ってみたり。
この前、必要があって、プライベートの名刺を作ったのだけど
特に肩書きも何も書くものがないので
でかでかと、自分の名前と連絡先だけを書いたデザインにした。
余白ありまくりな名刺なのだけど、
この名刺を渡す人にとって、自分と何かしらの関わりを持ってもらって
その余白部分に気づきをどんどんと書き込んでもらえるような
そういう自分でありたいな、と思う。
自分が好んでやっていることも、少しずつ見えてきた気もする。
まだまだ少ないんだけど。
ボヤボヤとそんなことを思ったので、だーっと書いてみた。
アメトーーク見ようっと。
仕事がバタバタしていた時期もあったけど
何となく更新するモチベーションもなく、ズルズルと過ごしてしまった感しかない。
4月より、自閉症✖️発達障害という診断を受けた長男は
月曜日と木曜日に発達支援センターに午前中に通っている。
月曜日は自分が付き添っていくことにしていて
同じクラスの親の方々とも少しずつ会話をし始めるようになってきた。
一言に「障害」と言っても、本当に子供によって状況は違う。
ダウン症、成長障害、下半身の筋肉の障害、などなど。
皆、普通の成長ではない、という共通項を持って、このセンターに通っているため
ある意味で、気兼ねなく話せるということがあるのだと気づく。
どうしても、通常、この手の話は腫れ物に触れるように、ナーバスになりがちだけど
お互い、自分の子供と接するということを通じて、一定の「障害」への免疫のようなものがあるのだろう。
人の話を聞いても驚きはしないし、お互い頑張っていこう、という思いにすらなる。
最初の一回は、2時間つきっきりだけど、その後は、親子分離。
マジックミラーの外から子供の様子を見られる。
我が息子はというと、みんなと一緒に何かをやるとか
音楽に乗って体を動かすとか、椅子にじっと座ってお話を聞くとか
一人ずつマットの上で簡単な体操をするとか、その全てが理解できないので
毎回、2時間、ほぼずっと助けを求めて泣き続けている。
少しずつ、補助員の方々に慣れてきてはいるけれど、
基本、楽しみを全く見出せないため、全てが苦痛のように見える。
果たして、これを続けて意味があるのだろうか、と不安に思うところもあるけれど
1か月経ち、椅子に座れる時間が長くなってきたのかな、と思う時もある。
しかしながら、今日、妻が着いて行っていたのだが
今日はひどかったと。泣き止まない状況で、本人も目の周りが泣きすぎて腫れていたようだ。
本人に何が最も良いのか、まだ通い始めたということもあり
正直に言って判断がつかない。
まずは通うことが、本人にとって楽しいことにならないと
何をやっても、なかなか受け止められないだろうな、とは思う。
長女は、4月からクラスが変わり、メンバーが変わったことに伴う、
ちょっとしたトラブルはあったようだけど
幼稚園児のトラブルなので、まぁ、心配もしていないし、可愛いものだ。
すくすく順調に育ってくれているように今は見えるけど
まだまだ小さいので、油断は大敵。
色々と知識がついてきて、大人が言っていることもドンドン理解している。
気を抜けない相手である。
長男へのケアも少しずつしてくれるようになってきており
さすが女の子やなぁ、と思い感心してしまう。
やってくれ、と言ったつもりはないのだけど
これはやってはいけないんだよ、と諭してみたり
おもちゃを一緒に片付けようね、と言って寄り添ってみたり。
小さいながらに、何かを感じ取ってくれているのだろうと思う。
そんな子供たちを見て、親も何か日々、前に向かって進んで
これから起こる色々なことを、深く受け止めてあげられるように
成長せねばならぬな、と
何だか、とっても当たり前のことを改めて思ってみたり。
この前、必要があって、プライベートの名刺を作ったのだけど
特に肩書きも何も書くものがないので
でかでかと、自分の名前と連絡先だけを書いたデザインにした。
余白ありまくりな名刺なのだけど、
この名刺を渡す人にとって、自分と何かしらの関わりを持ってもらって
その余白部分に気づきをどんどんと書き込んでもらえるような
そういう自分でありたいな、と思う。
自分が好んでやっていることも、少しずつ見えてきた気もする。
まだまだ少ないんだけど。
ボヤボヤとそんなことを思ったので、だーっと書いてみた。
アメトーーク見ようっと。
