昨日は、「上手な金融機関との付合い方」に少しだけ触れました。
ただし、こればっかりは、王道があるわけではありません。
まさか、いつもいつも金融機関の言いなりというわけにはいきません。
過去のブログの中でも、事例をいくつか書いたつもりです。
情報収集=情報交換とコミュニケーション。
ここから、いろいろなヒントを得ることが可能です。
「そんな暇はないよ」とおっしゃるかもしれませんが、長話をすることではありません。
要は、その中身なのです。
昨日は、「上手な金融機関との付合い方」に少しだけ触れました。
ただし、こればっかりは、王道があるわけではありません。
まさか、いつもいつも金融機関の言いなりというわけにはいきません。
過去のブログの中でも、事例をいくつか書いたつもりです。
情報収集=情報交換とコミュニケーション。
ここから、いろいろなヒントを得ることが可能です。
「そんな暇はないよ」とおっしゃるかもしれませんが、長話をすることではありません。
要は、その中身なのです。
何度か、金融機関との取引について「一行だけとの取引は絶対やってはいけない」と書いてきました。
意外に思われるかもしれませんが、金融機関も「自行だけとの取引」を必ずしも望んでいるわけではありません。
自行の都合で、「融資したいけど融資できない」ということもあるからです。
様々な事情により、そうせざるを得ないということです。
「外的な事情に起因するケースもある」ということも現実です。
貸し手側である金融機関にも、いろいろな事情があるのです。
「金融機関と上手に付合う」ためには、相手である金融機関の事情も考慮しておく必要があります。
もちろん、金融機関の言いなりになれということではありません。
その6で、「あるお客様が金融機関に対して配慮が少し欠けていた」ということを書きました。
逆の立場で、考えてみましょう。融資する金融機関の立場です。
仮に、A銀行A支店とします。
A銀行A支店は、できるだけたくさんの取引をして欲しいはずです。
振込みや預金だったりいろいろと。
ところが、このお客様はA銀行のB支店でいろいろな取引を行っていたのでした。
同じA銀行だから、問題ないと考えたのではありません。
もともとは、A銀行B支店との取引でしたから、いろいろと手続きが面倒だったのだと思います。
取引先へも連絡をしなければなりませんし、おそらく一番の問題は支店の格です。
同じA銀行でも、A支店よりB支店の方が格上なのです。
都落ちでもしたかのようなイメージを取引先にも与えかねません。
ここら辺がチョット難しいところです。
融資はA銀行A支店にお願いし、預金や振込その他の取引はC銀行C支店で行うというわけではありませんから。
「一行だけとの取引は絶対やってはいけません」とこのタイトルの「その4」で申し上げました。
ただし、複数行との取引には、どうしても「上手な金融機関との付合い方」も必要になってきます。
ところで、以前の日本経済新聞は社説欄で銀行規制の問題を取り上げていました。
私も、昨日のブログで「内外の様々な規制に振り回されているのが実情である」と指摘させていただきました。
新聞の記事は、もっと詳しいのですが、結論は私が心配していることと同じです。
規制により、金融活動に大きな支障をきたすほうが、私はもっと問題だと思っています。
もちろん、一定の規制は必要ですが「杓子定規に」というのでは、「本末転倒」の危険性も懸念されます。
ストレステストといっても、銀行のことです。
一番の問題は、「資産査定=ストレステスト」を行う際の基準がどうなのかだと思います。
つまり、ルールです。
現在、会計基準の世界標準が大きな問題となっています。
これだけグローバル化した経済ですから、その流れは止められないかもしれません。
世界標準は必要だと思いますが、それだけで企業の状態を十分にディスクローズできるとも思えません。
かといって、ダブルスタンダードというのも困りものです。
会計基準を包括するような「ルール」があればどうでしょうか。
わが国の銀行も、内外の様々な規制に振り回されているのが実情です。
結果として、企業に対する融資態度が変化したりということもあるわけです。
つまり、融資を 受ける企業にとってもその動向から目が離せないのです。
つい先ほど、某メガバンクの担当者の方から連絡がありました。
特別な要件ではないとのことでした。
私は、この担当者と常に情報交換をしています。
「おいしい定食屋さん」にいたるまでです。
つまらない情報ですよね。しかし、そうでもありません。
後日、彼は「評判のお店のスイーツ」を並んでまで買ってきてくださったりもします。
もちろん、仕事中に行列というわけにはいかないでしょうし、まさか、私の事務所のためだけというわけでもないでしょう。
何かの、ついでだとは思いますが。
それでも、嬉しいものです。
私が、試みたかったのは「家計簿から企業会計」ということでした。
ところが、私が家計簿をつけるようになったのは、「企業会計から家計簿」というまったく反対の発想からでした。
つまり、「企業会計」の手法を「家計簿」に取り入れたものです。
これで、「収入や支出」、「財産や借入」の両方が一目瞭然に把握可能になったのです。
「収入や支出」=「損益計算書」、「財産や借入」=「貸借対照表」というわけです。
どちらから説明したほうが良いのか。
だんだん、「ぼやき」になってきたようです。
でも、私はファイナンシャルプランナーの端くれでもあります。
ぼやいているうちに、良い方法が見つかるかもしれません。
「企業会計について家計簿を参考に説明する」という試みを考えたところまでは良かったのですが、やはり構想が難しい。
「家計簿」をつけるということ。
これが、今や、結構な作業でもあるのです。
昔のように、ほとんどが、現金でのやりとりであれば簡単です。
それが現在は。
現金に加え、預金口座からの振替、クレジットカード、電子マネーなどいろいろです。
それらを一括して管理する「家計簿」がまず必要です。
私の場合は、クレジットカードを使うのはまれで、ほとんどが現金でのやりとりですから少し見立てが甘かったかもしれません。
ただ、逆に決済方法が多様であるほうが「企業会計」についての説明が容易であるという面もあります。
もう一点、簿記という存在があります。
簿記に触れずに説明が可能かどうか。
もう少し、考えて見ます。
創業融資の実例は、昨日のとおりですが、少し補足します。
新規創業融資を申し込む場合は、自己資金の準備が重要です。
もちろん、創業し、創業後どの程度資金が必要なのかをしっかりと把握していることが大前提です。
話を元に戻します。
どうして、自己資金なのか。
創業時融資の場合、一般的に、この自己資金の多寡によって借入可能な金額が異なってくるからです。
昨日、「熱意と情熱」という表現を使いましたが、「新規創業に対する本気度や計画性」と換言しても良いかもしれません。
自己資金をどれくらい準備したのか。
「本気度」や「計画性」が、貸し手側である金融機関にはこの段階である程度(場合によってはほとんど)判断されてしまいます。
「自己資金はないけど、こんな事業をやりたいから、お金を貸してくれ」というわけには、なかなかいきません。
実際のケースを少しご紹介したいと思います。
「新規事業の融資」についてです。
融資を申し込む社長は、現在の事業とはまったく異なる事業を計画していました。
つまり、融資するサイドから見れば「新規創業」という扱いです。
その事業は、社長自身もまったく経験がない分野でしたから、かなりの冒険です。
創業といえば、以前に勤務していた企業に関連する事業とか、経験のある事業からスタートするのが一般的。
例えば、飲食店に勤務していたのであれば、レストランの開業。
美容院に勤務していたのであれば、独立開業。
そんなイメージです。
事業計画をどう具体的に説明するのか。
大きなハードルです。
私が、かなり難しい案件だなあと感じたのはそのあたりでした。
融資担当者は、稟議書を書かなければなりません。
それは、もちろん文章です。
熱意や情熱を文章にするというのは、簡単な作業ではありません。
利益計画や資金計画なら、数字の妥当性のチェックですから簡単なのですが。
今回は、ただひたむきな事業に対する「熱意と情熱」。
これしかないと思いました。
つまり、事業計画の徹底的な説明です。
簡便でなければいけません。
くどくどした説明は、逆効果です。
「熱意と情熱で融資が受けられるのか」と思う方もいらっしゃるでしょうが、これは事実です。
フィクションではありません。
かなり時間がかかったのも事実です。
事業計画をどうわかりやすく説明し、その事業計画を数字でどう表現するのか。
この二点が問われるわけですが、つまるところ、経営者自身(社長)の「熱意と情熱の問題」だと思います。
結果、無事融資を受けることができ、ホッとはしました。
ただ、スタート台に立っただけです。
当たり前ですが、これからが勝負です。
私も気が引き締まる思いです。
前回まで、「会計処理の方法」について触れました。
その中で、「貸借対照表」、「損益計算書」、「財務諸表」という用語が登場しました。
少し構想に時間がかかりそうですが、「企業会計」について「家計簿」を参考にして、説明を試みてみたいと思います。
皆さん、「家計簿」はつけていますか。
私は、つけています。「家計簿」を例えに「企業会計」についての説明を試みるのですから、当然です。
私自身、「家計簿」をつけていて気がつくことがあります。
まず、使途不明の支出がほとんどなくなります。
すると、何にどれだけの支出をしているのかが一目瞭然です。
もうひとつ、私の場合は、無駄な支出を皆無にすることを目的にはしていません。
ある程度の無駄な支出を、個人的には容認しています。その代わり、収入あるいは支出の何%といった具合に基準を設けています。
もちろん、どこかの支出を減らして他の支出へまわすということもあります。
「家計簿」つけることによって、充実した?生活を送ることができるのです。
楽しむために、「家計簿」をつけているのです。
変な男と思われるかもしれませんが、もともと私は変な人間です。
私自身、自覚していますので、決して「キモイ」なんて思わないでください。
ただし、「この試みがうまく行くかどうか」については、若干不安です。