地の球の生活の -8ページ目

嘲笑う

おばちゃんは
働き者なのだろう
額に留まらず
顔全部に汗をかいて働く。
目ん玉を見開き
顔を紅潮させて一生懸命働く。


「よいちょ~う」と、掛け声を挙げて
肉体労働に終始する。おそらくは、限界ギリギリの労働量なのだろう。

おばちゃんとは、仕事がら話す機会が時折あり、必要に応じて協力や工夫を求める事もある。

しかし、忙し過ぎて殆ど俺の話しなんかは耳にしない。むしろ、拒否が多い。他の方法を受け入れるには、若干以上の時間が必要なのだ。

俺はそんなおばちゃんの反応を快く思ってなかった。なんで、分らないのか?…と。

とある日、たまたまそのおばちゃんの働く様子が面白いと、同僚と話題となり、皆で嘲笑う事があった。

その時は同僚も同じく思ってたのだと、変な安堵感が先行したが、同時に何かいけない事をしたような罪悪感もあった。

俺はいつから
一生懸命に働く人に対して
その姿が面白いと嘲笑うような
底辺の感情を他と共感して
鬱憤を解消したかのようになる
醜い人間に落ちぶれたのだろうか…。

分かっているのだ。

本当の所は、容姿に触れたのではなく、話しを分かってくれない苛立ちを嘲笑う事で、解消しようとしたのだと。

俺は心が痛くなった。
心の中でおばちゃんに謝った。

一生懸命頑張ってる姿は
やはり、敬うべきなのだ。

おばちゃん以上に頑張って、もっと
わかりやすい話し合いになる様に工夫すべきは
俺の側にあるのだと。























夏

窓の外にある緑は
まるで当たり前のように
そよ風に身を任せてる
光に包まれ映える姿は美しい
誰にも
知られる事のない
その自然の姿は
やさしく
輝いては
やがて
枯れていく

僕の所にも
夏が来てくれた
独りでいる事の意味は
やさしさを知るためだと
窓の緑が
まるで語りかけてくるかのように
そよそよと
風に揺られていた

久しぶり

暖かい季節を迎えました
久しぶりのUPとなります。

自分の中にある天使と悪魔
暫くは、悪の力に頼り
生きてきたと思う。

悪の力は善の力を瞬時的に凌駕する
しかし
最後には善の力が上回る

どこを最後とするのは自分だが…

善悪の感情は常に揺らいでいる