本邦初のタイ公認レフェリー、サミー中村氏とは/村上正吾氏大阪より参加/他
<残席5!お申し込みはお早めに!>
10・7「キックボクシング祭り」
~シリモンコン追悼&増沢潔、サミー中村両氏を称える~
8月急逝したムエタイの帝王シリモンコンさんの追悼と元全日本キックボクシング連盟初代ウェルター級王者増沢潔(山田)&サミー中村(ルンピ二―・スタジアム公認レフェリー)のお二人を招きその功績を称える2大イベントです!
"特別ゲスト"藤原敏男&猪狩元秀両氏
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日時: 2018年10月7日(日)13:00~15:30
会場: 銀座セントポールズサロン
〒104-0061中央区銀座5-5-1ニュー銀座千疋屋ビル6階
※東京メトロ銀座線銀座駅B5出口直ぐ
TEL:03-6264-5672 FAX:03-6264-5673
MAIL:st.pauls.saloon@gmail.com
会費: 男性5,000円 女性4,500円(食事+飲み物付き)
定員: 37名限定!
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【お問合せ・お申し込み】
メール/LINE/messengerのいずれかで「参加希望」明記の上住所/氏名/年齢(任意)電話番号を以下までご連絡ください。
㈱アッパー
〒151-0066渋谷区西原2-2-4
upper@lapis.plala.or.jp、sf.upper@gmail.com
TEL:03-3469-0620
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■[随感]永遠のKIDよ!
~印象に残る魔裟斗と試合~
■[音楽]イル・ディーボに失望
~歌唱力を味わいたかった~
■[審判]本邦初のタイ公認レフェリー、サミー中村氏
~サミー・デービスJrにあやかる~
~タイでレフェリー修業~
~村上正吾氏大阪より参加~
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[随感]永遠のKIDよ!
印象に残る魔裟斗と試合
総合格闘家山本KID徳郁が9月18日死去した。享年41才、志半ば、若い死である。死因は胃癌と発表されている。思い出に残る試合はやはりK-1 PREMIUM 2004 DYNMITE!!での魔裟斗戦で1ラウンドいきなりストレートでダウン奪ったファイト、何と身体能力の高い選手だろうと感心した覚えがある。当時ナンバーワン選手だった魔裟斗から奪った電光の右、結局その直後に襲った魔裟斗のローブロー、金的蹴りを貰いペースを崩して2ラウンドにダウンを奪われ判定負けした。反則ではないかと物議を醸した一戦だった。
私自身、山本君に前田日明さんとの対談をお願いしている。平成17年から委託編集した「KAKUTOUGI GRAPHIC UPPER」(白夜書房)の巻頭で渋谷区富ヶ谷「すっぽん田吾作」で対談は実現した。時の人で忙しい身でありながら快く応じてくれた。対談が済んで親方を交えて4人で撮った記念の1枚、あの童の如き無垢な神の子の笑顔がすーっと心に浮かぶ。安らかに眠ってください、永遠のKID。
[音楽]イル・ディーボに失望
歌唱力を味わいたかった
4人組のヴォーカル、イル・ディーボの武道館公演に家内と出かけた。私が日頃愛聴しているのを見かねて家内がプレゼントしてくれた。18日激しいスコールの夜、心弾ませ会場に足を運んだものの予想とは大分違って半分失望した。張りのある、のびやかな彼らの歌を聴きたいのに、様相はやたらせわしなく、ダンサーはやたらと登場するわ、加えて照明のサーチライト、これがうざったい。安っぽいショーを延々と見せられうんざり。彼ら本来の歌唱力をじっくり味わいたかった。
観客の7割はオバサン、その中に私のようなオジサンが1割で圧倒的に中高年層、だったら日本の唱歌、例えば故郷、花は咲くなど歌って欲しかったのに、2時間半も時間を取っていながら一向に出てこない。客層の心理が読めないというか、空気が読めないというか誠にがっかり。
家内はこれだったらクラッシック音楽会に2度行った方が良かった、と後悔していた。ぞろぞろ帰る観客の声にも、良かった、又来ようねといった言葉は耳に届かず、アンコールで最後に歌ったマイ・ウェイだけが心に響いた。CDかYouTubeで聴く方がずっと堪能できる。観客席はスタンド席ががら空き、切符が取れない神話がまるで嘘のよう。イル・ディーボよ、2004年の初心、結成時に戻れ。
[審判]本邦初のタイ公認レフェリー、サミー中村氏
サミー・デービスJrにあやかる
ここに紹介するサミー中村(本名・中村智英=75才)さんは日本人初のタイ国陸軍系ルンピニー・スタジアム公認レフェリーである。キックボクシング界の重鎮で、若手審判員の育成にもあたり、業界ではなくてはならない存在になっている。このサミーという愛称は、全日本キックボクシング連盟コミッション、相原局員が、鈴木、中村は掃いて捨てるほどいる、名案はないかと思案「ひげをつければサミー・デービス・ジュニアに似るかも」と審判デビューにあたり命名してくれたそうな。そうなんです、それからひげを生やし、パンチパーマにしたり念が入ってサミーの愛称は定着したわけです。
そもそもこの業界に入る切っ掛けは、好きなボクシングを見ようと後楽園ホールに出かけたら日程を間違え、その日はキックボクシングの興行だった。せっかく来たのだから見ていこうと観戦したらこれが面白い、やみ付きになった。何かこの業界に携わることができないか、そうして選んだのが審判員の道、やるからにはとことん極めようの精神が、ムエタイの聖地バンコクへの修業に繋がる。人間やる気があれば何でも出来る。
タイでレフェリー修業
町田市にあった萩原ジムにて連日特訓を重ね、34才となった1976年、11月から2ケ月間タイでアパートを借りて、ルンピーニースタジアムで計六百二十試合を徹底採点訓練、試合がないときはサマンジム(サマン・ソー・アディソン=沢村忠を16度ダウンさせた男)に通いレフェリーの動作、採点の仕方を学んだ。
この後はスティー審判部長(中佐)の個人レクチャーを受け、これで良し!とのお墨付き得て晴れてルンピーニーのレフェリーライセンスを授与された。元陸上自営隊で戦車に乗っていたという闘魂が、未知の世界でも開花させたのだ。10月7日のイベントは、永年試合を支えたこのサミー中村の功績を称える日である。どうぞ参集あれ、増沢潔さんとサミー中村さんを労いましょう。
村上正吾氏大阪より参加
当日は大阪より中村正吾氏(リングネーム村上正吾)が初参加する。中村さんは、プロボクサーから転向して西尾ジムから昭和46年10月にデビュー、日本系バンタム級にあってランキング2位まで上り詰めた名選手である。流石に樫尾茂(S49年)と木村保彦(S50)と2度タイトルに挑戦したが牙城は崩せなかった。
彼はタイバンコクに「大阪屋」なる日本食レストランを開業した関係で、合間のボクシングではシリモンコンの弟と戦って勝ったこともあり、ムエタイでは日本のキャリアよりタイでの試合数が多い。引退後はボクシングトレーナーを務めた。日本系キックの戦績は25戦16勝8敗1分け、25年1月生まれ68才、若き日が蘇る。お待ちしてますよ、中村さん!
サミー中村氏のルンピーニーのライセンス

ルンピニーのトップから認定書を受ける

スティー審判部長からお墨付きを得る

忘年祭りで集う、サミー中村氏右端

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お待たせ致しました!完売となっていたDVDが入荷しました!
「カンムリワシ 具志堅用高」
~ 世界タイトル全15戦 ~ 第1部 [戴冠]
商品番号UD-1、4,762円+税
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お申し込みはupper@lapis.plala.or.jpまで。
→詳細はUPPERホームページをご覧ください
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【株式会社クエスト】
TEL:03-6380-3031 FAX:03-3209-5535
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