代々木上原の喫茶店にて「舟木昭太郎のムエタイ&キックボクシング談話」細やかに始めました/他 | 舟木昭太郎の日々つれづれ

代々木上原の喫茶店にて「舟木昭太郎のムエタイ&キックボクシング談話」細やかに始めました/他

 

<満員御礼>
UPPER PRESENTS 「舟木昭太郎トークとオークションの午後 PART5」 2017年第1弾、花の銀座の新年祭は、お陰様で定員に達しましたので締め切りとさせて頂きます。
御応募有難うございました。尚、キャンセルが出た折には、改めて御通知申し上げます。


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[随感]トランプのアメリカ
~突風に振り回されるな~
[祝盃]稀勢の里の今後
~横綱はまだ早い~
[談話]剣の極意と拳の極意
~藤原選手が覚醒した1敗~

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[随感]トランプのアメリカ

突風に振り回されるな

アメリカファースト、TPP&NAFTA離脱を掲げトランプ大統領が就任した。はっきりしている事は、アメリカの利益にならないことには、手を出さないということだ。全てがアメリカのWIN(勝ち)、WIN。このグローバリゼーションの世に、現実問題外交が上手く行くとは思えず。

この突風のような大統領の出現に右往左往する日本も見苦しい。この際、じっくり推移を見極める姿勢が必要ではないのか。一国の宰相が尾っぽを振って、接近するは頭から甘く見られよう。トランジスター商人と、かつて、仏ドゴール大統領から揶揄された首相のように。

米軍が日本から撤退するというのであれば、結構、沖縄は晴れて安住の地を得ようぞ。自主独立国家の誕生だ。それこそアメリカが国益に合わぬことが思い知るはずだ。中国だけが利する、喝采する。

アメリカから購入する戦闘機、武器の総額、あるいは駐留費、日本が支払う金額を精査すれば、失う大きさが分かるだろう。果たして米国民は最強のジョーカーを得たか、はたまたババを引いたか。


[祝盃]稀勢の里の今後

横綱はまだ早い

贔屓の大関稀勢の里が優勝した。初土俵を踏んでから73場所目の初優勝は史上2番目、大関在位31場所での横綱昇進も歴代3番目の遅さという。今場所は2横綱、1大関が途中休場して、何となく優勝した感じがする。本人もそのような気がしているのではないか。

横綱に推挙されるだろうが、私はせめてあと一度は優勝してからでも好いのではないかと思っている。日下開山は天下無双の強豪に与えられる称号だ。稀勢の里には名実共にそうあって欲しい。彼は下位力士に、取りこぼしが多いのが気になる。

ゴルフでよく言われることだが、300ヤードのロングドライブも、短いパットも変わらぬ1打だと。横綱でも平幕でも、白星黒星に差異はない。これを念頭により精進されんことを。モンゴル包囲網何するものぞ、の心意気。豪栄道や琴奨菊のような一発花火で終らないように切に望む次第である。


[談話]剣の極意と拳の極意

藤原選手が覚醒した1敗

「舟木昭太郎のムエタイ&キックボクシング談話」を細やかに始めました。1月18日、代々木上原駅近くの喫茶さぼーるが第1回の記念すべき場所でした。

参加者は2名、どなたにも参加を呼びかけていないので当然だ。発端は、前回のイベント「アッパー忘年祭り」に参加してくれた勝又厚男さんが、舟木さんのキックボクシングの話を色々聞いてみたい、という発言からでした。

私は「余命半年」を座右の銘にしておりますから、予定表を見て、来週の水曜日午後なら大丈夫と即決、メールを打ちました。

私の「舟木昭太郎トークとオークションの午後」の代表幹事竹井克彦さんも、かねがねそんなこと言っていたので、声をかけました。彼はご近所さまなので喜んで参加して呉れました。

早速構想を練り、第1回のテーマを北辰一刀流千葉周作からヒントを得て「剣の極意と拳の極意」に決めました。「剣術に許さぬところ三つあり」が、格闘技に通じるものがある、そう思ったのです。

1、相手が動く瞬間
2、受け止めた瞬間
3、相手の動きが止まった瞬間。

この3つの動作の中に、許さぬところ、つまり油断してはならないところがある、話頭(わとう)はこんなところから。

藤原敏男さんの師匠である黒崎健時師範が同様の事を言っておられた。「相手にパンチなり、蹴りなり決まった瞬間、そこに気持ちを置いてはだめだよ。」

これなぞは、正に「許さぬところ」である。当たった!と一息就いたところに油断、空(す)き出来る。当たった瞬間、心は次の攻撃目標向かっていなければならない、と先生は指摘しているのだ。

この事例を引用しながら私は、1974年8月タイ・キチカチョン・スタジアム(現フォーマスタジアム)の日・タイ東洋8階級チャンピオン決定戦の藤原敏男選手の試合に運びました。

藤原選手が、センチャイ・スリーンポプに4回TKOに負けた試合である。センチャイの肘打ちに、藤原選手は頭部をカッターナイフで切られるように、5度も肘攻撃にさらされて、鮮血著しく惨敗した。

クリンチの刹那、あるいは試合再開の刹那、肘は音もなく頭を切り裂いた。その度にレフェリーが試合をストップ、傷を確かめた。何故だろう、と虚空を仰ぐ藤原選手の姿をいまでも私は忘れない。

結局あの”刹那”こそ「許さぬところ」だったのではあるまいか。藤原選手はこの敗戦を経て1分けを挟み14連勝、翌75年3月の西城正三との決戦に臨み3回TKOで勝って名声を不動のものとした。つまり藤原選手が不世出のキックボクサーになる、大いなる敗北だった。

「100の成功よりも、1つの敗戦から得るものが大きい」は名言である。こんな話をしたが、満足したであろうか。小さい一歩、何処まで続くかは未知数である。


代々木大山公園の夜明け前のしじまと、月の冴え。