大義なき衆議院解散/1976年センサック初防衛での大混乱/他 | 舟木昭太郎の日々つれづれ

大義なき衆議院解散/1976年センサック初防衛での大混乱/他

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■大義なき衆議院解散
 ~習近平主席の傲慢無礼~
 ~選挙後の安倍総理の狙い~
■商店街のバス旅行
 ~座敷に座る苦痛~

[今週の雑学講座] 
 タイ国のラッキーナンバーは「9」 (センサック初防衛での大混乱)
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大義なき衆議院解散

衆議院を解散して、また選挙するという。大義のない国費の恐るべき無駄遣い。前回(2012年)の選挙は約650億円も掛かった。国の借金1千兆円、任期がまだ残るのに選挙を遣ってる場合か。
 
福島原発事故でいまなお仮設住宅に暮らす人々、東日本大震災の復旧も進まず、消費税8%以後個人消費は伸びず、強引なインフレ策は、円安ドル高を招き、車の輸出は伸びたが、ガソリン、天然ガスは高騰して国民生活を圧迫、原発稼働等々問題山積、何一つ解決できない現状。空白は許されないのに。余りにノー天気。
 
今電撃的に選挙をやれば、安倍自民は絶対勝てると踏んでいる。野党は選挙準備が整っていない。党内の不平分子も抑えられる。勝てばフリーハンド、集団的自由権も消費税10%も思いのままだ。国民を舐めているとしかいいようなし。
 
真の狙いは安倍長期政権の確立、もう一つは最大のライバル石破茂の総理の芽を摘むことだ。「次はあなたが総理」と持ち上げ幹事長職を降ろし、石破茂を特命担当大臣(地方創世)に格下げにしたのも、見え見えの布石だ。まあ、そんな口約束、政治の世界では無きに等しい。
  
 
習近平主席の傲慢無礼

自民党員の地方票は圧倒的に石破が強く人気が有る。乾坤一擲ここで芽を根絶する。並々ならぬ安倍総理の決意。その私欲私情が解散総選挙の愚挙に出た。こんなスモールサイズだから習近平主席にも馬鹿にされた。
 
あのASEANでの握手のシーンはなんだ。安倍総理個人の問題ではない。日本国家が侮辱されたことだ。さぞ中国国民は溜飲を下げただろうよ。また世界中であの場面を見た人は、日本の総理のすり寄る態度に、軽蔑の眼差しを送ったに違いない。
 
安倍総理は常々右翼的な発言をしている。あんな時こそ、ソッポを向く習主席に「いやならオレは日本に帰る」と啖呵の一つも切ればよかったのだ。
 
あれほど傲慢無礼な国家元首を私は過去見たことがない。ホスト国とは、何はさておきお客様を歓迎せねばならぬ。それが礼儀。だが待てよ、実はあの握手にこそ和解への鍵が隠されていた、と私はみる。
 
安倍総理が尻を捲って握手を拒絶したなら、当然オバマ大統領を始めプーチン首相、西洋各国の首脳も「まあまあ」と仲裁に動くだろう。その結果初めて和解へのテーブルに着くことになる。
 
 
選挙後の安倍総理の狙い

外交はときに真剣白刃の心理戦、憎悪と和解は紙一重。人生は芝居を演じる役者、とは誰かがいった。馬鹿の一つ覚えの「常在戦場」と叫ぶ自民党役員連中、言葉でなくあの習主席との握手時にこそ、その言を発揮して欲しかった。
 
ついつい横道に外れた。解散と安倍総理に戻る。大体やることなすこと姑息、性急なアベノミクスは誰が見ても失敗だ。で、消費税10%もあっさり先送り。これ国民欺く煙幕、遣るんならその理由を正々堂々吐いて、断行すべき。
 
国民に負担を押し付けるには、衆参両院の議員数(衆・480、参・242を)1/3に削減するとか、それが出来たら、消費税アップも国民の同意を得られよう。
 
己の私利私欲のためにだけ選挙を強行するは、経国済民の気持ち一滴の露ほどもない。「集団的自衛権」とは、同盟国アメリカが攻撃されたら日本も自動的に支援参戦することだよ、分かり易く言えば。それでいいの?
 
選挙は、自民党が例え数を減らしたとしても勝利を収めるだろうから、党内の不満分子も抑えられるし、禊(みそぎ)も済んだ、国民の審判を仰いだと安倍総理は遮二無二に暴走するだろう。あたかも危険薬物を吸ったドライバーの如くに。よくよく国民は熟慮すべきだ。
  
 
商店街のバス旅行

16日の日曜は地元西原商店街のバス旅行(30人)で茨城県常陸那珂まで日帰りで行ってきた。幸いの秋晴れで車窓から秋の風情を楽しめた。
 
約2時間半で目的地の阿字ヶ浦海岸縁(べり)に建つ「のぞみ」というリゾートホテルに到着。海を見ながら大広間で休憩した後は、海を眺望できる露天風呂で寛いだ。
 
昼食はこの地域名物のあんこう鍋で、酒などの飲み物も振る舞われて、宴会は盛り上がった。旅行費用は全て込みの三千円、恐縮した。私は夏祭りでボランティアを遣っているので声がかかった。声が掛るうちが花か。
  
 
座敷に座る苦痛

だが困ったのは座敷で、座椅子もなく座布団一枚は腰が痛くておうじょうした。せっかくのあんこう鍋も心ゆくまで味わうことができず、その点では苦痛だった。
 
座ることなど若い頃はなんでもなく出来たのに、いまは地獄だ。和式トイレもとうに利用できない、習慣とは恐ろしい。幕末日本に来航した欧米人はさぞ苦労の種だったろうな、と変に同情した。
  
帰りは那珂湊港のおさかな市場に寄って買物してきた。あれもこれも買って、こんなに買って来てどうするのと家内に叱られたが、帰途は大渋滞に巻き込まれ帰宅できたのは8時過ぎだった。紅葉見物の行楽車だろうが、これは想定外だった。行きはよいよい、帰りはこわいか。 
 
  
[今週の雑学講座]

タイ国のラッキーナンバーは「9」
 
タイ国では「9」(タイ語でガウ)という数字がラッキーナンバー。我々の「7」というラッキーナンバーに該当する。ただし、重みが遥かに違う。
  
国王の翳(かざ)す日傘は、九層になっているのは何よりの証拠であろう。かつてボクシング世界戦でもこんなことがあった。
  
1976年1月、センサック・ムンスリン(タイ)が、国技館でライオン古山(笹崎)と初防衛戦を行った時は、この9がテレビ局を大混乱させた。
  
当時放送したのは日テレ。生中継だったが時間になってもセンサックは控室を出てこない。入場音楽は繰り返し流れている。スタッフは右往左往、パニックになった。
 
その頃センサックはといえば、長い線香を立て膝まずきお祈りの最中。日本人マスコミで唯一人入室を許された私はその全てを目撃した。何故出ないのか、と関係者に聞けば「タイの高僧が〇〇秒にならなければ控室を出てはいけないと言った」と。
 
それが、7時0分59秒だったか、7時9分9秒だったか正確には忘れた。つまりは⑨の数字が大事なのである。お告げの時刻になり、センサック陣営は悪びれた様子もなく堂々とリングに向かった。恐らく日本では前代未聞の出来事である。

それほどまでに「9」はタイ国民にとっては神がかりの数字である。お告げの守りのせいか、センサックは圧勝の判定勝ちで初防衛を果たした。
 
 
ひたちなかの海に夕陽が沈んで… 

  

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