昼は高森夫人、夜は藤原会長、お雛祭りに誕生祝賀会が重なって/日本初のムエタイ道場山田ジム
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・お雛祭りに誕生祝賀会が重なって
~高森夫人恒例のダンスパーティー~
~夜は藤原会長キック人生45周年祝賀会~
~馴染みの格闘家が集結~
・日本初のムエタイ道場山田ジム
~資料をお持ちの方御協力を~
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お雛祭りに誕生祝賀会が重なって
3日は桃の節句、お雛祭り。この日は私がお付き合い頂く大事なお二人が誕生日でそれぞれパーティーを開いた。1人は梶原一騎夫人高森篤子さん、もう1人は何とキックボクシングの藤原敏男会長。藤原会長がお雛祭りの日が誕生日とは何とも意外である。
高森夫人は毎年恒例のダイニングラウンジを貸し切って、昼1時から7時までのロングラン・バースデーパーティー。六本木ヒルズ泉ガーデン内「ラウンジ オペラ」という高級イタリアンレストランで、食べて踊って飲んでいつもながらとても豪勢な誕生パーティである。今年で9年目、68才を迎えて高森夫人はますます溌剌としている。私も第1回目から招待によくしている。
子供からお年寄りまでざっと300人を超える来客で賑わった。全て高森夫人の招待客で会費は無しである。私などかくも高級な、しかも六本木ヒルズのお店なんぞで遊ぶことは全くない。然るに場違いな感じで、身の置き所がなくてウロウロしていた。そした和服姿の高森夫人が見えて、2階にVIPルームがあるからそちらへ行って、自ら案内してくれた。なるほどVIPな空間で、ゆったりとしたソファーがあり私にはもったいない感じがした。1階とはまさに別世界の静けさで、こっちの方が落ち着かなかった。
~高森夫人恒例のダンスパーティー~
パーティーの時刻となった。高森夫人が現れ招待客に御礼の挨拶を述べた。1年が過ぎてまた皆さんと再会した喜び、人と人の縁を大事にしたい等々。簡単な挨拶だが、実に温かなとても心に響く挨拶だった。いつも感謝の気持ちを忘れない夫人の生き方は、一体それを何から学んだのだろう。「有難うという言葉は自分に跳ね返ってくるのよ、舟木さん。」以前聞いた夫人の言葉を思い起こした。
少女たちのディスサウンドにのった激しい踊りで幕を開けたパーティーは、夫人が和服姿なので東京音頭、更には炭坑節の和もの音楽が鳴り響き若きも老いたる者も輪になって躍り始めた。賑やかな誕生会の始まり。盆踊りが終るや、風のように着替えた夫人の登場洋装で再登場。
ここからが本番のディスコタイム。ボリュームが一段高くなって会場を覆った。頃合いを見計らって私は会場をあとにしたが、今年は会場も明るく気に入って2時間半近く留まった。ワイン2杯、ビール1杯飲んでいい気分になり一旦自宅に引き上げ、夜の部藤原会長の誕生会とキック人生45周年パーティーに備えた。
~夜は藤原会長キック人生45周年祝賀会~
6時からは藤原敏男会長の「キック人生45周年祝賀パーティー」が本郷「東京ガーデンパレス」に250人の招待客を集めて開催された。格闘技関係が8割、一般人が2割という参加者構成であり、キックに限らずプロレスから総合、空手界まで幅広く集まっていたのは流石キックの鉄人の人脈。ここ一発の時には格闘家が馳せ参じる。これも藤原会長の人徳だろう。
新間寿元新日本プロレス営業本部長も姿を見せていたし、藤原会長の盟友タイガーマスクの佐山聡氏、和田良覚レフェリーの横には元修斗、総合格闘家中井祐樹氏(現終斗協会会長)も、私がテーブル近くを通ると、舟木さんしばらくですと声を掛けられ恐縮した。ゴング格闘技誌時代に御世話になっている。技の探究に余念がない理論派で腰が低く私はかねがね好感を抱いている。
~馴染みの格闘家が集結~
私共の丸テーブルにはキックの猪狩元秀夫妻、元協同プロモーション榎本浩氏、元スポーツライフ社松永秀夫社長と馴染みの顏があった。しかし私の右隣に座ったのは空手建武館篠田剛館長で初めてお会いする方だが、穏やかで、終始気配りがあり良いひと時を過ごせた。同席する人の性格によっては、その場の空気が好ましくなったり、嫌になったりする。自分の振る舞い、印象には気を付けなくてはならないと自戒する。
篠田館長、食べ物をお皿に移してくれたり、飲み物をボーイさんに頼んでくれたりと、どうも有難うございました。このような豊かな精神をお持ちの指導者に教えられる子供たちは倖せですよ。武道は決して強くなることだけが目標ではないのですから。
祝賀の集いは和太鼓あり、女装の演歌あり、あちこちで格闘家との記念の撮影ありと、あっという間に3時間が過ぎたが、面白かったのは壇上でのトークショー。中でも佐山氏の藤原会長に贈る言葉は、ユーモア溢れ腹を抱えた。お互いを信頼するからこそのブラックジョーク、いいものである。私も藤原会長と共に歩んできたきたという実感があり、私の感慨も無量でした。
藤原会長には健康に注意して後進の指導に邁進して頂きたいと願う。今日という日は、高森さんと藤原会長、私の掛け替えのない御二人がそれぞれに素晴らしい祝賀会を開催できた事は、まことに自分のことのように嬉しい。
日本初のムエタイ道場山田ジム
日本初のムエタイ道場山田ジム+ムエタイのアッパー格闘技博覧会を企画してております。どなたかNET(現テレ朝)のワールドキックボクシング時代の資料などお持ちの方おりましたら御協力をお願い致します。
恵比寿にジムが設立されるときに駆り出されてお手伝いして、それが縁で1年間練習生として汗を流しました。当時、私は大学に在籍中で目黒のパブオーシャンでアルバイトをしておりました。目黒は在日タイ大使館があるところで、バーにはよくタイ人が集まってきました。
そんなときにタイ大使館に勤めていた山田正氏(故人)が中心になりNETがキックを始めるのに合わせて設立されたのですが、トレーナーには野口修社長が初期に招聘したタイ選手で、バイヨーク・ボーコソー(通称トムさん)が就任しました。彼こそ山田ジム躍進の立役者でした。
~資料をお持ちの方御協力を~
またジムは留学生の恰好の溜まり場になり、彼等も我々練習生たちを指導してくれました。自由闊達なジムで勿論いじめとか、しごきみたいはありませんでした。しかしフライング・ジャガー、増沢潔といった名選手を世に送り出しました。佐藤正信、春川統一郎というタイ式の技を駆使するチャンプも生まれました。
その山田ジムは15年程で幕を閉じましたが、山田正会長も鬼籍に入られて早3年、追悼の意味でも博覧会を実現したいと願っております。何か山田ジムに関連するものがおありでしたら、御連絡頂きたいと思います。
【ご連絡先】
TEL:03-3469-0620 FAX:03-3469-0685
E-MAIL:upper@lapis.plala.or.jp
~3月3日高森篤子+藤原敏男会長誕生祝賀会グラフイック~
壇上、左よりRISE代表伊藤隆氏、元藤原ジム小林氏、藤原会長、佐山氏、和田レフェリー
左より建武館篠田館長、私、猪狩氏
すっかり酩酊している主役藤原会長と
猪狩夫妻の後方は女形の北岡歌手
修斗の中井会長と和田レフェリーと
キッズたちと誕生会の挨拶をする高森さん
DVD 『カンムリワシ具志堅用高』 第1部&第2部
DVD『日本ボクシング不滅の激闘史』いずれも絶賛発売中!!
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