パーティーで会った元世界王者達/西城正三さんの追憶/多忙な具志堅会長/他 | 舟木昭太郎の日々つれづれ

パーティーで会った元世界王者達/西城正三さんの追憶/多忙な具志堅会長/他

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・パーティーで会った元世界王者達
 ~多忙な具志堅会長のこと~
 ~NHK総合で11月「具志堅一族」を放映~
 ~西城正三さんの追憶~
 ~全てがナイスだった西城選手~
 

・金木犀の薫る季節が来た
 ~しばし芳香を愉しむ~
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パーティーで会った元世界王者達
 
 金平正紀会長を偲ぶ会&WBC世界フライ級チャンピオン佐藤洋太を励ます会は(10月11日、東京ヒルトン)はさながら協栄ジムOB世界チャンプの同窓会であった。西城正三、具志堅用高、上原康恒、渡嘉敷勝男氏らに系列の沖ジムから竹原慎二氏の豪華な顔触れが集結した。竹原と仲良しの畑山隆則氏も駆けつけた。
 
 賑やかなことが好きな故人だったから、さぞ泉下で喜んでいることだろう。現在まで13人の世界王者を輩出している名門のジムである。同ジムの世界王者第1号は”カミソリパンチ”といわれたフライ級海老原博幸。次がシンデレラボーイ(日本人が初めて海外でベルトを取ったから)と騒がれた西城正三。そして13度防衛の”カンムリワシ”具志堅用高と名王者へと続く系譜、はまさに日本ボクシング界の歴史そのものだ。
 
 会場で私が最初に話しかけたのは上原康恒さん。現役引退後、ガッツ石松さんと3人でよく赤坂・新宿を飲み歩いた。そんな思い出話をしていたら、具志堅会長が脇を通りかかったので声をかけ記念写真を1枚撮らしてもらう。具志堅会長と上原さんは同じ沖縄で、具志堅会長が興南高在学中は上原家に下宿してたのが縁で、ボクシングを始めることになった。いわば具志堅ボクシングの原点である。四方山話に話が弾む。
 
  
多忙な具志堅会長のこと
 
 具志堅会長と語り合うのもしばらく振り。彼はいまやタレントとしても売れっ子で、ボクシングジムとの二足の草鞋で多忙を極めているからである。私は彼がチャンピオンになる前から密着取材しているが、よもやタレントで人気者になることは想像していなかった。
 
 それも一過性の人気かと思ったら、どうしてテレビの出演回数は依然多い。私には予想外の現象だが渡嘉敷君などは「先輩(具志堅)は面白いですよ」と手放しに、その天然ボケを褒める。楽しそうに遣っているから、彼には芸能界の水も余程合っているのだろう。人間何処に才能が眠っているか分からないものだ。
 
 白井・具志堅ジムに女子世界王者が誕生(WBAスーパーフライ級C山口直子)して、本業のボクシングにも拍車がかかっているようだ。「山口はいい選手ですよ。楽しみな選手です、今度見に来てください」と言って、彼は、11月21日(後楽園ホール)の初防衛戦に熱を帯びていた。世界13度防衛のカンムリワシが折り紙付けるのだから間違いないだろう。皆さん、観戦をよろしくお願い致します。
 
  
NHK総合で11月「ファミリーヒストリー具志堅用高」を放映
 
 NHK総合では、11月19日(月)の夜 22時~22時50分の間で、「具志堅用高」をテーマに特集を組むそうだ。沖縄での撮影は既に終わっているそうな。NHKは過去チャンプ時代にも同様の企画を放映している。今回はどんな切り口になっているのか私自身も大いに興味ある。「いいですよ、凄く。」本人が照れずに、マジに言う。こんなところが具志堅会長の天真爛漫な性格。そういった素朴さが茶の間で受けるのかも知れない。具志堅ファン必見ですぞ。
 
 会場の隅の方に西城正三さんの姿を見かけたので、私はあなたのファンでしたよ、と彼に近づくと、へぇ~そうですか、といって身を反らした。そうなんです。
 
 1963年9月、敵地ロサンゼルスでロハス(米)を判定で破りWBC世界フェザー級タイトルを手にした西城は、ジャックサンダースのマークが付いたゴルフウェアーをさらりと着え、羽田に降り立った。甘いルックスのニューチャンプは、紛れもなくシンデレラボーイの雰囲気が漂っていました。各種雑誌、スポーツ紙を飾った新王者の素顔は、本当にナイスでした。
 
 
西城正三さんの追憶
  
 ファイトもラスト30秒に賭ける斬新な戦法でした。同王座は4度衛して、’71年8月、A・ゴメスにKOで敗れて、西城はリングから身を引きました。丁度その時期私は3カ月の研修期間を経て、正式にゴング編集部配属になりました。
 
 引退して間もなくの頃でした。私は、野口プロH部長のお誘いを受け目黒にあったサウナに行きました。店に入ると、貴方は帰り支度をしておりました。直接取材したことがなく謂わばこの時が初対面でしたから、私はゴングの舟木というものです、宜しくお願い致しますと丁重に挨拶した覚えがある。
 
 ああ、ゴングね、俺がチャンピオンになってロスから帰国したときに家まで来てくれたんだよね。写真撮ってくれて、それで表紙に載せてくれたの覚えているよ。よろしく、と笑顔で応じてくれたのがいまでも印象に残っている。
 
 
全てがナイスだった西城選手
 
 そのあと我々はサウナに入り、出てくるや支配人らしき人が寄ってきて「垢すりのお金も2人分、全部西城さんから頂いていますので」という。思わぬ恩恵に浴して恐縮したが、支払った西城さんは、既に帰ったあと。爾来、私の心にはナイスな西城さんがずーっと、澱(おり)の様に溜まっていたのです。
 
 そんな経緯があったものですから、貴方がキックボクシングに転向して、ムエタイの修業に出るときには、金平会長に依頼されてバンコクでの修業先を私が全面的にコーディネートしました。私にとってこれは、サウナの恩返しだったわけです。
 
 その西城さんも63才、二人の孫がいるんだ、とこの時ばかりは目を細めて完全な好々爺でした。現在はオークラジム会長として、マイペースで第二の人生を歩んでいる。
 
 現役時代は幾つものアパートを持ち、イタリアン料理の店も経営するなどリッチな生活を送っていましたが、それも本人曰く、競艇に全部つぎ込んでパーになりました、アハハ~。何とも潔い言葉に私はここでもナイスな西城さんを発見したのです。普通の人は、自分のマイナスになる事はなるべく言わないもですから。
 
 西城さん、金は遣いばなくなるけど、シンデレラボーイ西城昭三の名声は不滅なんですよ。それでいいんじゃないですか。私は遠い昔の恰好いいあの日を振り返りそういった。この日会場で会った西城、具志堅、上原渡嘉敷の各氏は、私にとっては特別に愛着ある人生の宝物のような存在である。会費2万円、私にとっては心温まるパーティーになりました。金正日(キム・ジョンイル)のそっくりさんにも遭遇した。故・金平正紀会長に感謝、佐藤洋太に声援を送ります。
 
 
金木犀の薫る季節が来た
 
 金木犀の香りの漂う季節が今年も遣って来た。毎朝行く公園にも2,3本植えてあり、噎せ返る匂いのなか贅沢極まりないラジオ体操ができる。’71年に初めてバンコクに行って、当地の一般の家庭に滞在した。
 
 そこでも金木犀と同じ芳香を感じた。一風呂浴びようと電気も無い暗い小さな部屋に入るとそこには樽のようなものがあり、その中から強い匂いを放っていた。柄杓で水を掬い体に掛け流す。水は生暖かくても旅の汗を流すのには十分だった。乾季の頃、同じようにタイでも金木犀は咲くのだろうか。あれは紛れもなく金木犀の薫りだった。
 
 一般にタイでは所謂日本の風呂のようなものはなく、先にのべたような方法で済まし、暑い時には何回もそれをする。日本人の様に熱い風呂に入る習慣も、石鹸をタオルに一杯付けてゴシゴシ洗う事もしない。
 
 
しばし芳香を愉しむ
 
 日本人とは特別綺麗好きな人種なのかもしれない。銭湯や温泉場などへ行くとよく見かける光景だが、全身を泡だらけにして、タオルで力いっぱい擦っている人が多い。そこまでしなくてもと思うのだが、当人はそうしないと満足できないらしい。
 
 兎も角、金木犀の芳香は凡そ2週間は続くので、お天気の善い日は我家では玄関を開けて置く、そうすると金木犀の匂いが家の中に流れ込んでくる。10月は適度な晴天が続くので、何処か遠くにウォーキングに出掛けたいのだが、この頃右足が痛くて(脳梗塞の後遺症なのかもしれない)それも叶わない。颯爽と歩けないのが辛い。どうやら金木犀だけが私を慰めてくれる気がする。
 
<金平正紀偲ぶ会&佐藤洋太を励ます会グラフィティー>
西城正三さんと(右)話が弾んだ。

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

竹原、私、P&S横井社長、畑山の元チャンプと(左より)
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オッと死んだはずのキム・ジョンイル(金日正)さんも来場。

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

お馴染みのトカちゃんと。

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壇上に元王者が勢揃い。
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具志堅、上原さんと(右)

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祭壇には故・金平正樹先代会長の遺影が飾られ献花した。

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