総合格闘技の域に入った柔道/なでしこ監督の公言/熱血の人ありて/他 | 舟木昭太郎の日々つれづれ

総合格闘技の域に入った柔道/なでしこ監督の公言/熱血の人ありて/他

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・ロンドンオリンピック
  ~男子柔道、金ゼロについて~
  ~総合格闘技の域に入った柔道~
  ~フェアプレイ精神とは~
  ~なでしこ監督の公言~
  ~大層な壮行会もう止めませんか~
 
・蝉の鳴き声が少ない
  ~蝉の一生は短い?~
 
・人は死して価値定まる
  ~熱血の人ありて~
  ~思い出の日々~

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男子柔道、金ゼロについて
 
お家芸の柔道は全階級が終わり結局金メダルは女子57㌔級で松本薫が獲得した一つだけだった。男子は60㌔級平田、73㌔級中矢の各銀メダルが精一杯。最後に望みを託した100㌔超級川上大樹も2回戦で姿を消した。
 
 男女合わせて金1、銀3、銅3の結果に吉村強化委員長は、選手の詰めが甘い、練習を積んできたのに本番では勝ちを急ぎ自分の状況をわかっていなかった、と反省の言葉を述べている。
 
 果たしてこの程度の総括で4年後リオデジャネイロでは大丈夫なのだろうか。私の素朴な疑問だが、結論から申すと日本柔道界は「柔道」という固定概念をもはや捨てるべきである。
 
 
~総合格闘技の域に入った柔道~
 
 柔道は既に総合格闘技のゾーンに入っている。最たる例が100㌔級穴井隆将がクレバレク(チェコ)に巴投げから寝技に持ち込まれた場面。あたかもグレイシー柔術の選手が、関節を極めにかかるような猛々しさで、穴井は一気に抑え込まれた。
 
 悪夢のようなこのシーンは、かつてPRIDEのリング上で幾度となく見てきた惨劇と変わらない。そう、日本選手たちが、ヒクソンに次々にKOされていく場面である。私が見た無念の数々がオーバーラップした。
 
 異質の柔道、総合格闘技化した柔道に今後如何に対応していくかが課題だ。それに打ち克つために何を為すべきか。私は、いまこそプロ格闘家やレスラーとの垣根を越えた稽古を勧める。柔道に異質の血を注入しなければ、進化はない。万物は進化、変貌し続ける。
  
  
フェアプレイ精神とは
 
 国を代表するアスリートたちが、4年に1回集い最高の舞台で、最高の力と技をベストを尽くして競うのがオリンピックである。だがバドミントンの中国×韓国の女子ダブルスは、見るに堪えないものでした。
 
 お互いにサーブを何遍も故意にネットに当ては、負けを狙う策。次の試合で、同国人対決を避ける、あるいは次戦で有利な組合せを得るために。露骨な駆引きは、スポーツを愚弄するもので、無気力試合として失格になりました。当然です、これ、日本では八百長と言うのです。
 
 そういえばわがなでしこも、8時時間かけて次の会場に移動するのが嫌で、わざと引分け作戦に出た。引分けなら2位通過で、同じ場所で試合ができ、選手の過労も防げる、というのが監督の計算であった。これ、無気力試合に当ります。フェアプレイの精神に違反します。
  
 
なでしこ監督の公言
 
 なでしこの例などは、戦略としてどこの国もやっていることらしい。だが問題なのは、監督自身が、南ア戦は、引分け狙いでよいと選手達に指示したと、公の席で発したことです。途中投入の選手には、鋭いシュートは打つなと言った…等々、黙っていればいいものを。対戦した南ア側に失礼ではないか。逆の立場を考えてみればいい。
 
 2位通過に拘った訳は、もう一つ、1位通過ならフランスかアメリカが次の対戦者になる。御存じのように壮行試合ではいずれも敗れている相手。リスクが大きい相手との戦いを避けたかった、というのも本音かも。いずれにせよこれも、正々堂々の精神から逸脱している。
 
 こういった発言はとくに選手たちのモチベーションに微妙に影響してくるものだ。指揮官の一語一句は前線の兵士を惑わす。カッテモ、カブッテモ、オヨ(藤猛の名言=勝って兜の緒を締めよ)、である。試合に影響しなければいいが。
  
 
~大層な壮行会もう止めませんか~
 
 もうそろそろ、出征兵士の如き選手への壮行会といったもの、止めませんか。頭に日の丸に必勝の定番の鉢巻、講堂等での物々しい激励、万歳。選手達は頭をペコペコ下げ通し、異常です。♪勝ってくるぞと勇ましく~まさにこのノリです。
 
 試合ともなれば、地元の会場に集まり全員日の丸に必勝の鉢巻でこれまた大騒ぎ。この光景をさも美徳の如くNHKはじめ民放も定番のように中継する。運よくメダルに有りつけた選手の親兄弟はいいが、期待に添えず敗れた選手の側は惨めである。
 
 100㌔超級で敗れた川上選手は、すみません、負けてしまってと泣いてマイクに向かっていた。なんでここまでするの?勝負は字の如く勝ちと負けのどちらかです。(たまに引分けもあるが)、選手たちはあの馬鹿げた壮行会というプレッシャーを背負いながらプレーしているのです。川上選手の涙は、プレッシャーへの暗黙のメッセージに思えるのです。
 
 これからはもっとスマートに選手を送り出しましょう。例ばお茶とケーキのアットホームなティーパーティーとか…挨拶無、ただ懇談するだけの歓送会。兎に角「必勝」の鉢巻は御法度です。
 
 
蝉の鳴き声が少ない
 
 8月に入って、やっと蝉の鳴き声も聞かれるようになったが、その数は少ない。余りの猛暑に地下の幼虫も、一旦地上に出たものの頭を引込め「こりゃだめだ、来年にしよう」なんて越年を決め込んだのかもしれない。毎朝ラジオ体操に行く大山公園でも例年なら木々の梢からシャワーのごとく降ってきた蝉の声も、遠慮がちだ。
 
 猛暑ときたら、天を切り裂くような蝉の絶叫、この両者がセットで無くちゃ気分は出ないやね。かき氷にそうめん、枝豆に生ビール夏の定番も蝉の声が拍車を掛けるというものです。
 
 蝉といえば、愚妻の郷里、九州は国東半島を旅した夏の日を忘れえない。丁度今年のような猛暑で、磨崖仏巡りをした。巨大な岩肌に仏像が彫られていて、蝉が狂ったように混声合唱していた。
  
 田圃の畦道を歩きながら、炎天下を延々歩いたが、至る所に大小様々な仏像に巡り合った。あれは昭和53年の頃で、新婚の年でやっととれた夏休みであったことも印象深い。
  
 
~蝉の一生は短い?~
 
 その蝉の平均寿命は7年と7日だといわれる。短い生涯だと我々は思いがちだが、昆虫の世界では長寿の部類に入るそうで、人間に例えると70年であるそうな。蝉の生態は、卵から幼虫になって、地下に潜り7年、そこで過ごす、これが本来の蝉の人生だというのです。
 
 夏になって幼虫は再び地上に姿を現して木に登り、夜間孵化する。夜は外的が少ないからだという。夜明け十分に羽根が乾いたころ飛び立つ。牡は雌を求めて身を焦がすように鳴きまくる。声音の良し悪しを聴き定め雌は求婚に応じるという。求愛に応じてもらえず、童貞のまま空しく逝く蝉もいる。
 
 そして、雌は地上の枯れ木などに卵を産み子孫を残す。ほゞ1週間の限られた余命の中で、しっかりとそれぞれ役目を果たして、ある者は街路の焼けるような道路に、ある者は、ビルの屋上をお墓とするのです。
 
 土にもぐっているときには、モグラやケラなどの天敵に狙われ、、成虫してからは鳥やスズメバチの餌食になってしまう、そんな蝉も沢山いる。中でもスズメバチは幼虫を育てるための欠かせない栄養分なんだそうな。こんな蝉を食べる「昆虫グルメ会」なる女性同好会が昨今流行(はやり)だそうな。いやはや。
 
 蝉鳴くや 行者の過る 午の刻 蕪村
 
 小坊主の 袂のなかの 蝉の声 
一茶
 
 夏深き 森の梢に かねてより 秋を悲しむ 蝉の声 
寂蓮
 
 私の故郷は福島の鮫川村という山深い里で、少年のころ聞いたクマゼミの山々を渡る堂々たる響きや、夕暮れ何処からともなく囁き交わすあの蜩(ひぐらし)の哀調を帯びた旋律は少年の不安定な心に沁み込みました。7日は立秋、蝉の声にも秋が忍び寄っています。秋色慕情。
  
 
人は死して価値定まる
 
 デイリースポーツ元運動部でボクシング記者芦澤清一さんが、7月30日に肺炎のため死去して、翌日31日はお通夜が埼玉県上尾市の「セレモニー上尾」で18時から行われた。
  
 夕方になっても暑さは衰えを見せないなかで、葬列の客は後を絶たなかった。マスコミ仲間、ジム関係者、飲み屋の経営者…芦澤さんの人徳というものだろう、生花はジムオーナーから歴代王者、F原田、輪島、具志堅、渡嘉敷にはじまり帝拳ジム4人の現役チャンプといった具合に祭壇は賑やかに遺影を見守った。
 
 一時期相撲担当記者だったこともあり特に親しかった九重親方(元横綱千代の富士)の供花も目を引いた。親方は通夜も終わりの刻に、焼香に駆けつけた。お清めの席ではデイリースポーツのOBと酒を酌み交わして懐かしい人たちと貴重なひと時を得た。
  
  
~熱血の人ありて~ 

 
 直言、苦言ー芦澤さんは常にボクシング界に物申した記者でした、最後のボクシングライターだった。ときにはそれが源でジムから取材拒否を受けたが、怯まず戦い続ける熱血の人であった。
 
 私の編集長を務めたワールドボクシング誌に1頁のコラムを長年に亘り寄稿(後ボクシングビートに継承される)してもらった関係で公私ともに友人のお付き合いをして頂いた。芦澤さんの先輩記者が有名な朝熊伸一郎さんで、仕事も遊びもこの人から徹底的に仕込まれた。
 
 朝熊さんの後を受けてキャップとなってからは、主催紙として、具志堅用高選手の王座奪取から、13度防衛、そして王座を明け渡すまで隈なくその動向を伝えた。
 
 
~思い出の日々~
 
 誰よりも具志堅チャンプの信頼厚く、「わいやカンムリワシねん」の著書まで著した。具志堅一行がキャンプを張ると北は北海道、南は石垣まで何処へでも行った、私も度々同伴させてもらった。打ち上げでの飲み会、タイトル防衛戦後親しい記者仲間が、具志堅選手を招待しての食事会と楽しかった日々を思い出す。
 
 晩年はアル中気味で、後楽園ホールなどではビール大ジョッキ一杯飲み会場入り。酔って数々のトラブルも引き起こした。某ジムのアルバイトの女子大生のお尻を触って、泣かせたなんていう騒ぎもあったがジムの好意で事件にならなかった。
 
 後日、当のジム関係者は私にいった。「某大の学生で仕事もよくできた娘だったのよ、結局そのことが原因で止めてしまったけど。芦澤だから事件にしなかったのよ。」これも芦澤さんの功績有ったればこそ。
 
 毀誉褒貶、人とは功罪綯交ぜの一生を送る訳だが、死んでのちにその人の価値が定まるという。「棺を蓋いて事定まる」の諺あり、芦澤さん、ボクシングに捧げ、駆け抜けた73年の生涯は、あっぱれでした。そしてあなたの死で、気骨あるボクシングライターは居なくなりました…。 御冥福をお祈りいたします。お世話になりました。
 
 
私の好きな夏の花…夾竹桃(代々木大山公園で)、百日紅も同じように好きでピンクは猛暑にも映えます。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

露地栽培の空いたところに蒔いたヒマワリが夏の太陽に向かって大きな花を咲かせています。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

故芦澤清一さんの葬儀、数多の人が別れを惜しんだ。
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