ミスターゴングの墓 | 舟木昭太郎の日々つれづれ

ミスターゴングの墓

 戻り梅雨のような天気の21日(土曜)に、5月3日65才で死去した元日本スポーツ出版社社長竹内宏介氏のお墓詣りに調布に出向きました。自宅に伺ったのは11時頃で、繁子夫人が快く迎えてくれました。

 静かな住宅街に建つ家には、こんにちは、お邪魔しますと玄関入るといまにも主が二階の仕事部屋からトントンと階段を降りてくる気配がしました。

 夫人に先ず仏壇がある居間に案内されて、あの葬儀でも飾られていた遺影に手を合わせました。私に語りかけるような、自然な笑顔、いい写真です。ひとしきり昔話したあと、夫人運転の車でお墓に移動しました。娘さんも御一緒してくれました。

 その墓地は最近分譲されたばかりのもので、竹内家から車で5分以内という至近距離にありました。良く管理が行き届いた箱庭の如き霊園です。お墓はほぼ中央に佇んでおりました。黒い御影石の墓には「ミスターゴング」と刻まれていました。

 碑(いしぶみ)はただそれだけでした。何とシンプルでしょう。よくぞかくも研ぎ澄まされた言葉を考え出してくれたと、私は正直驚嘆いたしました。誰かアドバイサーが居たのですか、と繁子夫人に尋ねました。


舟木昭太郎の日々つれづれ-竹内墓参り

竹内宏介氏のお墓。
墓石には「ミスターゴング」と刻まれてあった。


繁子夫人のアイデア


 夫人は語りました。私の独断でやりましたが、何か問題があったでしょうか?一瞬顔を曇らせて私を見つめました。ええ、とても素晴らしいですよ、故人も天国でさぞ喜んでいる事でしょう。私は感に堪えず不安気な夫人に答えました。

 故人にぴったりの語句です。これほどあなたに相応しい言葉は見当たりません。繁子夫人に一本取られた思いです。タケさん、奥さんを褒めてやって下さい。

 紛れも無く世界に一つの墓です。永遠不滅の言葉とは、この種のことをいうのでしょう。「ミスターゴング」はまさにあなただけが許される称号です。私は墓前に近づき、タケさん、来たよ、と語り掛けました。

 持参した花を夫人の手を煩わせながら墓前に供え、焼香して手を合わせました、その瞬間に、雨が激しく落ちてきました。慌てて私たちは霊園を離れました。

 あの慌ただしい雨はもしかして、週刊ゴングの廃刊を阻止できなかった無念の涙だったのでしょうか…。タケさん、今度は晴天の日にあなたの大好なコーラを手に参ります、いや何度でも来ますよ。

 夫人の運転する車は滑るように調布霊園を後にしましたが、何だかタケさんが追いかけてくるように思いて仕方ありませんでした。今日は本当に来てよかった、これほど爽やかな気分に浸ったったのは近来ないことです。


仕事部屋も生前のまま

 前後するが仕事部屋も生前と同じようにしてあった。資料もきちんと整理されており、それが私にはことのほか嬉しかった。夫人にとっても思い出が沢山詰まった部屋なのだろう。壁にはレスラーとのスナップ写真や、サイン色紙が何気なく飾られていた。

 因みに夫人は毎日墓参を欠かさないという。タケさん、あなたは倖せですよ。墓参りのあと、娘さん御夫婦、そして故人が可愛がっていた御孫さん二人も合流して、深大寺そばを頂きました。森閑とした深大寺にしとしと雨が風に流され、とても印象に残る一日でありました。


※先に公開しておりました当ブログに、著しい間違いがありました。
竹内家には大変御迷惑をお掛け致しました。謹んでお詫び申し上げます。