キョードー東京嵐田会長「お別れ会」に感銘した | 舟木昭太郎の日々つれづれ

キョードー東京嵐田会長「お別れ会」に感銘した

・キョードー東京嵐田会長「お別れ会」に感銘した

 
 ~笑顔を絶やさず温厚な紳士~

 
 ~シンプル イズ ベスト!~
 

 ~壁には故人の業績の数々~

 
 ~36年振りに懐かしい人と再会~

 

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キョードー東京嵐田会長「お別れ会」に感銘した
 
3月19日に腎不全で逝去した嵐田三郎さん(株式会社キョードー東京代表取締役会長)のお別れ会が、29日午前11時半からホテルニューオータニ「鶴の間」で行われた。享年79歳。
 
 芸能、マスコミ関係の主だった方々が多数集まり故人を偲んだ。キョードー東京は、イベント興行会社として、世界のトップ歌手を日本に招聘している。他に格闘技(K-1など)のチケットも扱い日本はもとより世界屈指のイベント会社である。
 
 当日会場で頂いたお別れ会の案内栞(写真あり)を見れば、同社の存在がいかばかりか一目瞭然である。私の知る限りの有名歌手の殆どが網羅されている。まさに星座の如く。
 
 ルイ・アームストロング、ビートルズ、ダイアナ・ロス、ホイットニー・ヒューストン、マドンナ、マライア・キャリーetc。「キョードーから声がかからない歌手は、一流ではない」といわれる。得心。
 
 
~笑顔を絶やさず温厚な紳士~
 
 嵐田会長は1962年の会社設立当時からの社長(’00年3月代表取締役会長就任)で、同社の売上は現在100億円の売上(従業員50名)を誇っている。私と嵐田さんの接点は1969年(S44年)に傘下の協同プロモーション(同プロ社長も兼任)がキックボクシンを電波に乗せた頃に始まった。
 
 以前にもこの欄で書き印したと思うが、嵐田社長は笑顔を絶やさず温厚な人だったという印象が強い。現場の事は殆ど神村栄一さん(当時・興行部長、現・新空手主宰)に任せていた。
 
 マッチメークは日系のレジ・一ノ瀬さん。嵐田社長の薫陶受けて同プロは格闘技には珍しく紳士の集団だった。事務所で直接取材に応対すのは、もっぱら広報木暮さん。それでも時たま顔を合わせる嵐田社長は、駆け出しの私に丁寧な挨拶をしてくれた。
 
 その故人嵐田会長を神村はいまでも「私の永遠の師匠は嵐田社長、僕の体内にはいつも嵐田イズムが脈打っています」といって憚らない。つまり故人嵐田三郎は、男の心を生涯虜にする魅力を持っている人である。
 
 当時の協同参加選手は鉄腕・錦敏弘、鶴田幸成、江口和明、レイモンド・エドラー、福島三四郎、東昇、近藤一といったキラリと光る個性派揃えで、後楽園ホールの試合日には特に私の心が躍ったものだ。
 
 放映局は日本テレビ、実況アナウンサーは若き日の徳光和夫アナ。結局同局のキック番組はキックブームの終焉と共に足かけ7年で幕を閉じたが、後半には猪狩元秀、長江国政などを輩出。キックの黄金期
に寄与した。選手の勇姿が甦り、開場を揺るがす喚声が未だ木霊する。
 
 同時に嵐田社長のダンディな姿も忘れられない。日本のビックマンがまた一人この世から去ってしまった。多くの世界のアーチストは嵐田会長の死に、さぞや涙していることだろう。御冥福を御祈り致します。
 
 私は数多のお別れの会に出席賜ったが、今回ほど感銘を受けたことはない。只素晴らしい!の一言。何がといえば、全てが垢抜けていて、お洒落。これぞお別れの会のバイブル。流石キョードーです。
 
 
~シンプル イズ ベスト!~

  
 何が私の心を振動させたのか。以下拙い文章で綴る。祭壇中央に微笑みかける遺影は、ヘビースモーカーの故人が右手に煙草を指に挟んでいる。渋いネクタイと薄いブルーのワイシャツはおしゃれな嵐田を表現するに十分で、はにかむような微笑は、故人の仁徳、人柄をストレートに表している。内面まで撮った、カメラマンも凄い!
 
 遺影の下方にはズラリと並ぶ梅と桜の切り花がいまが盛りと咲き誇る。この日のために標準を合わせて咲かしたときく。喪主、会社の故人への熱い思いが伝わってくる。正に「嵐田三郎花の生涯」を具現する見事なステージ、式典である。遺骨も我々に語りかけるかのように手の届くような所に置いてあったのも、永遠の別れを実感させてくれた。
 
 11時半ぴったり式は始まった。横一列に並んで白バラ一輪、手にして献花するのだが、挨拶は一切なし。到着順の献花。供花無し、香典一切無し…。う~ん、シンプル イズ ベスト!
 
 バックには先ずサッチモの「聖者の行進」の歌が流れ、そのあとは次々に招聘した歌手の曲が淀みなく続いた。私の想像ではそうしたアーティストのビデオレターが加わり連綿と続くと予想したしたが、それも無い。
 
 献花が済むと出口付近に喪主の姿があり足元には、さり気なく花が横たわっている。そこを過ぎると宴会場。贅を尽くした飲食が用意された故人をしのぶ歓談の場。
 
 
~壁には故人の業績の数々~
 
 宴会場の壁にはこれもさり気なく故人を偲ぶVIPとの写真や公演入場証、ボクシング本部から贈られた楯などの記念品が飾られてある。
因みにWBCホセ・スライマン会長とは無二の親友である。音楽以外でも、嵐田さんは幾多の世界戦をプロモートした事は余り知られていない。
 
 女優高峰秀子は「水槽の中で綺麗に泳ぐ魚より、はらわたのある女優になりたい」(高峰秀子との仕事=斉藤明美著より)と語っているが、まことはらわたの有る、余分なものを削り取った、スマートな「お別れ会」だった。ただた、感銘、感激。
 
 遺影は明日の我が姿だという。私は故人に手を合わせる度に、己にいい聞かせる文句である。俺の葬式はこうしたい、こうやってもらいたいと。そういった意味で、規模の大きさは真似するべもないが、シンプルさは印象に残るという点で、大いに参考になった。
 
 
~36年振りに懐かしい人と再会~
 
 私はP&S社の横井社長と御一緒した。同社長は亡くなる20日前に嵐田会長と食事を共にして突然の訃報に驚いていた。会場で珍しい人に出会った。キック放映当時日本テレビスポーツ部のプロデューサーだった大久保公男さん。
 
 実に36年振りの再会で、すぐ分かった。昔と変わらない。嬉しかった。元協同プロ社員の神村栄一、榎本浩の御二人もいたので、4人で当時の話に夢中になった。
 
 大久保さんは現在葉山にお住まいで、週3回海辺のカフェで元サッカー監督の経営する店で手伝っているという。「半ズボン、Tシャツでお客様に頭を下げる日々です」と照れるその姿に、穏やかな春の海のような人柄を感じて、羨ましかった。
 
 華やかなテレビ界を定年退職して、静かに第二の人生を愉しむ…いいな。「静かにいく者は、健やかに行く。健やかに行く者は、遠くまで行く」か。長生きするとこんな出会いもある。老いるということは時に思わぬ僥倖、味わいがあるのです。大久保さん、一度、葉山のお店にお邪魔いたします。
 
「嵐田三郎お別れの会」より

 
「お別れの会」の栞。
招聘アーチストの名前が星座の如くずらり。

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36年振りに会った元日テレプロデューサー大久保さん(中央)と元協同プロ神村さんと。

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マイケル・ジャクソンと嵐田会長のスナップ。

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ボクシングのプロモーター、ドン・キングと嵐田会長(右)

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各コンサートの嵐田会長の入場証

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壁にはVIPたちとの思い出の写真が並べられて。

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満開の梅と桜に見送られて遺影が微笑む、手前遺骨。
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