雪に立ち向かう桜の蕾/国家国民のため己を捨てる/他
・雪に立ち向かう桜の蕾
・汚れっちまった悲しみに
・国家国民のため己を捨てる
・薄っぺらな絆
・高森篤子さんの誕生パーティ
・畠を耕す意味
雪に立ち向かう桜の蕾
2月の終わりの日に、東京は早暁から雪となった。都心でも3センチの積雪となった。昼過ぎになって雪掻きをしたが、夕刻には路面の雪も、あらかた溶けてなくなった。東京に降る雪で積もるのは稀だ。
早朝の5時半頃大山公園をウォーキングしたら、グラウンドも白銀の世界で、雨傘は忽ち雪の重さを感じた。公園内の桜の木々の枝は、風に揺れるて、寒そうに震えていた。
だが、よく目を凝らして見ると、桜の小枝のまだ硬い蕾は、イリュージョンだろうか、街灯に浮かび上がって、かすかなピンク色を放っているのがおぼろげながら分かった。有るか無きかの淡い、それはさながら霞のような桃色だった。
汚れっちまった悲しみに
立ち止まって近寄り、もう一度桜の木を仰ぎ見て確認すると、幻想ではないと確信した。あたかも、それはやがて訪れる春に向かって「さあ、来い雪!」と雄叫びを上げ、身構える蕾のファイティングポーズのように捉えられた。
来る春に咲き遅れまいとして、降りかかる雪に必死で挑むかのような佇まい、神々しいまでの生命の息吹を感じさせた。気が付いたら私はいつの間にか、中原中也の詩を吟じていた。
汚れっちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れっちまった悲しみに
今日も風さえ吹きすぎる
国家国民のため己を捨てる
半導体DRAM製造で世界3位エルピーダメモリが倒産(負債総額4500億円)したり、パナソニックやソニーなど日本を代表する企業が軒並み巨額の赤字決算。国の借金も凡そ100兆億円、我が日本は何処へ行くのだろう。
震災、原発事故、円高、国会の混迷…出口の見つからない水族館の水槽の中で、四六時中回遊している秋刀魚の群れに似た…重要課題を悉く決められない、お粗末な政治には暗澹たる気分になる。
夏目漱石の言葉に「則天去私」がある。今こそ政治家は己を捨て国家、国民のため与野党問わず、国難に立ち向う勇気と覚悟を持たなくてはならないと願う。繰り返す、只、己を捨てよ。
国を救うキーワードは「ゼロ、空」である。全ての国会議員が己を空しくして、ゼロになって天下国家、国民のために、何をなすべきかを考えて行動すれば、自ずと答は出てくる。徒な駆け引きは無用である。
薄っぺらな絆
いま日本は存亡の危機にある。この時に、解散総選挙などもっての外だ。一刻の猶予も許さない時期に莫大な選挙費用遣い、加えて政治の空白期を作る愚行は、どんな理由があろうとも許されない。
いまなお仮設住宅に住む人は25万余、我々は一時もこの人々を忘れてはならない。絆、絆と叫んでいる一方で、被災地の瓦礫は引き受けない。同情は寄せるが、自分に関わる物はお断り。
いやはや、薄っぺらな絆である。そんな中でも東京と山形は早々と受入を表明した。私は都民として嬉しい。被災地の悩み苦しみは同じ国民が等しく分かち合うべきだ。
高森篤子さんの誕生パーティ
3月3日はお雛様の日、この日が誕生日な方に故梶原一騎先生夫人高森篤子さんがいる。その恒例の誕生パーティが、4日午後1時から、六本木のディスコ「ナバーナ」で今年も開かれた。
招待状には「感謝の心を軸として沢山の笑顔にお会いしたいので」と心の籠った言葉が綴られていた。食べ物だけは参加者が持ちよりで、アットホームなバースデーパーティである。
私は今回先約があり、開場前に細やかな食べ物を持参した。丁度会場の近くで、車でやってきた夫人に偶然お会えした。失礼をお詫びして別れた。
夫人も私と同様に昨年4月、脳梗塞を患っている。梶原先生の膨大な著作権を一手に管理しているのも、あるいは心労に繋がっているのかも知れない。お元気になってディスコで踊る姿を梶原先生は、天国の割れ目から眺めて、さぞや安堵していることだろう。
会社を始めてから私が最もお世話になっている方である。健康に注意なさって、いつまでもお元気でいてください。誕生日、おめでとうございます。余談だがかのキックの鉄人・藤原敏男さんも3日が誕生日。似あわない~、ホントだね。
畠を耕す意味
2,3日の両日は露地栽培の畠の土を掘り返した。寒い時期に土を耕すことで、虫や土の殺菌になるという訳で、根詰めたら、体の芯までへこたれた。
4月には胡瓜、茄子、トマトなどの苗を植えるための準備期間で、今年は堆肥も十分作ってある。特にトマトに至っては、イタリアなどの珍しい種類にも今年は挑戦してみたい。
何事も入念な準備が要る。飛行機がTAKE OFF(離陸)するには、長い助走が必要であることと同様である。去年より今年は満足のいくものを作りたい。細やかな願望である。
自宅前の通りも雪が積もった。


