盛大に真樹久佐夫先生を偲ぶ会/男の美学を通した/愛のジェラシー/他
・盛大に真樹久佐夫先生を偲ぶ会
・男の美学を通した
・その夜の梶原夫人からの電話
・愛のジェラシー
・かくて永遠の和解
盛大に真樹久佐夫先生を偲ぶ会
1月2日に急逝された真樹日佐夫さんの偲ぶ会が4日午後1時から青山葬儀所で行われ私も参列した。この日は立春、いくぶん寒さもゆるみ空は晴れて、それはあたかも故人が天国から采配したような慈悲に満ちた天候だった。
故人を知る者にとって、外見から受ける印象が、実際お付き合いして
余りにも違うことに驚くのだが、いかつい、怖いという外見からは想像できないほど繊細で気配りの人であった。確か前にも述べた。
だからこそ参列者の長い列が延々と続いたのだろうと察す。偲ぶ会を開催したのは、真樹日佐夫一門、謂わば空手の関係であるために、格闘技関係の人が多かったが、著書や生き様に共鳴した一般のファンの参列も多く見られた。故人の仁徳だろう。
正門を入って記帳に向かうと吉田豪さんが目に付いたので、目礼した。少し先にいった処で舟木さ~んと呼ぶ声がした。元キックの王者藤原敏男会長だった。キックの現役時代からの長いお付き合いだ。
梶原一騎未亡人高森篤子さんには、会場の中で鉢合わせした。高森さんは指定の席に係員に誘導されていて、慌ただしくて、お互い挨拶もできなかった。
男の美学を通した
会場中央の祭壇には白菊の花に包まれて大きなパネルが飾らていた。それは1年前古希の祝いの時に撮った遺影で、実にいい微笑であった。式の司会は馴染みの徳光和夫さんで、故人の経歴、実績を紹介してから「男の美学をまっとうして、人生を駆け抜けたひとだった」と心に沁みる言葉で称え、式典を進めた。流石、この人は司会が上手い。
式が始まって最初に挨拶したのは初代タイガーマスクの佐山聡、兄梶原一騎からの深い繋がりを持つ。佐山さんは故人との思い出を切々と伝え、親のように可愛がれたこと、今後も天国から梶原先生と共に見守ってくださいと結んだ。
映画「愛と誠」の三池崇史監督も、故人の助言で監督に抜擢されたこと、本人から多くを学んだ先生だったと明かした。
盧山初男極真館館長は極真時代に組手の相手をしてもらって練磨したことを伝え、友人代表の添野義二士道館館長は、友人であり同志である掛買いのない友を失った悲しみと、今後の真樹プロダクション及び真樹道場の運営について触れ、いずれも実弟が継承することが付け加えられた。
本来なら私は普段は会えない人たちと故人の思い出話などしたかったが、告別式のようなもので献花だけでお別れした。でも大勢の参列者が式典に集まって、真樹先生も黄泉の世界で、さぞや喜んでいるいるに違いない。
記事中以外の主な式典出席者。
新日本坂口征二相談役、猪瀬直樹東京都副知事、ノア丸藤正道副社長、シュートボクシングシーザー武志会長、ジョニー大倉、空手家角田信朗、新日本棚橋弘至、他
その夜の梶原夫人からの電話
青山葬儀所から自宅に帰り、この夜は妻も倅も外出して独りでうどんを茹で、温かいままどんぶりに入れ、鰹節に醤油とレモンを垂らし夕食とした。田舎から新に送ってきた日本酒「花泉」(辛口)の冷酒をショットグラスに注ぎ、うどんを肴にNHKBS「エベレスト登頂」を見た。
少々酩酊した頃、梶原一騎先生の未亡人高森篤子さんから思いがけず携帯に電話が鳴った。今日会ったばかりだけど、多分挨拶できなかったことで掛けてきたのだ、と思った。
夫人の話は今日会場で会って、私が元気だったこと、真樹さんが亡くなり改めてその存在の大きさを感じているとの心境で、「愛のジェラシー」(リナ・パーク)という歌の意味が、やっと分かったと、歌の一節を口遊んだ。
愛のジェラシー
兄弟愛には喩え兄嫁でも入る余地がなかった、義弟に夫を独占されてるような感じであったと、真樹さんが亡くなって初めて、兄弟の絆の強さを思い知ったと、夫人はしんみりと私に説いた。
その夫婦愛を超えた兄弟愛を妬み、夫人は永年に亘り「真樹を嫉妬してきた」というのだ。だがいまはそれも自然に受け入れられたと。「愛のジェラシー」知っていますか。聞いたことありますか。
「梶原が死んで25年で、梶原から離れ真樹は自己を確立した思う。近年の真樹を見ていると、そう感じるの」と、 去年3月、夫人の誕生パーティーにも初めて出てくれたこと、御主人の23回忌の食事会にも出席して、夫人の子供たちと睦まじく話していた事を挙げた。
「男って心残りな事を、最後に全部済まして行くのね」。死を予感していたかのような真樹さんの行為の数々を顧みて、愛しむかのように一語一語語りかける夫人の声音に、いつしか私の胸も詰まった。
梶原一騎死の直後から真樹さんと夫人はタイガーマスクの版権を巡り骨肉の裁判を繰り広げたのは承知の事実。しばらくはお互いに絶縁状態だった。結果は夫人側が勝訴したが、しこりは重く残った。
兄嫁と義弟のこのような凄絶な確執を経て、時間が経つにつれ、氷が
ゆっくり溶けるように二人の心は開いていったようだ。私には志賀直哉の時任謙作と祖父との確執を描いた「暗夜行路」と「和解」の小説をふと思い浮かべた。仲直りで一番ほっとしたのは天国の梶原先生ではあるまいか。
かくて永遠の和解
「今はライバルを失った心境で、存在感のある梶原と真樹が居なくなりポッカリと穴が開いたようだわ。これからの人生つまらなく思えてきた…真樹は元々梶原似でシャイでピュアな男だった、つくづくそう思う。真樹が居たからこそ私にも張りがあった。」
兄嫁と義弟はかくて、永遠の和解を果たした。
一代の快男子も心の奥底ではいつも兄を恋う、少年のように瑞々しい心の持ち主だったと、梶原夫人の話から私は推察する。今頃は大山倍達総裁を囲み兄(梶原一騎)と三人で、空手談義に花を咲かせていることだろう。素晴らしいエピソードなので、夫人に断らず敢て紹介した次第。
夫人のこんな心温まるお話を電話で会話できたことは実に果報者であり、私はつくづく幸せだと感じ、心で手を合せた。夫人の体調もあまり優れないと聞いている。その反面私の脳梗塞の後遺症をいつも心配してくれている。
暖かくなったら一緒に食事することになっている。春はまだ遠い。今夜の酒はいやに涙味がする…。
青山葬儀所に並ぶ長い参列
式場では遺影が微笑みかけて
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