横浜光ジム宮川会長の急死~同氏との或る事件の思い出~/他 | 舟木昭太郎の日々つれづれ

横浜光ジム宮川会長の急死~同氏との或る事件の思い出~/他

・横浜光ジム宮川会長の急死
 ~同氏との或る事件の思い出~
 ~一緒にタイに行くのが楽しみだった~
・仕事仲間の個展に横浜へ
・神田界隈の蕎麦屋の水彩画
・念願のトランクルームを借りる

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・横浜光ジム宮川会長の急死

~同氏との或る事件の思い出~
 
 横浜光ジムの宮川和則会長が心筋梗塞で、7日急死した。享年62才、若すぎる。10日お通夜に参列。川崎市の”かわさき南部斎苑”というところで行われた。
 
 故人が世界を取らせた、畑山隆則さんも500人を越す通夜の客の中にいた。大勢のボクシング関係者の顔が見られた。日本プロボクシング協会大橋会長、前会長F・原田さん、私が座った前列席には木村会長、三迫会長の重鎮がいた。
 
 雨の中のお通夜。故人の遺影を仰ぎながら、私は宮川会長とのちょっとした諍い(いさかい)を思い出していた。それは3年前の秋、私がプロデュースした「日本ボクシング不滅の激闘史」(DVD=TBS)で、事件は起った。
 
 行き違いがあって、私が確認しないまま制作作業を進めたことで、「私は知らされていない。DVDは絶対に認めない」と、ご立腹で、既に編集済みだった畑山選手の試合をDVDから外せ、と強硬に迫った。元はといえば私が、手紙だけで済ませたのが悪かった。
 
 発売の時期がまじかに迫っていて、私は焦った。このままだと発売できなくなる。宮川会長は一歩も引かない。困った挙句に私は、あるボクシング関係者に、仲介を依頼した。
 
 その結果、了解した旨の言葉が仲介者から伝えられた。早速私は、宮川会長にお礼の電話を入れた。その時の言葉が耳に残っている。「舟木ですが、この度は大変申し訳ございませんでした。」と言うや否や、意外な言葉が返ってきた。
 
 「舟木さん!電話でこうして話し合うのは初めてだね。舟木さんのことは、稲田さん(保雄=春日部在住、藤原敏男会長と共通の友人)からよく聞いていますよ。これからも宜しくね。」。宮川会長がと稲田さんとは昵懇の仲だった。予期した言葉と正反対だったので驚いた。そしてその時に、宮川会長が、10年来の知己のように感じた。
 
  
~一緒にタイに行くのが楽しみだった~
  
 私は宮川会長がタイが好きで、よく出かけていると聞いたので「今度ご一緒しましょう」といった。宮川会長、稲田さんと私の旅…楽しみにしていたのに不帰の人となった。お亡くなりになった日も、タイから帰国して、深夜、トイレで急死したという。
   
 理研アルマイトという大きな会社を経営して、趣味で始めたボクシング。潤沢な資金を惜しみもなく投入して、畑山を初め計3人の世界王者を輩出した。ボクシング界の損失は計り知れない。ご冥福をお祈り致します。
  
 
仕事仲間の個展に横浜へ
 
 14日(土曜)は朝からからりと晴れ渡った。ウォーキング&ラジオ体操から戻って、朝食もそこそこ横浜の「都筑ふれあいの丘駅」まで出かけてきた。前夜、そう覚悟を決めた。行って来ようと。思い立ったら、吉日というではないか。
 
 何となれば、「ボクシングパーク」の提供会社であるP&S奥川正治部長の個展がふれあい地区センターで開かれていると本人から、13日打ち合わせの帰りに聞いて、案内状を頂いた。題して「気まぐれ中年の水彩作家 作品展」
 
 その案内状はポストカードにスペインの田園風景が水彩で描かれていた。味のある、私好みの作風だった。「行きます。見せてもらいます」と言ったが、ご本人は半信半疑のようだった…。
 
 で、半蔵門であずみのま出て、ブルーライン、そしてグリーンラインを乗り継ぎ都筑ふれあいの丘駅に着いた。改札を出た途端、薫風が身を包む。公園のような駅で、私は思わず空気を吸い込んだ。
  
 
神田界隈の蕎麦屋の水彩画
 
 奥川さんの作品は地区センターの2階廊下壁に沿って、展示されていた。スペインの街角や田園風景や、神田界隈のニコライ堂、文化学院、まつ家、藪そばの家屋等が多数飾ってあった。
 
 私は木の温もりの感じる、有名な蕎麦屋の佇まいが殊の外気にいって長い間たたずんだ。繊細なタッチで、とても心癒された。近くにお住まいの方、是非足をお運びください。6月26日まで展示しています。
  
 
念願のトランクルームを借りる
 
 15日はこれまた雲一つない晴天。この日は朝から大忙し。何故ならこの度、京王線幡ヶ谷駅近くにトランクルームを借り、荷物を移動したしたのだ。倅の本の類、会社のDVD商品で我が家がはちきれんばかりになってしまった。かねがね何とかしなくちゃと思っていて、やっと踏ん切りがついた。
 
 家から車で5、6分のところだが、私は運転ができないので困っていた。そしたら我が家の裏手に住む元キックボクサー鈴木茂吉君(リングネーム、アトム鈴木、因みにミッキー鈴木は双子の兄弟)が手伝ってくれた。
 
 車は西原ゴルフガーデンがセルシオを提供してくれ、2往復で終わった。夜慰労を兼ねて、幡ヶ谷駅前のタイ料理ヤムヤムキッチンで、我が家族と鈴木君で杯を重ねた。
 
 今日はまた、地元の「せせらぎ祭」があり、西原商店街の餅焼きを3時間程手伝った。網に触れて火傷をしたり、まぁ、1日フル回転。充実した1週間でもあった。
  
 
「ボクシングパーク」は期待してお待ちください!
 
只今「ボクシングパーク」は充電中です。きっとパワーアップして登場しますので期待してお待ちください!

 

都築ふれあいの丘駅前の風景。薫風が通り抜ける
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奥川さんの個展の案内楯

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ニコライ堂(左)と文化学院の校門の水彩画

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藪そばの家屋

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