DVDの制作で具志堅&輪島会長に会う他
『DVDの制作で具志堅&輪島会長に会う』
今週一週間はハードな日々だった。5日は杉並、西永福の白井・具志堅ジムへ。DVDの制作で、具志堅会長にインタビュー。インタビュアーは粂川麻里生さんにお願い。映像カメラマンに五木田龍臣さん。粂川さんは現在、慶応大学文学部教授。現在はと注釈を付けたのは、元ワールド・ボクシング編集部に勤務していたから。在籍中は毎月具志堅会長担当で、技術分析を2頁受け持っていた。かれこれ15年ほど前の事である。そんな訳で、久し振りに会う具志堅会長が「お~!」と、顔を見るなり声をあげた。
『インタビュアーは大学教授』
インタビュー主目的は某元ボクサーの現役時代の印象を聞くもの。馬が合うというか、手が合うというかお互いを知り尽くしているので、インタビューはスムーズに進んだ。具志堅会長が、初めて世界タイトルマッチを見たのが今度のDVDの主人公だった。会長が当時から憧れていた選手なので、試合の分析は的確で、流石が13度防衛の不滅のカンムリワシと改めて感心。1時間の予定時間はあっという間に終わった。
(写真あり)
さて、粂川教授に話を戻そう、余談ながら。ワールド・ボクシングに粂川さんが、大学卒業後在籍したのは4年ほど。それから一年発起して、大学院に入り上智大の講師などを務めたあと、母校慶応の教授に就任した。専攻は独文。授業の合間にボクシングの話もしてくれる、おもろい”先生”として学生に人気があるらしい。一年発起、志をもって生きる。そこに道が拓ける…私の長年の仕事仲間だが、粂川教授の存在は頼もしい限りだ。
取材が終わりジム近くの焼き鳥屋で、飲み会。粂川さんはビールをジョッキでぐいぐい。飲みっぷりも豪快。話もボクシングに留まらず総合格闘技、政治と縦横無尽。論壇風発、まことにおもしろい。実は粂川教授、インタビューの当日、京都から帰京したのだという。「昨夜は京大生と遅くまで飲みましてね。あの百萬遍の辺りは趣がありいいですね」と。我が倅の通った大学の話が出て思わず懐かしんだ。
『輪島ジム取材であったこと』
金曜9日は激しい雨の中、西荻窪へ。DVDの撮影で輪島ジムに伺った。矢吹建夫カメラマンを帯同。マネジャーであり、輪島功一夫人多生代さんが、全面的に協力して呉れて思う通りの撮影ができた。普段は取材に応じない夫人が、会長と次男大千(ひろかず)選手(=32歳で東日本新人王を狙う。現在3連勝中)と3人揃ったショットを許してくれた。
撮影が無事終わり記念に輪島夫妻と私の3人で写真をお願いしたら、こちらも快諾してくれた。
しかも「女性が隣の方がいいでしょう」と輪島会長一流の気遣いで、夫人が私の隣に座る。こうして貴重な夫婦との1枚も収めることができた。
因みに「生まれ変わってもボクサー輪島さんと結婚しますか?」と問うと「しません、しません」と一笑。
が、その笑顔から私は、そうでなく「奥さんは生まれ変わっても輪島さんだな」と私は感じたとった。
『参議院議員選挙結果について』
まだ途中結果だが、どうやら与党民主党の過半数割れは確実になった。(※ブログ執筆中の22時現在)
政局はますます混乱する。今回の選挙は有権者も何処の政党に投票するか、迷ったと思うよ。私自身も最後まで迷った。民主党を支持してきたが、総理の発言がコロコロ変わるのには少々愛想が尽きた。迷走の限りだ。マニフェスト、はあれはなんだったのか。信念がない。政権交代の意義はそれでも私は認めるのだけれどもね。
消費税にしても選挙にマイナスとみるや、いつの間にか口を閉じてしまった。国家・国民のために本当にやらねばならないことは、逆風が吹こうが何が起ころうがやらねばならない。民主党にそれがない。耳目に受けることばかりでは真の真っ当な政治はできない。
民主党への支持が得られなかったのは、多分にこんなことだろうと思う。民主党への猛省を促す今回の結果だったのだ。
参議院議員のねじれ現象は、日本国の行く手を更に混迷にして、”さまよう日本”の印象を諸外国に曝け出すことになる。国が破産の瀬戸際にあるというのにだ。
みんなの党の躍進は、かつての新自由クラブ。いずれどこかの政党に吸収されると、私は推測するのだが…。
『露地栽培日記』
もうそろそろ胡瓜も茄子終りに近い。変わってミニトマトが続々色づき始めた。今年のは実が一回り大きく、皮も柔らかい。味もジューシーで美味しい。梅雨の晴れ間、雑草も実も、驚異的スピードで大きくなり、成熟する。
具志堅会長(右)インタビューでの粂川教授(左)

