3月は巣立ち・別れの季節。半世紀前の我が姿を偲ぶ
入学試験、卒業式…3月という月は何となく慌ただしい。私に関していえば、高校の卒業式を待たずに上京した。もう半世紀前の出来ごとになるが、あの寂寥感は忘れたことがない。
義兄の紹介で品川にある電気工事会社に就職することになった。で、人手が足りないのですぐ来て欲しいというのだ。そんな訳で卒業式に出られなかったのだ。故郷を離れた朝を今もなお鮮やかに覚えている。バスに乗って、我が家の前を通るとお袋と友人のN君が立って見送ってくれた。お袋は黙って立っていた。K君は「フナキ、がんばってな~!!」と叫んで手を振った。バスの窓から手を振りながら、私は涙を流していた。
バスは寒村のデコボコ道を走り、1時間程で塙という駅に着いた。ここで水郡線で上野を目指した。キハ52。あのディーゼルージル機関車の重い響き音が、不安な心に拍車をかけた。
配属された課は資材課で、入社当日から仕事は忙しかった。会社(S電業)の主たる業務は東京電力からの地中線の工事の請負。丁度頃は高度成長期で昼夜を問わず忙しく会社も急成長して行く。そんな中、大学進学の思いがあって、夜間の塾に通い且つ給料を貯めた。結局、勤めていた会社も2年で辞めた。それから5年経て、大学に入る。編集者になりたい、という夢の第一歩が始まった。朝夕新聞配達をして、その合間に大学に通った。今は三菱東京UFJ銀行になっている麹町の、角にあったM新聞配達所。4年間、雨の日も風の日も休まず頑張った。辛い日もあったが振り返れば愉しい、充実した日々であった。私の青春の門だった。
3月は巣立ちの季節、別れの季節。希望と危うさがないまぜの季節であるように思える。そう、繊細な特別な季節…。
諸君の中には希望通りの進路に進めず、落胆している者もいるだろう。だが人生とは失敗の連続だ。一回の失敗で人生が決まる訳ではない。喘ぎもがき、必死でチャレンジして行く中にきっと道が拓ける。志を高く掲げて歩んで欲しい。人生の少しばかり先輩として、餞の言葉としたい。
3月は「早春賦」の世界だ。私はこの唱歌が好きで酩酊したときなど、カラオケで好んで歌う。自然、故郷の村を思いだす。鈍色(にびいろ)の空、雪がまだ残る雑木林。寒々しい光景だが、春の気配が感じらる。「春は名のみの、風の寒さや…、氷溶け去り 葦はつのぐむ…」。葦はつのぐむとわ、地上から芽を角のように出す状態。いえて妙だ。素晴らしい表現だ。作詞吉丸一昌、作曲中田章(「夏の思い出」を作曲した中田喜直の父)。因みに福島県立福島高校の校歌も中田章の作曲になるという。余談。
それぞれの門出、諸君の健闘を祈る!
具志堅用高さんと電話で話した。「田舎に泊まろう、見たよ」と。で、ストーリーが少しはあるんじゃないの?と冗談でいうと、具志堅会長「そんなぁ、全くありませんよ。」とむきになって否定した。「でも面白かったよ。」私の言葉にホッとしたのか、「今度芸能活動は太田プロと契約したので、テレビに出る機会が増えると思うんです。次は○○のケンミンショーにも出演するんです。」と満更でもなさそうだった。チョッチュネ~…具志堅会長、本職のボクシングを忘れないでよ。
日曜日、仲間と部屋で。後列左端が私。

