梶原一騎20年目の命日に思ったこと
21日は梶原一騎先生の命日。私も奥さんの高森篤子さんに御一緒して、ご焼香させてもらった。墓は護国寺境内にある。ここには大山倍達総裁も眠っている。故人はさぞや満足してることだろう。大好きな空手談議に日々、花を咲かせているかもしれない。
この地は故人にゆかりが深い。「私がこの場所にお墓を決めたのは、真正面に講談社が見えたことです。20年前は、まだ遮る建物もなく講談社が見渡せたんです。今でもビルの上部が見えますから、梶原は嬉しいのではないでしょうか。梶原の作品のほとんどは、講談社ですからねぇ」と篤子さんはおっしゃる。この日墓参りに添野達一師範(士道館)夫妻も来ていたことを付け加えておこう。律儀な男だ。
梶原作品は没後20年経ても、衰えるどころか、その人気は再びブームの兆し。パチンコ&パチスロでは、続々梶原作品がホールに登場する。「巨人の星Ⅱ」「空手バカ一代」「侍ジャイアンツ」、そして、来年は待望の「あしたのジョー」が満を持して公開される。大手のサミー(パチスロ)と京楽(パチンコ)で競い合う。因みに「侍ジャイアンツ」(ニューギン)のパチスロはアッパーが、コーディネートしたもの。4月頃に公開ということから、ご愛顧の程をお願いします。
話は前後するが、21日は、新宿FACEで「武頼漢」の興行が昼にあって、B・ユキ-デが来るというので(実際には来日せず)ユキーデに関わりの深い梶原一騎夫人の高森篤子さんと弟の真樹日佐夫氏が招待された。この日が命日の故人を偲び10ゴングが鳴らされ、お二人はリング上から挨拶された。印象的だったのは、篤子さんの帯が白地に「忍」の字が前と後ろに鮮やかに描かれていたこと。
尚、試合の後に、お墓へ向かった。同乗させてもらったベンツは、先生生の愛車だった。「座席を真っ赤なレザーに変えたのよ、どうかしら……20年も経つと、故障がちでその度に部品代が大変よ」と懐かしむ風。大きなベンツだ。感慨が深い。この車にあの梶原先生が乗ってていたと思うと、何故かジーンときた。改めて先生のご冥福を祈ります。あ、そうそう、添野義二士道館館長にこの前お聞きしたんだけど、「ゴングの舟木は格闘界のこと良く知ってんだろうなって……先生は色々取材したかったみたいだった」
恐れ多いことだ。これ余談(笑)。
この地は故人にゆかりが深い。「私がこの場所にお墓を決めたのは、真正面に講談社が見えたことです。20年前は、まだ遮る建物もなく講談社が見渡せたんです。今でもビルの上部が見えますから、梶原は嬉しいのではないでしょうか。梶原の作品のほとんどは、講談社ですからねぇ」と篤子さんはおっしゃる。この日墓参りに添野達一師範(士道館)夫妻も来ていたことを付け加えておこう。律儀な男だ。
梶原作品は没後20年経ても、衰えるどころか、その人気は再びブームの兆し。パチンコ&パチスロでは、続々梶原作品がホールに登場する。「巨人の星Ⅱ」「空手バカ一代」「侍ジャイアンツ」、そして、来年は待望の「あしたのジョー」が満を持して公開される。大手のサミー(パチスロ)と京楽(パチンコ)で競い合う。因みに「侍ジャイアンツ」(ニューギン)のパチスロはアッパーが、コーディネートしたもの。4月頃に公開ということから、ご愛顧の程をお願いします。
話は前後するが、21日は、新宿FACEで「武頼漢」の興行が昼にあって、B・ユキ-デが来るというので(実際には来日せず)ユキーデに関わりの深い梶原一騎夫人の高森篤子さんと弟の真樹日佐夫氏が招待された。この日が命日の故人を偲び10ゴングが鳴らされ、お二人はリング上から挨拶された。印象的だったのは、篤子さんの帯が白地に「忍」の字が前と後ろに鮮やかに描かれていたこと。
尚、試合の後に、お墓へ向かった。同乗させてもらったベンツは、先生生の愛車だった。「座席を真っ赤なレザーに変えたのよ、どうかしら……20年も経つと、故障がちでその度に部品代が大変よ」と懐かしむ風。大きなベンツだ。感慨が深い。この車にあの梶原先生が乗ってていたと思うと、何故かジーンときた。改めて先生のご冥福を祈ります。あ、そうそう、添野義二士道館館長にこの前お聞きしたんだけど、「ゴングの舟木は格闘界のこと良く知ってんだろうなって……先生は色々取材したかったみたいだった」
恐れ多いことだ。これ余談(笑)。