「功名が辻」の260年後の土佐藩は……
NHKのドラマ「功名が辻」も終わりテレビ見る楽しみも一つ減った。律義一筋の山内一豊役の上川隆也も大役を無事こなした。ご苦労さまでした。なんといっても、このドラマの成功は、仲間由紀恵の「千代」の抜擢に尽きる。彼女は伝説の千代を、かくあろうと想像される見事な演技で私を1年間楽しませてくれた。この山内家はその後260年、幕末まで続いたが、維新の原動力、大きなエネルギーとなったのも、この土佐藩。一豊の家老・乾彦作の分家からは「板垣死すとも……」で有名な自由民権運動の闘士・板垣退助が出た。因みに会津若松城(鶴ヶ城)攻撃の官軍総指揮官は板垣だった。
さて、幕末、時代は激動する。その主役は薩摩、長州、土佐の三藩。中でも、土佐郷士(ごうし)の凄まじい回天への尊王運動はいつも涙を誘わずにはおかない。当時の藩侯・容堂は、郷士(元長曾我部家臣達)を虫けら同然に扱った。そのため、藩のバックを持たない郷士は牢人となり、同士討ちに遭ったり、新撰組や見回り組みの惨殺など京都や伏見で、維新の夜明けを待たず非業の死の遂げた。俗に幕末の四賢候の一人に数えられた容堂だが、一豊のように時代を見る目がなく、郷士たちを弾圧しまくった。当然「千代」という伴侶もいなかた。
革命児・坂本竜馬に始まり吉田東洋、武市半平太、中岡慎太郎ら偉大な勤皇の志士や、多くの草莽の志たちを死なせた責任は容堂にある。憂国の士たちの累々たる屍(しかばね)の上で、皮肉にも土佐藩・容堂は労せずして、面目を保ち得た、時代に乗り遅れずに済んだ。一豊以降、徳川幕府の目の色を伺ってのみ藩の存続を思考続け結果、幕末の無気力に繋がった。容堂は稀にみる教養を備えた賢候だそうだが、私はどうしても許す事が出来ない。後藤象二郎が「大政奉還の、この案は坂本竜馬によるものです」といったところ、歯牙にも掛けなかったという。坂本は、郷士の出、「郷士ずれが」ということだろう。竜馬が不憫でならない。山内一豊の土佐藩はその後どうなったかを思いつくままに綴ってみたが……、夢を追った一豊・千代一代記に比べると、その幕末は暗澹たるものだ。
さて、幕末、時代は激動する。その主役は薩摩、長州、土佐の三藩。中でも、土佐郷士(ごうし)の凄まじい回天への尊王運動はいつも涙を誘わずにはおかない。当時の藩侯・容堂は、郷士(元長曾我部家臣達)を虫けら同然に扱った。そのため、藩のバックを持たない郷士は牢人となり、同士討ちに遭ったり、新撰組や見回り組みの惨殺など京都や伏見で、維新の夜明けを待たず非業の死の遂げた。俗に幕末の四賢候の一人に数えられた容堂だが、一豊のように時代を見る目がなく、郷士たちを弾圧しまくった。当然「千代」という伴侶もいなかた。
革命児・坂本竜馬に始まり吉田東洋、武市半平太、中岡慎太郎ら偉大な勤皇の志士や、多くの草莽の志たちを死なせた責任は容堂にある。憂国の士たちの累々たる屍(しかばね)の上で、皮肉にも土佐藩・容堂は労せずして、面目を保ち得た、時代に乗り遅れずに済んだ。一豊以降、徳川幕府の目の色を伺ってのみ藩の存続を思考続け結果、幕末の無気力に繋がった。容堂は稀にみる教養を備えた賢候だそうだが、私はどうしても許す事が出来ない。後藤象二郎が「大政奉還の、この案は坂本竜馬によるものです」といったところ、歯牙にも掛けなかったという。坂本は、郷士の出、「郷士ずれが」ということだろう。竜馬が不憫でならない。山内一豊の土佐藩はその後どうなったかを思いつくままに綴ってみたが……、夢を追った一豊・千代一代記に比べると、その幕末は暗澹たるものだ。