拝金主義、猫にも劣る・・
夏目漱石の「吾輩は猫である」のなかに、こんな一節が出て来る。吾輩、つまり猫が主人の苦沙弥先生を働きのない、将も無い人とみながらも「しかし今の世の働きのある人を拝見すると、嘘をついて人を釣ることと、先へ廻って馬の眼玉を抜くことと、虚勢を張って人をおどかすことと、鎌を掛けて人を陥れることよりほかに何も知らないようだ。中学などの少年輩までが見様見真似に、こうしなくては幅が利かないと心得違いをして、本来なら赤面してしかるべきのを得々と履行して未来の紳士だと思っている。これは働き手というのではない。ごろつき手というのである。吾輩は日本の猫だから多少の愛国心はある。こんな働き手を見るたびに撲ってやりたくなる。・・こんなごろつき手に比べると主人などははるかに上等な人間である、云々。」と――この一節を目にして、ホリエモンや東横インの社長の顔が浮かんだ。拝金主義目に余る。猫にも劣るか・・。