「鬼の黒崎」は今―黒崎健時先生の近況 | 舟木昭太郎の日々つれづれ

「鬼の黒崎」は今―黒崎健時先生の近況

 あの伝説の格闘家・黒崎健時師範は、いまどうしているんですか?という声がたまに編集部に掛かってくるので近況をお知らせします。
 先頃、6月4日(土)も、埼玉県戸田市にある自宅兼道場のある「黒崎格闘技スクール本部」に行って参りました。
 いつもだいたい11時頃に着くようにしています。何故かというと、ひとしきり雑談したあとに、近くのそば屋から、「もりそば」をとって、二人で食べるのが習わしだからです。
 その日も、お天気がよくて、埼京線の戸田公園駅から、徒歩で約12~3分・・・私は歩くことが好きなので、せっせと早足で歩くのです。途中、携帯で電話を入れると先生は「あれ?今日は来るんじゃないの?」の返答。で、「先生、いま歩いて、そちらに向かってますから」というと、「そう」と急に笑い出した。
 黒崎先生はいつも一階の食堂兼事務所に居て、本を読んでるか、たまにテレビを観ていて、いつもそばにはもう15歳になるという老犬ミーちゃんがいる。「鬼の黒崎」と恐れられた人の老後はともかく凪のようにおだやかだ。寄宿する道場生も昼は勤めやアルバイトに出ているため実に静か。
 事務所に入るなりミーちゃんが駆けつけて来た。今日も一緒にそばを食べれると、もう思っているようだ。とにかくミーちゃんは、日本そばが大好きなのだ。
 で、開口一番「舟木さん、今度の本(UPPER)、これいいよ。これなら大丈夫だよ。」
 いままで雑誌のことで先生には一度もほめられたことのない僕は、びっくりしたり、思はゆかったり、内心うれしかったけど。
「先生、これDVD入ってるんですよ、見ましたか?」
「いや、そんなの見てないけど、いいよ」と。
 めったにほめない黒崎先生からのおほめの言葉、だったら「UPPER」は大丈夫かなと、とにかく自信を得たのです。
 そのあと又、例によって毒舌が始まる。「小泉はなんなの、女みたいで、もうやめろって俺いってやるか」「時津なんとかという作家、格闘評論家なの、一回ここ連れて来てよ。いい加減なことばっかり書いて」とまくしたてる。で僕は「そうですねぇ」と相槌を打つだけなのだ。
 その著者の本には、随所に鉛筆や、ボールペンでいたるところに線が引いてあったりしている。
 黒崎先生の読書量も、前田日明さんと同様並ではない。だから、話題も豊富で、何時間でもお邪魔できる。マスコミで、30年近くも、先生とお付き合いしているのは、不肖、私(舟木)しかいないのが自慢であり誇りでもあるが、先生のお話はとにかくためになる。
 なにしろ、極真会館、故・大山倍達総裁の片腕だった人だ。数々の不滅の伝説は、遠く格闘技王国オランダでは「日本の最も尊敬する格闘家」として、知らない人はいない。
 キックボクシングジムを始めるや、大沢昇、藤原敏男、島三雄、岡尾国光ら歴史に残るキックボクサーを次々に世に送り出した。中でも藤原は外国人として初めてムエタイの殿堂ラジャダムナン・スタジアム・ライト級王座に就いた。小比類巻も、黒崎健時の門を叩いた。当初、惨敗つづきの折は、黒崎道場に行ったことが失敗だったみたいな論調もあったが、活躍するに至って、改めて黒崎イズムの何たるかが評価されつつあり、小比類巻本人も「無駄でなかった。貴重な体験だ」と公言している。
 顔色はつやつや。4月に二週間位寝込んで12kgもやせたのに、奇跡的にお元気になられた。やはり怪物だ。「オレはエイズにかかったかと思ったよ、体が棒のようになって、死臭のにおいがするし、これはもう終わりだと思ったよ」
 鬼には病魔も降参するらしい。ただ、両足の付根のあたりが、痛いらしく歩行が困難な様相。それだけが気掛かりだ。
 いずれにせよ、格闘技界の現状、行末をずーっと見守って欲しいと思うのです。
 かくして、そばを一緒に食べて又、歩いて帰ってきたのです。昔、大山総裁に素うどんをご馳走になり、よも山話をして帰ってきた頃をダブらせ、よみがえった次第。
 
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