前の前の日曜日に友達が近所のスーパーのフリーマーケットに出店するというので何も買わないけど行ってきた。
友の母と友の娘の親子三代でいろんな物を並べていた。
そこへいたのはもう一人の友達○○ちゃん。あ~来てたんだ~と、近くにいるのは10歳の孫、そうだ20歳で結婚した彼女は娘も結婚が早く、4歳、小2、小5と三人のおばあちゃんです。
そして、彼女の母も登場。うわ~4世代でお元気で、素晴らしい![]()
そんな再会を楽しんで家に戻ったら
夫が植木を切る電動バリカンで指の先も切って流血してた
右手の中指の先に一人で絆創膏を貼っているところだった。畳に血がが点々としてるし、病院行った方がいいね、と言うのに大丈夫だという。とりあえず庭の木を片付けて、絆創膏を取り換えると、まだ血がが止まらないし、端っこの皮が付いてるだけで、血がが、、、、これは病院だ。日曜日なので当直医を調べて私の運転で連れて行った。
夫はあまり表情に出さないタイプで痛いのだろうが良く分からないから、痛い???と聞くと、痛いという。そりゃそうだとは思うがとてもそうは見えないから、なんか余計心配になる。もっと、こう痛いとか言って欲しいけど我慢強いのか表現が下手なのか、でも、足の指を柱にぶつけた時の痛がり方は、大げさじゃないの、と思うくらい痛がるから、冷静を装っていたのかもしれないな。
病院へついて、皮はかろうじてついていたのでその皮を数か所縫ってお薬貰って帰宅。昼食が2時になってしまった。
とんだ災難だったね、いつもはせっかちな私より慎重なのにねと、まだ散らかっている庭は私が片付けた。
指はテーピングで太くなっていて、指っていろんなところにぶつかってるもんだなと、車のハンドルやウインカーのレバーやズボンのポケットの底、机のふち、その都度イテッ!っとなるらしい。
そして、あぁまだ痛いのかと、自分じゃなくても夫の指が痛いのも何かと不便だなと思うのだから、家族に病気の人がいたりすることは本当に大変だろうと思ったりした。
そんな一週間が過ぎ、自己責任の論議が気になる。
拘束されている動画を見ることはとても怖い、前にも日本人ジャーナリストが殺害されているし、どうにか助かって欲しい、テロの人の気持ちが変わって欲しいと願うような気持になるし、自己責任で行ったのだからどうでもいいとは思えない。
解放されたと聞いた時には本当に良かったと思う。
結局、自己責任では片付けられない事態になっていしまっている。日本政府が何もしないとか誰にどう救われたかという事ではないだろうと思う。社会を一般の人々までが動揺することを知って欲しい。
そして、大金が渡り最悪なお金の使われ方をされてしまうだろうという事。
戦争で苦しむ人たちを報道することも大切な志かも知れないけど、どうして残酷なテロリストになってしまう人間がいるのかという事も大きな問題で、そこで何ができるのか考えなくてはいけないような気がする。
世界中のどこかで戦争で苦しむ人がいることは誰でも知っている。世界中で戦争がなくなって欲しいとは誰でもが思っているだろう。普通の生活をしている日本ではそのことを深く考える人がどれほどいるのだろうか、そういう普通の人にも世界の平和のために何かができるのか、今回のような危険な地域へ行って、何を伝えようとしたのか、何に訴えるための行動なのか、自己責任で自分の命を懸けるとはどういうことなのか、テロ組織に拘束された時には自己責任では終わらない事を考えてほしい。
私のような小市民でも、誰にでも報道は流される信じられないような光景がテレビで映される、志のある勇敢なジャーナリストである事はわかるが、何故、そこまでの危険な地域に行く必要があるのかが私にはわからない。