本社で行った2日間の研修の帰宅途中、三田線車内。

鬱病になりやすい人の特徴として、基本的に周りが見える人で、本人の能力は高いが、それが故に周囲の人の悪い点が見えてしまい周りにイライラしてストレスが溜まる人とあった。

僕はその逆で、基本何も考えてなくてボケッとしているので周りの人にイライラもしないし、周りの人の悪い点を見つけてイライラしたりすることもない。

結果鬱病になるタイプでも、役職が上がった時にパワハラすることもないのだが、優秀な人材になるためには、周りの人たちがどのようなことを考えているのか常に理解する姿勢を取っていかないといけない。

パワハラするような人(周りに厳しい人)と仕事ができる人は表裏一体らしいからだ。

そういう人間が下にいると、周りがよく見えていて優秀な人間だと感じるし、上の人から見てもプレッシャーになるだろう。

周りにイライラするような人は自分がイライラするから他人が怒るポイントが分かるらしい。

僕は逆に周りに無関心でイライラしないから、イライラする人の気持ちが分からずに、結果何が地雷で何が地雷でないか、気持ちが分からないから常にビクビクしてしまう。

だから、自分はどう見えているのかや、周りの人がどう感じるかを常に考えるべきなのだろう。

要は「周りに気を遣う」という能力が欠如しているのだと理解できた。

僕の課題は「周りに気を遣う」

今まで気を遣わなすぎたのかもしれない。

彼女はそれに対しよく気を遣うことができる人なので、そこは盗んでみたい。

しかしこの能力は生まれ育った環境に由来するらしい。

家で親がよく人の悪口を言う家はこの「周りに気を遣い、相手がどう感じるかを理解できる力」が優れているらしいし、僕のような家、親がボケッとしていて能天気な家は僕みたいに能天気な人間が育ってしまうらしい。

思えば、高校時代から不本意ながらよくいじられるのは、気を遣えずボケッとしているからだと思う。

周りを見て他の人の感情を考え先を見て動ける人間はいじられたりしないだろう。

生まれ持ったものは変えられない、仕方ない。

受け入れ、考え、行動。


2026/08/04 日比谷公園と霞ヶ関