昨日、バイト先で仲良くしてくれた若者とパフェを食べながら。

 

(その若者が)実家に帰るということは、あの彼氏はどうなったん?

と、つい聞いてしまったのですよね。

 

おばちゃん、思いついたことをそのまま聞いてしまって申し訳ない。

と、言ってから反省したんですが(遅い

 

随分前ではありますが、軽く紹介(?)されて、合ったことのある彼氏さんだったもんで。

 

そしたら、軽~く…

 

「いろいろ価値観が合わなくて、あのあとすぐ別れたんすよね~」

 

 

あははは

思い切りが良くて何よりです。

 

「いろいろ」の詳細はそれこそ「いろいろ」な食い違いがあったことでしょう。

でも、一番の価値観の違いは。

 

 

彼女:勉強を重ねて、自分を少しずつ高めながら生きていきたい

vs

彼氏:どう生きたっていつか死ぬ、目の前の楽しさが最優先

 

 

だったようで、なるほど、どっちも分かるけど…そりゃ「違うな」ってなりますね。

 

彼女の話だと、特に、彼氏の仕事の選び方が決定打だったもよう。

その場しのぎのバイトのような、とりあえずお金が稼げればいいや(仕事に対するやりがい等は求めない)っていう生き方(考え方)だったみたいで。

 

なるほどね~

 

今から大学院に行って学び直しを…なんて人生設計の彼女には我慢ならなかっただろうな…

 

パートナーはもちろん、お友だちでも、価値観がズレているなと思う人とは…仲良くなれませんからね。

(お仕事やご近所のような、仕方ない場合なら表面上でだけうまく付き合うこともありますが。)

 

価値観、大事。

人付き合いに無理は禁物。

と、思いました。

 

それにしても、昨日お話した若者、ホント思い切りがよくて頼もしかったです。

人生これからだぞ、のキラキラ感が素敵でした。

わたしのバイト、だいたい相棒みたいな人がいる現場なのです。

 

2年前の今ぐらいの時期、めちゃくちゃな相棒で辟易していたのですが。

 

その後10月末ぐらいから、この春まで一緒に働いていた、とても可愛らしくて機転のきく、頑張り屋さんでとってもいい子で。

彼女のお陰で、約1年半、大変和やかにバイトができました。

 

そんな彼女から連絡があり、実家に帰る前に渡したいものがある、というので、一緒にパフェを食べてきました。

 

 

写真、撮り忘れたよ…季節限定の桃パフェだったのに。

(というわけで、企業さんのページの画像でイメージしていただけると…)

 

 

 

彼女、若いのに(というと若い人全体に失礼かもですが)、めっちゃ気配りができる人で。

一緒に働いた私に「とてもお世話になりました」的な意味で、旅行に行ったときのお土産をくれたのです。

 

 

 

この春からは、バイト現場での異動というかルールが変わったのか何なのか、彼女は「近くで働いている(在籍はそのままな)のに、私の現場には来られない」という配置になってしまって。

で、私は、バイト内容(仕事量)は今までと同じなのに、ほぼワンオペでやるようになり。

 

彼女は彼女で、別現場でそれなりに大変だったようで。

と、いろいろ情報交換をし。

 

「ま、なるようにしかならないよねぇ」

 

と、同じ意見に落ち着くなど。

もはや、諦めの境地というかw

 

 

彼女が転職しても、彼女の代わりにくる「次の人」は、きっとまた別の現場にしか行かないシステムで今年度は終わりそう、という話も聞き。

 

えらいひとが考える「平等」な人員配置(?)と現場の困り感とでは、どうしても何かズレてしまうのが世の常でございますね。

(時間とか頻度だけを平等にされたことで、実際の各現場では不平等が生じている図。)

 

 

 

で。お会計が終わったタイミングで。

店員さんから「〇〇くんのお母さんですよね?!」とコソッと話しかけられるぐらいにして。

 

そ、そ、そ、そうですよね、息子が大学生だと、お友だちも大学生…

子どもらの高校時代よりもっとさらに「〇〇くんのお母さんですよね?」案件は増えるわけですね…。

 

特に夏休み期間、顔見知りがやたらあちこちに潜んでいるかもしれないのだな…

あまりにも油断した格好で出かけないように注意せねば、と思いました。

いや、注意したところで、この暑さだとどうにもならないドロドロフェイスにはなりますけども。

とりあえず、デロデロの農作業着のままお店に入るのは止めよう…。

(って、それは普段からやめた方がいいやつですね、すみません。)

最近まとめ読みしている、芦沢央さんの本。

2017年の本。文庫版は2019年のようです。

 

 

 

 

全部の話が繋がっている…わけではないんですね?という、微妙な接点はあっても、話の本筋とは関係がない、別の空間の人間模様も差し挟まっている不思議な構成の本でした。

 

最初の「あら…これは大変そうだな」が最後に「なるほど、そうなりますか」と解決(?)されることについては非常にスッキリ感はあります。

 

別の空間での人間模様は、それはそれでひとつのお話としてなるほどな~と思う、いいお話ではあるんですが、本筋の続きを知りたい、と思う気持ちの中で読むと、で、結局なんだった?とはなってしまいますかね。

 

ともあれ。

また芦沢央さんの別の本も読んでみたくなっています。

愚痴ですよ。

 

娘(高校3年生)、息子(大学2年生)とは全然違う性格で。

 

息子は、勉強しない、運動得意の陽キャ…というかお調子者。

勉強ができない(やる気がない)点についてはちょいちょい心配したものの。

お調子者なので妙にメンタルが強くて。

大学受験もピリピリ(?)していたのは3か月程度。

基本、自分に甘くて家の中では時間にルーズ。

よく寝る、よく食べる、そしていろいろ雑なタイプで、きみ、生まれる時代がもう1~2世代前だったら何かと大成功だったよね、っていうような。

鋼のメンタルで面接を突破し、大学に入った彼。

(大学でも相変わらず勉強はほぼしていないように見えますw)

ダメな点がたくさんある割には、なんだか人生楽しそう、っていう、そういう性格なのです。

 

 

一方で。

娘は、勉強する、陽キャとも仲良くできるけど、基本的にはアニメ大好き陰キャ。

志望校が高めなのもあって、高3の夏休みもすでにピリピリしていて。

自分の時間を自分の都合で「しか」使いたくないご様子。

ごはんの時間、おふろの時間など、勉強(なのかな、趣味なのかな)の区切りの良いところで、っていうような、息子とはまた違うわがままさを発揮しています。

 

息子より「ちゃんとしている」とみんなに思われているけれど。

しっかり、よくできて、がんばっている、という評価のわりには。

なんだか人生あまり楽しくなさそう。

 

なにより最近気になるのは。

 

彼女の家の中での足音だったり、ドアの開閉音、食器や鍋のフタなどをテーブルに置く音、その他あれこれの、いわゆる「生活音」がうるさいこと。

 

丁寧に生きてるようにしてて、動きが雑なのですよね。

 

さらに困ったことに。

そんなに音がするぐらい雑にモノを扱うのは良くないですよ、とまあまあ言葉を選んで注意しても。

とりあえずムッとされてしまうこと。

(そして、現状何も変わらないこと。)

漠然と、いつも不機嫌なお年頃ではあるのでしょうが。

叱られ慣れていないことで、ちょっとした注意にもうまく反応できないご様子なのです。

 

母としてしつこく注意するのも手なのでしょうが、なんかこう、あたしゃそこまで親切じゃありませんよ、という気持ちになっている今。

 

将来、別の誰かで、自分が大切だと思う人から改めて注意されるなり、その人に嫌われるなりして学んでいきなさいよ、って思ってしまって。

 

たぶん、お外ではもうちょっと「ちゃんとしてる」のでしょうし。

家で甘えた状態なのかな、などとも想像し。

 

受験でピリピリする時間が…あと…半年以上…

な、長い…

いや、あと半年で、「こんなに暇でいいんですか」な時間が来る!

と、信じて、ゆる~く見守ってまいりますよ…

って、「ゆる~く」で居続けられるといいな。

いよいよ「無礼者めが!」ってなったときにはムッとされようが反抗されようが、めちゃくちゃキレちらかすんですけどね、わたしw

わたしの実家、昔ながらの小売店です。

個人事業者。

食品や雑貨、花などを扱っています。

 

お盆だとかお彼岸だとか、たくさん人が来ますよ、っていうタイミングで、レジのバイトに行きます。

「お手伝い」ではなく「バイト」なのがとてもいいな、と思います。

(時給1,000円ぐらいの感じでバイト代が出るのです。)

 

これ、「家族なんだから手伝いなさい」っていうんだったら、親との関係が悪くなるよね。

と、想像したりして。

「家族だから」だけでは苦しいあれこれ、ありますでしょ。

こちらにも都合があるし。

 

家族なんだから、お金の問題ではなくて、みたいなのは、正しいようであまり正しくないですもの。

家族だからこそ、その辺しっかりやった方がお互いのため、と思う派です。

 

 

 

歳を重ねたとき。

自分ではできないことを人に手伝ってもらうとき。

単なる感謝の気持ちだけでなく、「お支払い」ができるようにしておきたいな、と思うなど。

 

 

実家商店には、実家の父母よりさらに高齢のお客さんがいて。

むしろ、超ご高齢の皆さんこそが、実家商店のメインターゲットというか。

機動力のある若者はもっと別の(駐車場が広くてお店の中もたくさん歩かないといけないような)場所に買い物に行けますからね。

 

あまり歩かないで済む、お店の人とやたら長時間雑談ができる、そういう店こそ、ご高齢の皆さんにとっての憩いの場。

 

で。

超ご高齢のお客さんの中には、配達をご所望の方もいらっしゃり。

 

その配達を手伝うこともございます。

ご近所なのですが、車で運んでいかないといけないので、まあまあめんどくさいのです。

この配達作業については「お手伝い」…頻度がそう多くもないのでね。

 

「介護タクシーでは、買い物には連れていってもらえないのよー」なんて話を聞いたり。

(病院とか、行先がある程度決まっているそうです。)

買い物に行くには普通のタクシーで行かないと、なのかな。

 

福祉の領域のあれこれ、当然賢く利用するに越したことはないのですが。

それ以外のところでは、親切な誰かの好意に甘えるのではなく、ちゃんと代金としてお支払いができる老人になりたいものです、と、また同じ結論。

 

自分でできないことは老人になる前からたくさんありますが。

そこで発生するあれこれにちゃんと対価を払いたいものです。