分業制。学校教育も分業 | 祐天寺りえのフレンチアルプス日常生活

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「フランスだったら産めると思った」(原書房)「食いしん坊の旅」(パラダイム出版)「フランスの田舎暮らしとおいしい子育て」(小学館)・・・以来、単行本を出せていない祐天寺りえの、フランスの山の中での、ごく普通~の日々ブログ。

「外国は分業制だから、例えばお医者さんに行っても、そこで出されるのは薬の処方箋だけ。それを持って薬局に行かないといけないんですって。つまり、こうやって私がこうやって薬を作ることもできないし、リエちゃんがそれを面白そうに脇で眺めることもできないってことだわね~」


祖父は東京の下町で小さな医院を営んでいて、繁盛しているわりには働き手は祖母だけという規模だったので、受付でもある小部屋では祖母がいつも薬の調合をしていた。

骨董屋にありそうな金色のお皿が2枚の両天秤は、とても可愛く、幼い頃から私はそのお皿が左右で昇ったり下がったりするのを眺めるのが大好きだった。


その後、中学で父親の転勤でアメリカとヨーロッパを転々としてきたという帰国子女と友達になった。

なにかの折りに祖母のお喋りを思い出し「医薬分業」について「本当?」と尋ねてみた。

「うん。完全に分業。だから凄く不便だった。日本の病院はその点いいよね」

彼女は「やれやれ、漸く安堵できる母国に戻ってこられた」という口調で言った。

「どうして?」

外国暮らしどころか海外旅行もしたことのなかった私には比較文化のしようもないから、そう言われても日本の病院のどこがいいのかサッパリ解らない。

「だって熱とか高くてヒィヒィ言いながら病院行っても、診察終わると、それから今度は薬局行かなきゃ薬が貰えないんだよ。しかも運悪く診察が終わったのがお昼だったりしたら、薬局は2時くらいまで昼休みだから諦めて一旦家に帰ってヒィヒィ寝て待つしかない。結構そういうこと多くて、すごく辛かった」


へぇ~、そうなんだぁ~と聴きながら、でもその時はあまりピンと来ない話でもあった。


今ではそれがとてもピンと来る。

我が家は風邪を「ルル」で早期退治する程度で済む健康家族なので医者に行く機会がとても少ない。

それでも例えばワクチン1本打つにも、まずは医者に行って処方箋を書いてもらい、それから薬局でワクチンを購入。それからまた医者に行って漸く打ってもらえる。

そんな感じで、手間隙がとてもかかる。

「医薬分業」ってこういうことなんだぁ~と、移住した当初は祖母のお喋りと帰国子女友人の言葉をよく思い出したものだった。


さてココからが本日の本題です(前置きが長すぎる?すみません)。


この医薬に限らず、フランス社会ではあらゆるところで分業がなされている。

ビジネス面では、昔、日本で外資系OLをしたことがあったので、さほど驚かなかった。

ビックリさせられ、次にはナルホド~と感心させられたのは教育面。子供達の学校でなされている分業制度だ。


幼稚園と小学校(※)では教師は午前中と午後の授業の間の昼休みは完全に休み。

 ※大都会のマンモス校は例外だが、町や村では幼稚園と小学校は2つ一組で運営されている。

帰宅して自宅で昼食をとる教師も多く、また学校内で食べる場合もその間は勤務時間ではないので完全フリー。子供の面倒は全くみない。

では、その間は誰が子供達の世話や監視をするか。

村役場に雇われている(つまり公務員)、給食スタッフだ。

例えばメリベル村の幼稚園&小学校では11時45分から13時20分までは給食スタッフが子供達を学食に連れて行き、食べさせ、そして食後、校庭で遊ぶ間には監視員となる。

朝の登校時と午後の下校時のスクールバスにも教師ではない専属スタッフが同乗。子供達の安全管理をする。

また放課後の学校掃除も同様。

子供達には「掃除の時間」などというものは一切なく(つまり教師にも掃除指導などという任務はなく)、放課後はすぐに下校。

夕方は掃除スタッフがやってきて毎日校内を隅々まで磨き上げる。


ナルホド~と私が感心した点は主に2つ。


まず1つめ。

この制度だと教師は学問を教えることにだけ専念できるだろうな・・・。


常々、日本の教師達はあまりに広範囲に色々なことを仕事として背負わされすぎているのは?・・・と思ってきた。

あの状況で教えることのプロでもいるなんて、土台無理なことではないだろうか?と。

「塾の先生の方が教え方が巧い」

などと言われても、そりゃ仕方ないことじゃないか、と。

給食やお弁当の食べ方から掃除の仕方まで教えなければいけない日本の先生達。

放課後や夏休み中の生活指導までしなければいけない日本の先生達。

働かせられ過ぎです。

日本の先生達。

なにが教師本来の仕事なのか、見失ってはしまいませんか?

そのこと(就業環境)を、もう少しちゃんと見直し、ここはひとつ、叩かれるばかりではなく、子供達のためにも叩く身になることを考えてみてはどうでしょうか?


だからフランスの教師達の仕事ぶりを見た時、

「ほ~ら、やっぱりぃ~」

そう思ったものだった。

登校前も下校後も、もう一旦子供達が学校を出てしまえば彼らの任務はおしまい。

そこからは親の管轄下。

つまり親の方も、どこからが、そして何が親の役目なのかを把握しやすい・・・という図式になる。


例えば学校内で事故や問題が起きれば、それは教師、あるいは昼食中ならば給食スタッフの責任。

抗議もできるし文句も言える。

けれどそれが学校外でのことならば、それはもう親の責任。そう腹を括れる。


仮に「いじめ」が起こってもそうだ(フランスでは幸い、まだあまり「いじめ」問題は起こっていないけれど)。


授業内や普通の小休み時間に起こった「いじめ」ならば、教師が解決しなければいけない。親達は教師を責められる。

でも昼食中ならば、それは給食スタッフの仕事だから責める相手は給食スタッフ。教師達はそ知らぬ顔だ。

そして学校外ならば、それはもう完全に親、場合によっては地域社会の抱える問題となる。


こういう割り切り、日本は大いに参考にすべきじゃないでしょうか?

特に「いじめ」記事を読むたびに、いつも想う。

親達が学校や社会のせいにし過ぎているように見えるから。

そしてそれを教育者サイドは寛容にも許しすぎ、マスコミや政府といった社会までもがそのおかしな構図を見過ごしているから。


慣れないうち、分業は難しいかもしれない。

けれど、やがてそこから生まれるシンプルな割り切りは人の考えもをスマート(賢明)にさせるはず。

各自の役割を見失うリスクも減らしてくれるはずだ。



そしてもう1つ、ナルホド~と感心した点は、それによって雇用率があがる(=失業率が減る)こと。

なにを隠そう、このワタクシもその恩恵を受けている1人。

給食おばさんと教室掃除おばさん、スクールバス添乗おばさんを5年前からやっている。

つまり華の公務員♪(フランスでは今も公務員はもっとも安泰な職業と言われていて、それに就けた私は村のフランス人から見ても、かなりラッキーであるらしい)。


給食の仕事については、また後日。これもまた日本とは全く様子が違い過ぎて面白いと思うので。