男はつらいよ鑑賞日記

年末年始などにテレビで流れているのを「意識」したことはあったが、きちんとあらためて「みた」ことはなかった。

私はずっとこの物語を、寅さんという、憎めないけど好い人で終わってしまう男性の失恋物語だとばかり思っていた。

いわば永遠に幸せに結ばれることもなく、定職にもつかずに浮き草暮らしをする、一般的には成立しえない「普遍(不変)の憎めないキャラ」を中心に固定することで、その周りに散りばめられた市井の人の「普通」が際立つ、そこに様々なドラマが滞留するのだと。

それはまあ、間違ってはいなかったのだが、驚かされたのは、ドラマに緻密に張り巡らされた計算の数々。人気が出るのも当然だろう。そこには観客の「常識」と「憧れ」が、絶妙にミックスされている。

妹・さくらの結婚にまつわる「常識」と「憧れ」
(苦労をした女性が、身分違いではなく等身大の青年に想われて、告白と同時に結婚を承諾する、さらにその青年は実はきちんとした出自であったという設定)
マドンナとのデートと失恋にまつわる「常識」と「憧れ」
(お嬢さんは大衆酒場で焼き鳥など食べたことはないが、食べてみたら美味しい、寅さんとも楽しく遊ぶけれど身分違いな男性は結婚相手とはみなさないという設定
寅さんのセリフにみる「常識」と「憧れ」
(見合いを封建的という、さくらの相手は大学出を、という、マドンナをデートに連れ出すのに麦わら帽子という飾らなさ)

正直、最初は、寅さんのガサツさが目について、見ていてしんどかった。特にさくらの見合いのあたり、あまりに典型的に、不調法さのお手本みたいに描かれた寅さんに、お腹いっぱい状態で。そのあともところどころ、例えば寅さんが家を出ようとして子分を切るためにやる小芝居とか、さくらの結婚式での立ち居振る舞いとか。こうまで予測そのままに動かれるとなんかもう、早送りしたくなって。

でも最後は、大団円に、安心していた。ほんとうに、よくできていてすごいなあ、って、あらためて感心してしまった。
ビジュアルとしても計算に抜かりはなくて、少女のようなマドンナは短めのおかっぱ、さくらの清楚なまとめ髪と職場の制服のタイトスカートなど、当時の服装の流行も充分に意識されている。
世界観の完璧さと、設定の計算。
もちろん寅さんは、なに小難しいこと言ってんだよこのこんこんちき野郎がああ?とかいうのかもしれないけど。でもこうして、予測を裏切らない寅さんのキャラそのものが、帰る場所として、日本国民に愛されているのかもしれないなあ。


あと、とにかく、倍賞美津子がきれい。
昼間に見た番組で、どんな化粧よりも腸がきれいであることが美肌の秘訣といっていたけど、ほんと、昔だから美容法も化粧品もいまよりもレベル高くないはずなのに、あれはすごい。ほんと、日本食食べて、美肌狙うか。って真剣に思ったもんね。