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そっかどっかでみたとおもっていたら、エルフェンリートのひとなのか。

ヤンジャン掲載の割には絵はなんだか少年マガジンとかガンガンみたいだなあ、とか思いながらみていた。マンガ喫茶のお勧めコーナーに、ダークファンタジーの一文がなかったら、絶対スルーの絵柄だった。
でも、ポップの妙ってんですか、それで思わず手にしちゃいました。

それでもって、結果としてはまたまた泣きながら読む羽目に。特に9巻は泣きました。わりかしちゃんと。  極めてわかりやすい、ダークファンタジーの系譜を辿っている物語にすぎない、と頭でわかっていても、やはり喪失の表現には感情が刺激されてしまうのですね。
苛烈な設定と、それを放置したようなビジュアルとしての拙さがかえって、物語の進行とともに不協和音としてのずれを生んでいる気がする。
黄金比、という言葉があってそれは、誰しもが共通に持つバランス感覚で、そこにすとんとはまるから究極の美なのだとおもうけれど、そういった共通認識で逆に、誰しもが不快・不安になるものってあるのかもしれないと思わせる。
最初からつきつけられている陰惨な設定と表現の軽みのアンバランスが、しだいにずれとして無意識に深層に響き、蓄積するとはいえないのだろうか?
快に流れようと誘導するビジュアルと、それを否定する世界観。絶えずずらされる不安感。

一言で言うと、落ち着けない。

さらに敷衍するとそのことで私たちは、今のこの現実さえもまた、明日にも崩れてしまう砂上の楼閣であると深層心理で認めてしまい、その恐怖がこの、落ち着けない不安感に結びついているのか?

なんて、いやいや、かんがえすぎか?


いずれにしてももしかしたら、大人でもたまに読んでみてよ、そんなマンガに、ダークファンタジーを加えてもいいのでは、と、結構真面目におもってしまった。

気軽に、でも、怖がりながら、お読みなさい。