Usual ?
こんにちは。クリスマスをいかがお過ごしですか?
僕は英語の研修に追われています。
ただつまらなすぎてまったく進みません。これじゃ駄目ですね。
話は変わり、今回も考えさせられるようなことがあったから
こうしてブログを書いているわけですが。
今回は、 「普通とは?」 ということ。
実は、11/27から3週間、イギリス、ロンドンに
語学留学に行ってきました。
超短期間ではありましたが、なかなか濃い3週間でした。
空港に着いた瞬間から英語しか話せない環境。
お願いしておいた出迎えももちろん英語。
ホームステイ先も一般の家庭。
最初は孤独との戦いでした。
ただやはり、本当にさまざまな 「違い」 を
肌で体験できたのは大きくそして貴重な経験になりました。
その期間で考えさせられたのは
「普通」ってどーゆーことなんだろう?
ってことでした。
ロンドンでは、本当に街の至る所で
日本とは違うモノ、ヒト、コトを見たり聞いたり感じてきました。
そのたびにやはり、「日本と全然違うな」っていう
感覚を覚えるわけですが
でも
「ここの人たちにとってはこれが普通なんだな」
っても思っていました。
「じゃあ普通っていったい何なんだ?」
おそらく日本人であれば
生まれてから今まで
温かいモチモチしたご飯を食べたことがあり
うちの人が作るおいしいみそ汁を飲んだことがあり
車は左側を走り、街の至る所にコンビニがあり
お金は円という単位で
そして何よりも当たり前に日本語を話して、聞いて、読んで、書いていると思います。
それがいわゆる日本人の 「普通」 です。
でも当然の如く、日本を一歩出ればそんな 「普通」 は通用しません。
それはなぜか?
もちろん、日本人の 「普通」 と海外の 「Usual」 は違うからです。
じゃあいったい 「普通」 とか 「Usual」 って何なんでしょう?
それはやはり、 「慣れていること、知っていること」 だと思いました。
知っている から安心だし、慣れている から居心地がいいんだと思います。
だから 知らないこと、慣れないこと は一種の恐怖であり、不快なんだと。
だからかどうかはわかりませんが、本当にいろいろなタイミングで
「いや、これが普通でしょ」 といって安易な判断をしてしまいがちです。
ただ慣れている、知っているってだけなのに
それ以上の何物でもないのに
それが大切なもののように勘違いしてしまう瞬間があるんじゃないかと思いました。
もちろん、「違い」 を感じて日本の良さを再認識したところもあります。
でもそれ以上に、「普通」 がそれほどいいことなのかっていう
感覚になりました。
慣れている、知っている ということを理由に
自分の可能性を縮めていないか。自分を守っていないか。
そんなことを考えながら、もっと深く、幅の広い人間に
なれたらいいなと、なりたいと、絶対なってやると思います。
attitude
また久しぶりの更新になっちゃいました。
このごろは
起床→朝食(ちゃんと自炊)→午前中勉強→午後バイト
みたいな毎日を送っています。
なぜ久しぶりにブログを更新しようと思ったのかというと
やはり心を動かされるような
考えさせられるような経験をしたからです。
それは 被災地・石巻でのボランティア です。
僕は、福島県出身でありながら、「被災地」と言われるような
被害が大きなところにはまだ行くことができていませんでした。
早いうちに一度は行こうと考えていながら、日々の生活に満足し
行動に移せていませんでした。
今回、高校時代の友人からの誘いを受けたこともあり
9/23~9/25に、石巻にボランティアに行ってきました。
出発前に、ボランティアで必要になる荷物を準備しながら
「これから自分はどんなひどい被害があったところに行くのだろう」と
正直恐怖にも似たような感情でいっぱいでした。
しかし、いざ現地に到着してみると、そこには東京と何ら変わりなく
普通に人が住み
普通の日常が広がっていました。
もちろん、津波によって町ごと流されてしまったという地域にも行きましたが
そこでも、あたかも何事もなかったかのように、普通の日常がありました。
その時初めて
「自分は被災地の人たちを助けにいく」
「自分の価値観を広げ、深めるためにボランティアをしに行く」
と、無意識のうちに考えてしまっていたことに気がつきました。
現地の人たちは、被災し、一時的に不幸だと感じたかもしれないけれど
今現在もその方々を かわいそう だとか思っているのは
被災地とは全く関係ないところにいる人たちの
妄想でしかない、と感じました。
そして僕がボランティアに参加する前に無意識に抱いていた感情は、
一種の 独りよがりでしかない と強く感じました。
現地では、ログハウス建設のお手伝いや
避難所の撤去作業などを行いました。
一緒にボランティアに行った人たちも本当にいい人たちばかりで
夜には熱く意見交換をしたり
帰ってきてそのまま飲みにいったりと
「人との出会い」という点でも非常によかったと思います。
ボランティアを終え、帰ってきてから考えさせられたことがありました。
それは 本気になること について
僕は今までずっとサッカーを続けてきたこともあり
目の前の敵に勝つこと
自分と向き合ってうまくなること
といった 本気になること の素晴らしさを身をもって味わってきました。
本気になるから悔しい
本気になるから楽しい
本気になるからこそ味わえることが本当に多かったと
大学でサッカーを続けて、改めて実感しました。
今回のボランティアでもそれは全く同じでした。
一緒にボランティアに行った人の中には
本当にいろんなことを考えている人がいて
本当にすごいなと、感心することも多かったけれど
誰のために何を考えているのかわからないと思う時も正直ありました。
その人がボランティアの作業に本気じゃなかったわけではないと思うけれど
目の前で、自分たちの生活を本気で取り戻そうとしている人たちがいて
その人たちの力になろうとして現地に入ったのなら
やはりその人たちの思いのために本気で取り組むべきだと感じました。
そのうえで考えること、思うことがあれば自分で消化すればいいと。
本気で取り組むとやっぱり楽しいし
本気で取り組んだからこそ考えられることもあるんじゃないかと
そう思ったわけです。
来年から社会に出て働くわけだけど
この感情は忘れずに
常に 本気な大人 でありたいと思う。
decision
今日、無事に就職活動を終えました。
自分のこれまでの人生の中で最も大きな決断になったといってもおかしくないと思います。
これまで心の支えになってくれた人
実際に俺の話を聞いてくれた人
その他応援してくれた人すべてに感謝したいと思います。
本当にありがとう。
就職活動を通して本当にいろんなことを学びました。
それを忘れてしまわないうちに、形に残しておきたいと思います。
まずは 「自分を知ること」 の大切さ
よく自己分析なんて言われますが
本当にこれに尽きると思いました。
自分はいったいどんな人間なのか
どんなことに喜びを感じ、どんなことをモチベーションに頑張るのか
俺の場合、「人に認めてもらうこと、信頼されること」
これが一番の喜びでした。
今までサッカーに必死になってきた自分にとって
周囲の人間に認められパスをもらい試合に出させてもらう
私生活でも同じでした。
これを知るのに1年かかったといってもいいくらいかな。
次に 「自分を人に伝えること」 の難しさ
自分は今までどんなことに力を注いできたのか
それはなぜなのか
自分はどんな人間なのか
そのすべてを自分の言葉で目の前の見ず知らずの人間に伝えなくてはならない
選ぶ言葉の一つ一つまで自分の想いを伝えやすいものを選ばなくてはならない
本当に大変でした。
これはおそらくこの先も変わらないでしょう。
だからこそ、人とのコミュニケーションは面白く奥が深い。
次に 「縁」
就職活動の中で何度もこの言葉を耳にしました
そのたびに「ただの運だろ」って思っていました。
今、実際に内定をもらってみると「縁」という言葉の意味がわかった気がします。
はじめはそこまで行きたいと思った会社ではありませんでした。
ですが今は、この会社に決めて本当によかったと心から思っています。
これが「縁」と呼ばれる何かなんでしょうね
結局、お互いを引き合わせる何かがそこにはあるんでしょう
最後にはやはり 「仲間」 です
これまで、先輩、後輩、同期などさまざまな仲間に支えられてやってきました。
むしろ仲間がいなければここまでやってこれなかった気がします。
本当に大切な人たちであり、だれ一人失いたくない人たちです。
これから何があっても、この人たちとの関係は断ち切りたくないです。
本当にいろんなことを経験した1年間でした。
これから先の人生ではもっといろんなことを経験していくのでしょう
そんな自分の第一歩が今日の決断でした。
これから これから
