let it be -2ページ目

Word

徐々に更新頻度も上げていきたいと思います。





人にあんまり会わない生活を送っていると、 話す ってことをしなくなるから、なんかすっきりしないんですよね。



人に話をするってことは、本当に頭をフル回転させていると思います。



瞬時にどんな話をするか考えて、判断して口にしているわけであって


そこには人間の脳にしかできない何かがあるんだろうな、きっと。




僕が、なぜ人と話をするのが大事かと思ったかっていうと




自分の頭の中が整理できるから




なんです。



とっさに考えて話をしている自分って



一人で考え事をしている時よりも何十倍も頭を使っているわけで


そうすることで、今まで自分の中でこんがらがってた部分とか


複雑に考えすぎてた部分がいつの間にか明解になってたりするんです。



だから人に話をするってことは大切なことなんだなーって今日はつくづく感じました。




そして同時にストレスもたまるときがあるんです。



それは、その話をしている相手が原因でたまるストレスではなくて





どんな言葉で、どんなふうに伝えたら伝わるかな って考えるストレスです。



そして






簡単には伝えられない自分の想いが、ありきたりな言葉で語られた瞬間に


一気に陳腐な、誰でも考えてそうな、誰でも言えそうなことになってしまう。






今日はそういうストレスと一日中戦ってました。



結局いい言葉が見つからないまま一日が終わってしまいました。




みんなにはこういった経験があるかな。





どうしても相手に伝えたい想いがあって


その思いを表現できる適切な言葉を探しているのになかなか見つからない。


似たような言葉で表現してみるけど、なんかニュアンスが違う。


そしてなんか軽く、普通のことのように聞こえてしまう。





そんな感覚です。


コミュニケーションの難しさ、改めて実感してます。





でも大切なのはやっぱり




その思いを伝えようとする熱意 だったり




その思いを全然簡単なことじゃないんだって伝えようとするその雰囲気、話し方




要するに 伝え方 なのかなっても思います。




何かに悩んでそうな顔して、「実は昨日面白いことがあって」って話し始められても全然面白そうじゃないもんね。




自分の想いをビシッと表現してくれるいい言葉が見つかってもそれだけじゃ駄目だし



熱意をもっていい話し方で話してもそれだけじゃなかなか伝わらない。




その両方を身につけて初めて、人と確かなコミュニケーションができるのかなって感じました。





そして、これにもきっと終わりみたいなことはなくて、一生考えて生きていくんだろーなーとも思います。




でもきっと、それがまた自分の成長ってことにつながるんだって自分を信じて考え抜いていけたらなって






そう思った一日でした。







地元では今日雪が降ったそうです。もうつくばは桜が散ってしまっているのに変な感じですね。



風邪なんか引かないように自己管理自己管理。






久しぶりの更新




大震災から早1ヶ月が経ち、毎日数回の揺れを感じる以外はもういつも通りの日々が戻ってきています。



この震災でそれぞれがいろんなことを考えたと思います。



そしてそれが旅立ち、出会いの時期に重なったことで、その思いや考えはより深いものになったのではないかと。







自分は最近就活もちょっと間があきぐうたらな生活を送っています。


そんな生活の中でも考えるのはやはり就活のこと。




その中で思ったこと、考えたことがあり、それを目に見える形で残しておきたいと思ったので久しぶりに更新しました。





今日久しぶりに会う友達とご飯を食べに行き、ある話で熱くなりました。



それは、評価と反省 という内容



おそらく社会に出て行った友達たちも、今後誰かからなんらかの評価を受け、その評価に納得する人もしない人もでてくるでしょう。



自分は幸いにも、これまでの人生において、サッカー、勉強、人となりをさまざまな人に評価され、時には丁寧に順番まで付けれらてきました。



その中で、自分が無意識のうちに抱いていた考え、大学に来てそれがはっきりしました。




評価は周りがする ということ




だから僕は自己評価という言葉に対して違和感を覚えてきました。



これまで、自分は必ず何らかの集団に属して生活してきました。




会津高校、文系、会津高校サッカー部、筑波大学、筑波大学蹴球部、筑波大学体育専門学群、レジャー論研究室



そして今、再び自分の希望する集団に属すためにテストを受けています。



その集団に属するために、もしくはその集団に属してからも、誰かから何らかの物差しで評価されてきました。



ユニフォームをもらえるかどうか、メンバーに入れるかどうか、スタメンになれるかどうか、優秀選手に選ばれるかどうか



サッカーだけでもこれだけの評価を受けてきました。



何が言いたいかというと




評価は周りがする、自分はその時のベストを尽くし、その反省をしなければならない




ということです。



自分で自分の評価をすること=反省 だと思うわけです。




もし、反省しても納得のいく評価でなかったのなら、それは反省ができていないと思います。


なぜなら、求められたものに応えられなかったという現実から目をそむけていると思うからです。


そしてそれは、自分のレベルがそこまでだったということを真摯に受け入れていないと思うからです。


もちろん、逆にできたことを反省してあげることも大切なことです。



「ここまでできるようになった、これを続けよう」とか「ここまではできるようになったからもっと上にチャレンジしよう」とか




そういったことの繰り返しで人は成長していくと思います。このことにやりすぎなんてないしきっと限界なんてないはずです。




でも忘れてはいけないのは、自分の中で誰からの評価、どんな評価を大切にするかを取捨選択するということ



自分の周囲にあるすべての評価に納得のいくということはまずあり得ません。

そうなってしまっては、きっと顔色ばかりうかがっている小さな人間になってしまいます。




誰からの評価を選ぶのか、どの集団での評価を大切にするのか。



人によって、親からの評価、上司からの評価、友達からの評価、それはさまざまです。





それを自分できちんと選び、その評価のために全力を尽くし、反省し、成長していくこと





それができれば、どんな集団でも充実した生活を送れると思います。




自分の肝にも銘じつつ、もうシャワーを浴びて寝るとします。



















ending

久しぶりの更新になってしまいました。



最近はいろいろとやることが多くてなかなか充実していました。









先日、感動することがありました。




箱根を走った友達の慰労会




早稲田の5区であの山の神・柏原に抜かれはしたものの、27秒差で往路を終えたおかげで

見事早稲田が総合優勝を果たしました。



地元のテレビ番組では奴の特集をいやというほど見ました。



やっぱり地元の人たちからすれば、会津出身ランナーが箱根を走るというのは

一大事なんだってことを思い知らされました。



それと同時に、「一緒にばかやってた友達がなんか遠い存在になってしまったような感覚」になりました。



高校の時から仲よくしてて、一緒に体育系の大学に入るために勉強と部活を頑張って


二人ともに目標をかなえて大学に入りました。



俺は、高校の時から奴が怪我もちで、テーピングとかコルセットとかしながら走り続けてるのを知ってました。



大学1年のころ、怪我で走れなくて、友達との会話にも混ざれないって言ってました。


俺も同じ時期、病気して入院して、みんなよりも出遅れた感があって


正直、奴の気持つが自分の気持ちのように感じられました。




大学2年になり、奴は初めて6区にエントリーされました。


でも、エントリーされた時点から当日変更だってことを伝えられてたみたいで


電話やメールの声は少しさみしそうだったのを覚えています。



でも、正月箱根が終わり地元に帰ってきたときに会って話した時の奴はなぜかすがすがしくもありました




俺はずっと箱根で走ることを夢に見てきた。


夢ってさー、強く信じてるともうそれだけで半分くらいかなってる気がするんだよね


実際もう少しのとこまで来てるし、来年こそは絶対走るよ



そんな覚悟を語ってもらった時、友達として本当に尊敬できる奴を持って幸せだなと感じました。



それと同時に、「俺も頑張らなきゃ」っていう刺激をもらえました。





大学3年の箱根、奴は走ることができませんでした。


メンバー入りはしたものの、結局区間エントリーはされずじまいでした。



その年、電話で話した奴は落ち込んでいました。


「応援してくれてるのにほんとに申し訳ない」


そんな言葉を奴の口から聞きたくありませんでした。


「お前だれのために走ってんだよ」



無意識のうちに俺は言ってました。




「誰も走ってくれなんて頼んでない。お前が走りたいって夢見て頑張ってるのをみんな応援してんだよ」




なんも考えず話してました。奴がどう感じたかはわからないし


俺の言葉を聞いて頑張ってほしいとかは全く思わなかったけど


友達として尊敬できる奴でいてほしいと思ってました。


そして、最後くらい自分のために走ってほしいと心から願ってました。






そして今年、最後の箱根。



奴は5区を走り、見事優勝しました。



テレビで何度も見る奴の泣いてる顔、笑っている顔、必死な顔



全部が泣けてきました。正月一人で泣くとは思いませんでした。



友達として、いろんなことを知っているだけに



奴の気持ちが痛いほど伝わってきました。







ここまで長くなってしまいましたが、ここからが先日の慰労会の話



なにが感動したって、友達がテレビに出たことでも、箱根で優勝したことでもなく





「今までと変わりなく一緒にばかみたいに笑いあえたこと」





正直、ちょっとよそよそしくなったり、気を使って話したりするのかなって心配してました。



でも奴はそんなことなく、いままでとなんも変わらず、一緒に明け方までばかやって



本当に楽しい時間を一緒に過ごせました。



こういった、まーよく考えれば小さなことかもしれませんが




その小さなことで幸せを感じれる人間でいたいと思います。




そして、尊敬できる仲間わ大切に、これからもがんばりたいと思った出来事でした。