尊敬する同性を尋ねられて、自分の母親を挙げる女性は多い。
かく言う私も、母を尊敬する娘の一人。
母は、齢54。どこにでもいる、ただの小太りのオバサンだ。
娘も凡人だから、“グレートマザー”とは呼べないのかな。
けれど、年齢を重ねるごとに、母の人生が遠く、尊く感じられてくる。
母は23で結婚、25で長女の私を出産した。
私は、母と同じように23で結婚することが、ひそかな夢だった。
残念ながら、それは叶えられなかったけれど。
それどころか、23歳の私は仕事も恋も上手くいかず、
毎日もがいていた。そんな自分が情けなかった。
「私は、一生お母さんみたいになれそうにないなぁ。
お母さんは23で私を生んだんでしょ?
同じ歳になったけれど、自分のことだけで手がいっぱい。
子供を育てたり、家族を守ったりなんて、できそうにないよ…」
久しぶりに帰省した夜、娘は弱音を吐く。
洗濯物をたたむ手を一瞬止めて、母は微笑んだ。
「誰でも、突然大人になって、母親になるわけじゃない。
お母さんは、結婚をしたから妻になったし、
子供を生んだから母親になったの。
誰でも、その時が来れば、人は変われるんだよ」
そして、続けて二言三言、優しいことを言ってくれたように思う。
気づけば、私は笑っていた。
クシャクシャにまるめられた心は、ほどけて温かくなっていた。
母の言葉は、今でも私を支えてくれている。
お母さん、やっぱり私は、あなたのような女性になりたい。
<追記>
“その時”を待ち続けて、早や数年。
大台目前の今、母にもう一度同じことを相談したら、
同じことを言ってくれるかどうか…かなり微妙です。