昨日、佐賀のランチ会は、

本当に素敵な会でした。
 

歌って踊って、笑って泣いて・・・ラブラブ
何より、
 「来てくれた人を喜ばせたい」
 という主催の方々の思いが、
 会場いっぱいにあふれてました。
 

昨日は、その感動をそのまま書きましたが、

 今朝、もう一つ気づいたことがあります。

「私がこんなに感動するのはなぜかしら?」

 

もちろん、素晴らしいお話会でした。
でも、それだけではなかったような気がするのです。
 

もしかしたら、
 「見る私」のほうが変わっていたのかもはてなマーク
 

以前の私は、 どちらかというと
 

「喜ばせてもらう側」だったように思います。
 

用意された場所へ行って、
 お話を聞いて、
 美味しいものをいただいて、
「ああ、楽しかった」
 「来てよかった」
そう言って帰る人・・・泣
 

 

それが、ヤマト人の学校で学ぶようになって、
 少しずつ私の立つ場所が変わってきました。
 

会場の準備をしたり、
 スタッフとして参加したり、
 来てくださる方をお迎えしたり。
 


どうしたら気持ちよく過ごしてもらえるだろうか。
そんなことを考える、
 「つくる側」に立つ機会が増えてきました。
 

だから昨日、
 まったく違う方たちがつくられたお話会に参加して、
 今までなら見えなかったものが見えたのだと思います。
 

ステージで歌い、踊っている姿を見ながら、
ここまでに、
 どれだけ練習されたんだろう。
衣装もみんなで考えたんだろうな。
 

「ようこそ佐賀へ!」の横断幕も、
 キラキラに飾られたウチワも、
 誰かが一つひとつ作ったんだろうな。
 

その日のために、
 何度も集まって打ち合わせをされたのかもしれない。
 

そんな「見えないところ」が、
 次々に目に入ってきたのです。
 

今までは、
 誰かに喜ばせてもらうことが嬉しかった。
 

でも今は、
「誰かを喜ばせたい」
という気持ちが、
 自分の中にも少しずつ芽生えている。
 

人に喜ばせてもらう幸せから、
 人を喜ばせる幸せへ。

 

これは、
 ヤマト人の学校で学んだことの一つですね。
 

同じものを見ても、
 今まで見えなかったものが見えるようになったかも?
 

誰かがしてくれたことの奥にある、
 時間や手間にも気づけるようになってきました。
 

そして今度は、
 自分も誰かのために動きたくなりました。
 

と、こんなことを考えていたら、

なんだか、朝から
しあわせな海を泳いでる人魚の気分💛

 

 

勝手な妄想のイラストですけど・・・。

 

 

 

 


 

 

 

今日は、お友達に誘われて、

 

佐賀で開かれた素敵な「お話会&ランチ会」へ行ってきました。


オシャレで美味しいレストランを貸し切ってのお話会。

 

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お友達が東京まで会いに行くくらいの方なので、楽しみにしてました。


ほとんど知らない人ばかりだけど、
どんなお話が聞けるのかなと、静かに座って待っていました。
 

ところが……!!
 

普通に、お話会が始まるのかと思いきや、
 突然、音楽が流れ始めました。
 

そして現れたのは、
 華やかな衣装に身を包んだ、かわいい熟女のみなさん!
 

満面の笑顔で登場して、
 歌って、踊って、また踊って(笑)
 

もう、びっくり!
 

でも、その笑顔が本当に楽しそうで、
 見ているこちらまで、どんどん楽しくなってくるのです。
 

そして気がついたら、
 

私は立ち上がって拍手していました笑

 

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知らない人ばかりの場所で、
 さっきまでおとなしくしていたはずなのに・・・
 

不思議ですね。
 

歌と踊りと笑顔で、
 一瞬にして会場がひとつになっていました。
 

でも私がいちばん心を動かされたのは、
 

その華やかな舞台の「向こう側」にあるものだったようです。
 

今日、この場所に、

「来てくれる人たちに喜んでもらいたい。」
 

そのために、
 どれだけ踊りを、練習されたのでしょう。
どれだけ歌を、練習されたのでしょう。
 

衣装を揃えて、
 会場を整えて、
 いろいろなものを準備して。
 

きっと私たちには見えないところで、
 たくさんの時間と手間をかけてくださったのだと思います。
 

そして講師の方をお迎えするときには、
「ようこそ佐賀へ!」
みんなで声を合わせての、お出迎え。
 

キラキラのモールをいっぱいつけたウチワやプラカード。
 そして大きな横断幕まで!
なんて素敵なんでしょうラブラブ
 

誰かを歓迎する。
 誰かに喜んでもらう。


言葉にすれば簡単なことだけれど、
 本当にそれを形にしようと思ったら、
 たくさんの時間も、手間も、心配りも必要です。
 

その「見えない時間」が、
 会場のあたたかさになっていたのだと思います。
 

もちろん、講師の方のお話そのものも素晴らしかったのですよ。
 

ただ、私は、
 その会場全体を包んでいるものに心を動かされていました。
 

「来てくれてありがとう」
 「楽しんで帰ってね」
 「今日ここで出会えてうれしい」

 

そんな言葉にならない気持ちが、
 あちらこちらに散りばめられているように感じたのです。
 

 ほとんど誰も知らずに来られていた方も、きっといらしたと思います。
 

始まるまでは、
 少し心細くて、ポツンとしてしまうような・・。
 

だからこそ、
 最初の歌と踊りには意味があったのかもしれません。
 

驚き、
笑って、
 一緒に拍手して、

 
それだけで、
 「知らない人たち」が、
「一緒にいる人たち」に変わっていく。
 

場をつくるって、
 こういうことなのかもしれませんね。

 

何をしたら喜んでくれるだろう。
どうしたら今日ここに来てよかったと思ってくれるだろう。
 

その考える時間そのものを、
 楽しんでおられるというか・・・
 


「喜んでもらうこと」を「喜んでる」


そんな空気感が、伝わってきました。


素敵なお話で、とても楽しい時間。
 

ただ、それだけではない何かが、
今も、私の中に残っていて、

思い出すだけで、温かく染みわたるのです。


「私がこんなにも感動したのは、いったいなぜかしら?」
 

こんな問いを、抱え込む夜中でした・・・。




 

今朝の音読会での、モンキーさっちゃんのお話です。

 

神さまの島とも呼ばれる神島で、不思議な体験をされたそうです。!!


今まで一度も行ったことのなかった岩場で、黄金の階段のようなものが見えたので、
それに導かれるように、どんどん岩山を登っていったそうです笑
 

 

 

ところが途中、手をかけた岩が崩れ、身体が宙に浮きかけた。

とっさに草をつかみ、自分の身体を岩山へ引き戻したそうです。
 

そのとき、腰を強く打ちました。
けれど、外から見える傷も、内出血もない!
 

見た目には何もないのに、身体は痛くて動けない泣


病院へ行っても、その痛みをうまく説明することができなかったそうです。

 

 

その話を聞きながら、膝の手術をして、仕事復帰したばかりのゆきりんが、とても共感していました。


「痛み」って、見えないんですよね。
 

どれほど痛くても、
どれほどつらくても、
その人の身体の中で起きていることは、
外から見ている人にはわからない。
言葉にしても、伝えられない。
 

 

さっちゃんが病院から出て、
駐車場で出会ったおじいさんが、何気なくおせんべいをくださって、
車を出すのを手伝ってくださったそうです。
 

何気ない会話、ほんの小さな出来事。
 

けれど、さっちゃんには、その方のいたわりが伝わってきたそうです。
痛みは見えない。
いたわる心も見えない。
でも、見えないものでも、ちゃんと届くものがあるんですねラブラブ
そんな話を聞いて、何かが染み入ってくるあったかい朝でした。

ところで・・・

昨夜、赤塚先生の手帳が見つかったそうですお祝い

 

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先日23日台湾の空港で、機内に手帳を忘れて、まだ見つからないと聞いていました。
さ来年までの予定が書き込まれている、大事な大事な手帳だそうです。
 

それが突然、消えてしまった!
どれほどの驚きだったことでしょう。
 

そして昨日、見つからないまま帰国した後、見つかったそうで、
手帳だけ2日遅れの帰国になりましたけど、
よかった。
本当によかった。
 

ほっとしたあとで、私はなぜか、
今朝のさっちゃんの話と、この手帳が重なりました。
まったく違う出来事です。
 

でも、
見えない痛み。
見えなくなった予定。
見えないけれど確かにそこにある痛みと約束。
「見えないもの」という言葉が、私の中に残りました。
 

私たちは
目に見えるものの中で生きています。
時間に追われ、
次から次へとやることをこなしていく。
 

けれど、ときどき人生には、
いきなり、立ち止まらされる時があります。
 

身体が動かなくなったり、
大切なものを失くしたり、
予定通りにいかなくなることもいっぱいあります。
そんなとき、
いつも外へ向かっていた目が、
ふっと自分の内側へ向くことになります。
 

もしかすると、
静かにしてたら、聞こえてくるものが、
私たちの中にはあるのかもしれません。
 

それを「神様の声」と呼んだり、
「宇宙の声」と呼ぶ人もいる。 


「良心」と呼ぶ人もいるし、
「サムシング・グレート」と表現する人もいる。
 

名前は何でもいいのかもしれません。

その奥から聞こえてくるもの。
「本当はどうしたい?」
そんな声があるような気がするのです。
 

座禅や瞑想は、その声を聞くための方法なのかもしれないですね。

 

本を読むことも、
旅をすることも、

もしかしたら、
思い通りにならないことや、
痛みや、
立ち止まる時間さえも、
自分の内側を見つめるタイミングなのかもしれません。


ところで、今朝の音読会で読み終えた本「神道のひかり」
 

 

神道のひかり

 

その中に、「神様の声が、いつも聞こえますように・・」
というお話がありました。


なので最近、私も「神さまの声が聞きたい」と願っていたのです。
 

でも、神様の声って何だろう。
どうしたら聞こえるのだろう。
聞こえたと思ったものが、
自分の思い込みではないと、どうしたらわかるのだろう。

だからこそ、少しずつ探してみたい。
 

今朝のさっちゃんの痛みと赤塚先生の手帳のお話から、
「見えないものを、ちゃんと見ていますか?」
そう問う声をもらったような気もします音符


考えてみれば、
「ヤマト人の学校」で赤塚先生はいつも言われてます。

すぐに答えを見つけるのではなくて、考えること。
今は、
「見えない=わからない」を大切にしながら、
学んで、体験して、静かに自分の内側を見つめてみたいと思います。
 


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★こちらは、来期の「ヤマト人の学校」のご案内です。
 

 

 

お彼岸だからでしょうか・・・。


身近なところで、旅立れる方が多いような気がしてます泣
 

昨日、お友達と食事をしていた時、
ある方のお話を聞きました。
 

習い事の先生で、とても元気なお方で、

肩が痛い、腰が痛いと言いながらも、
湿布を貼ったり、マッサージに行ったりしながら、
いつもの暮らしを続けておられたそうです。
 

けれど、とうとう痛みに耐えられなくなって病院へ。
 

最初の病院では「老化でしょう」と痛み止めを処方されたそうですが、
やはりおかしいと、別の病院で詳しい検査を受けたところ、
全身にがんが転移していることがわかりました。
 

余命3か月と告げられて、
そのわずか一週間後に旅立たれたそうです。

最初は、驚いたものの、
その方のお話が、なぜか、いつまでも心に残ったのです。
 

考えてみると、
病気のこと以上に、その方の「生き方」に
私は驚いたのだと思います。


お茶をたて、その日その日の暮らしを、自分らしく生きておられた。
 

そして病気がわかってからは、
病院にすべてをまかせるのではなく、
自分はどう生きて、
最期をどう迎えたいのかを自分で選んだかのように・・・。
 

そこには先生らしい、凛としたものを感じます。
 

元気な時には、元気な今日を精いっぱい生きる。
 

そして、命の終わりが近づいたなら、
その時はその時で、
自分の人生として受け入れていく。
 

そんなふうに生きておられたみたいで、
私には、とても美しいものに思えたのでした。

改めて思うのですが・・・
 

人生には、
自分では予定していなかったことが突然起こります。
 

病気だけではありません。
地震も、台風も、土砂崩れも。
 

昨日まで当たり前だった暮らしが消える、
突然の天災・人災。
 

だからといって、
怖がって暮らしていてはもったいない。
 

元気な今だからこそ、
自分の心が喜ぶ時間を大切にしたいと思うのです。

私は今、赤塚先生から、
古事記を学び、
聖書も学びながら、
本当に楽しいのです。
 

そして、本の中だけで終わらず、
同じ学び舎の仲間たちと実際にその土地へ行く。
伊勢へ。
靖国へ。
青森へ。
 

こんな時間を持てることは、
決して当たり前ではないのです。
 

なんて恵まれているのでしょう。
「いつか時間ができたら」
「もう少し落ち着いたら」
 

そう思っているうちに、
時間はどんどん過ぎていきます。
 

人生の中で、
今日がいちばん若い日。

 

会いたい人に会い、
行きたい場所へ行き、
知りたいことを学ぶ。
 

何歳からでも、
知ることはでき、
何歳からでも、
新しい旅は始められる。

 

 

私にとって
その喜びの場所が、
「ヤマト人の学校」です。

そんな風に「学んでみたいな」と思われたなら、

きっと、タイミングは今かも・・・?


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来年は、第2期の開校も決まりました。
その前に、
開講中の第1期にお試しで参加してみることもできます。
 

 

 

 

 

 

 

日本神話のあの有名な三兄弟
アマテラス 

ツクヨミ 

スサノオ


旧約聖書にも、三兄弟が登場します。
ミリアム、
アロン、
モーセ。
 

神話に三人の神さまは、よく出てきますね。
三位一体とかも言いますし、日本では造化三神から始まりますね。

 

アメノミナカヌシ

タカミムスヒ 

カミムスヒ
 

私はこんな風に、聖書と日本の神話を並べて眺めるのが好きです。
 

それぞれまったく違う物語ですけど、
読んでいると、ときどき、
遠く離れた物語の中に、
 

同じような「流れ」を感じることがあります。
では、感じたことをそのままに
書いてみたいと思います。
 


まずは、モーセと兄アロンの物語から・・・。
 

二人は、ともにエジプトを出て、
イスラエルの民を約束の地へ導く、
長い旅を続けます。
 

荒野では、何度も困難が起こります。
そのたびにモーセは神に叫び、
祈り、
また前へ進んでいきます。
けれど、その旅の最後に、
兄アロンは亡くなります。

実は、このモーセとよく似た物語があります。
日本神話の神武天皇です。
 

アマテラスの孫のニニギのひ孫にあたる方で、

まだ神武天皇と呼ばれる前の、
カムヤマトイワレビコの頃。
 

彼にもまた、
ともにヤマトを目指して旅立った兄、
イツセノミコトがいました。
 

ところが、
ヤマトへ向かう戦いの途中で、
イツセノミコトは傷を負い、亡くなってしまいます。

兄を失う。


そこで、
カムヤマトイワレビコは
それまで進んでいた道を変えます。
 

ただ力ずくで進むのではなく、
太陽の神の子孫である自分たちが、
日の神に向かって戦うのはよくないと考え、
熊野からヤマトへ向かう道を選びます。
 

そこから先も、
決して平坦ではありません。
しかし、そこで八咫烏が現れ、
道を導いていきます。

苦難の中で天を仰ぐ。
導きを受ける。
そして、再び進む。

 

その旅の最後の戦いで、
さらに印象的な出来事が起こります。
 

一羽の金のトリ、
「金鵄(きんし)」
が現れ、
カムヤマトイワレビコの弓に止まったと伝えられています。
 

金鵄はまばゆい光を放ち、
その輝きによって敵軍は目がくらみ、
戦うことができなくなった。
人の力だけではない何かが、
天から降りてきた
ような場面です。

進む道を変えた時、
光をまとったトリが現れる。

 

 

そして、もう一つ。
聖書の世界にも、

「トリ」の場面があります。

 

洗礼者ヨハネとイエスのお話です。


二人は兄弟のような関係でした。
 

そしてヨハネは、
イエスより先に人々の前に現れ、
「この方の道を備えよ」
と語り続けました。
 

まるで、
これから来る弟のために
道を切り開く兄のようです。
 

イエスがヨハネから洗礼を受けたとき、
天が開き、
神の御霊がハトのように降り、

天から声が聞こえた、
と福音書には書かれています。


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イエスは、
空から降るハトと、天からの声。
 

カムヤマトは、
空から現れる金色のトリと、
まばゆい光。


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その後、イエスとヨハネには、
大きな別れが訪れます。
 

自分より先に、ヨハネが殺されてしまうのです。
 

その知らせを聞いたイエスは、
ひとり、人里離れた場所へ行かれました。
 

そして聖書には、
「大きな叫びと涙をもって」
神に祈り願われた、
とも書かれています。
 

叫ぶ。
涙を流す。
祈る。

 

アロンとモーセ。
イツセノミコトとカムヤマトイワレビコ。
洗礼者ヨハネとイエス。

雄たけびを上げるほどの苦難。
祈り。
そして、降りてくる神の霊。


 

「苦難のただ中で、
それでも天を仰いだときに、
次の道が示される」


 

聖書には、
とても心に響く物語が、たくさんあります。


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でも聖書はとても分厚く、
言葉も少し難しくて、
読むだけでは、
ここまで深く味わうことはできなかったと思います。

赤塚先生の聖書塾で学び、
そして先日の
ヤマト人の学校で

第5章「神話から神の民へ」の講義を受けて、

物語の奥にある意味や、
登場する人たちの思い、
そして聖書と日本の神話の響き合うものを、
特に感じたように思います。

 

読書の秋、涼しくなってきたので、

学びが深まる赤塚先生の講義が、

ますます待ち遠しくなりましたラブラブ

 

 

★私が聖書を身近に感じるきっかけになった本のご紹介。

来年の第2期のヤマト人の学校の教科書にもなってます。

 

 

 

 

 

先日、大川のお寺で開かれたお話会に参加しました。

 

そこでお話をしてくださったのは、クリスチャンのマリア先生!!
 

学びの多い時間だったのですが、
 私にはすぐには理解できないことが、

いくつもありました泣
 

まず驚いたのが、
「遅れて来てもいいですよ。
 そして、途中でいつ帰ってもいいですよ」
というマリア先生のことば!
 

えっ?!


お話会には、始まる時間と終わる時間は決まってます。
 

けれど、遅れた方が来られた時、必ず声をかけられてました。

「これから始まりますよー」って。
 

さらに、お話の中にあった、
約束を守れなかったときは、
 言い訳をせず、ただ心を込めてお詫びをしますと。

これも私には引っかかりました。
遅れたのなら、
 「なぜ遅れたのか」を説明するのが礼儀じゃないの?
私はそう思っていたからです。
 

そして、もう一つ。
「そんなつもりで言ったんじゃない」
 

これも、私はよく使っていました。
むしろ誤解されたのなら、
 「そんなつもりじゃなかったことを伝える」ことは大切だと思っていました。
 

ところがマリア先生から、
 

「では、そんなつもりじゃなかったとしたら、
 どんなつもりだったんですか?」

と聞かれて、
……答えられませんでした。
 

ここで、はっとしました。


「そんなつもりじゃなかった」という言葉は、
 相手に自分の気持ちを説明しているようで、
 

もしかしたら・・・
「私は悪くない」
 「あなたの受け取り方が違うのよ」
と、自分を守っていたのかもしれない!

 

そしたら、
 「遅れてもいいですよ」
 という言葉も、少し違って考えられました。
 

時間を守らなくてもいい、
 約束なんてどうでもいい、
ということではない。
 

「約束を大切にすることと、


守れなかった人を裁くことは別!」なのかもしれないと。
 

私は時間を守りたいし、
 約束も大切にしたい。
 

でも、
「私はそうしている」
から、
「だから、あなたもそうするべき」と、
知らないうちに踏み込んでいたのかもしれません。
 

自分では「常識」だと思っていたものは、
 実は自分の中にできてしまったモノサシなんですね。
 

それに気づいたからといって、
 すぐに変われるわけではありませんし、
また、
「どうしたの?」
と聞きたくなるかと思います(笑)
 

でも、ここに書き残すことで、
 今日の気づきを思い出せるようにしたいのです。
 

自分の正しさを言う

前に、
 まず、その人を受け止める。

 

まだ少し難しい世界のように思ってますけど、
それも私の中の常識かも?

 

だからこそ、
 そんな世界があることを知れたことが、
 とてもうれしい一日でした。
マリア先生のお話は本当に素敵でした。


今月、久留米でイベントがあるそうなので、
ぜひ参加したいと思います。

言葉と音楽のコラボらしいので、ますます楽しみです。

 

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赤塚先生の塾生と、弟子たち全員がそろった場所。
それが、青森の旅でした。
 

住んでいるところも、
年齢も、
仕事も、
歩いてきた人生も違う仲間たちです。
 

それまで、それぞれの場所で

先生から学んできた私たちが、
初めて同じ場所に集まり、
同じ時間を過ごしました。
 

そこには、かっこちゃんもいて、
青森愛あふれるガイドさんたちもいて、
みんなで三内丸山の縄文遺跡を歩き回りました。
 

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何千年も前の人たちが暮らした場に立ち、
命のことを考え、
悠久の時間に思いを馳せ、
語り合いました。

 

 

そして、かっこちゃんのお話にあった、


「パンダは、笹だけを食べる。」
「コアラは、ユーカリだけを食べる。」

 

誰かに教えられたわけでもないのに、
それぞれが、自分の命を生きています。
 

今いる自分の場所で、与えられたものを受け取り、
ほかの何かになろうともせず、その命をイキイキと生きている 。
 

私たちは、ずっと遠い昔から、
命のなかに受け継がれている大切な何かがあるようです。

 

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縄文の人たちが生きた大地を、
私たちもまた歩きながら、


頭で考えることを少し忘れて、
その深いところにあるものを
感じていたのかもしれません。


 

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8月17日、お昼に青森空港に集合して、
8月19日、朝に解散。
 

あの48時間。
 

意見を合わせたわけでも、
約束を交わしたわけでもありません。
 

それなのに、気がつけば、
赤塚ファミリーが一緒に泣いたり、笑ったり笑
 

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もしかすると、あの青森で私たちが出会ったのは、
縄文の遺跡だけではなく、
 

自分たちの中に、
ずっと前からあったもの……。
 

それは、忘れていたけれど、
縄文からつながっている何かだったのかもしれません。
 

だから私は、
青森の旅を思い出したいのです。
 

誰かの言葉に傷ついたり、
自分の思いが伝わらなかったり、
何のためにやっているのか分からなくなったとき……。
 

家族と考えが違うときも。
人と歩く速さが違うときも。
 

あの青森の旅に戻ればいい。
 

塾生と弟子たち全員が、
初めてそろった場所へ。
 

飛行機や新幹線に乗らなくてもいい。
あの48時間を思い出すだけでいい。
 

そこは、
私たちの生まれ故郷ではないけれど、
 

美しい岩木山への愛、
遺跡への想い、
三味線への愛と民謡の響き、
至れり尽くせりのおもてなし。


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同じ景色を見て、
同じ大地を歩き、
感じ合った場所。
 

もしかしたら、
私たち全員にとっての
「魂の故郷」なのかもしれません。
 

私たちは、
何のために出会ったのか。


そして、赤塚先生から

何を受け取ってきたのか。


住んでる環境がまったく違う私たち。

これから歩いていく道も、
きっと同じではありません。
 

でも、
向いてる方向は同じ。
青森の旅は、そのことを確かめる時間だったようです。


赤塚先生から受け取ったものを、
それぞれの場所で、
それぞれのやり方で、
次の人へ手渡していくと!!

歩き出す原点になった場所だと思います。

 

今も、思い出しただけで、とてもしあわせな気持ちになりましたラブラブ

 

そして、赤塚先生とかっこちゃん、一緒に旅をしてくれた仲間たち。

青森の旅ガイドを引き受けて下さった方々に、感謝があふれます。

 

本当に皆さま、素敵な旅をありがとうございました。

 


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本日、9月14日!
ついに届きましたー♪


『ヤマトこころのおやくそく』
 

ご予約くださった皆さまのところにも、
 これから、順次届いていくと思いますよー♬

 

印刷されたばかりの本を、
 初めて自分の手に取りましたお祝い
 

 

 

目に鮮やかな、きれいな青い表紙。
そして、小さな赤ちゃんの手を包むような、
 大きな手のひら。
 

こうして完成した一冊を手にすると、
 やっぱり感慨深いものがありますねラブラブ
 

表紙をよく見ると、
 手のひらの背景には、お花がいっぱいチューリップ


日本中のあちらこちらに咲いている、小さなお花ガーベラ
 

名前は知らなくても、
 きっと一度は見たことがあるのではないでしょうか。
 

最初、私も、
「クローバーですね」と言ったんです。
 

すると、絵を描いてくださった小林さんが、
 

「これはカタバミです。
 どこかに四つ葉があるので、探してください」と。

 

えっ、四つ葉?
一生懸命探したのですが……
私は見つけられませんでした泣
 

そんな楽しいやり取りもありながら、
 一つひとつのお話に合わせて、
 小林さんが描いてくださったイラスト。

 

眺めているだけで、なんだか心があったかくなります。
 

ぜひ、文章と一緒に、
 イラストもゆっくり楽しんでいただきたいと思いますお願い
 

そして、本を眺めてると、

ツタのような葉っぱに囲まれた表紙が、


「ことば」の「言の葉」を、
 次の人へ、ツタえていく
のにぴったりと思えるのでした。
 

この本には、
 16のお話があります。
 

どこを開いても、
 どこから読んでも大丈夫音符


私たち日本人が、昔から大切にしてきた

やまと心のやさしい言葉が、どこからでも語ってくれます。
 

この本を書いたのは、 一人ではありません。
それぞれが思いを込めて書き、
 何度もみんなで読み合い、
 書き直してきました。
 

それぞれが書いたはずだけど、
 出来上がってみると、
 みんなで一冊を書いたような気がしています。
 

✼••┈┈••✼••┈┈••✼••

 

始まりは、赤塚先生の講演会でした。

 

先生のお話を聞きながら、
 もっと日本のことを知りたい。
 

そして、
 自分たちが学んだ大切なことを、 次の人へ伝えていきたい。
 

そんな思いを持った仲間たちが、
 全国から集まりました。
 

それまで、
 顔も名前も知らなかった人たちです。
 

そして今年5月、「ヤマト伝え隊」
という名のもとに、
 私たちの活動が始まりました。
 

何をどうしたらいいのか、
 戸惑うこともたくさんありました。
 

それでも、
絵を描いてくださる人。
文章を整えてくださる人。
販売方法を調べる人。
販売サイトを作る人。
細かな調整をしてくださる人。
そして最後には、
 たくさんの重い本を実際に運んでくださる人。
 

それぞれが、できることを持ち寄って、
 少しずつ少しずつ、
 一冊の本になっていきました。
 

もちろん、 見えないところでは、
 大変なご苦労もあったと思います。
 

むしろ、私が知らないことのほうが、 ずっと多いと思います。
 

そして今日。
そのすべてが、 一冊の青い本になって、
 私の手元に届きました!!

 

本というのは、紙とインクでできてはいますけど、

 

この一冊の向こう側には、
たくさんの時間があり、
 たくさんの手がありました。

 

そして何より、
「大切なものを、次へ伝えたい」
という、みんなの同じ願いがありました。

 

そして赤塚先生は、いつも言って下さいます。
 

「講演家にならなくてもいい。
 本を手渡すだけでもいい。
 子どもたちに読み聞かせることでもいい。
 それぞれの場所で、
  それぞれのやり方で伝えていけばいい」と。


私たちは、それぞれ違う得意なことがあるけれど、
 

「大切なものを、愛と喜びをもって、 次の人へ手渡していくこと」

という想いは、一つです。

この小さな青い本が、
 その最初の一歩になりました。
 

もちろん今日が、 ゴールではなく、
きっと今日からが、
「ヤマト伝え隊」の
 本当の始まりなのですね。

私は今日、初めてこの本を手にしたときの気持ちを、
 忘れないでいたいと思いますお祝い

これから、この本は、
 私たちの手を離れていきます。
 

どんな人の手に渡るのでしょう。
どんな親子が、一緒にページを開いてくださるのでしょうか。

 

ワクワクしながら、
今日は喜びにひたっていようかと思います。

こちらの本を手に取って見られたい方は
こちらから、どうぞ。
 

 

 

 

先日、ランちゃんとゆっくりお話をする時間がありました。

その中で、
今、三度目のがんと向き合っていることを聞かせてくれました。
 

転移もあり、ステージ4と診断されているそうです泣
 

もちろん、決して軽いお話ではありません。
その診断を受け止めることが、
どれほど大きなことなのか、
私は想像することしかできません。
 

なのに、ランちゃんと話していると、
こちらが元気になってくるのです音符
 

「10月18日の赤塚先生のライブ、行くよー♡」
「ホテルも取ろうかしら?」

 

 

 

そのためにも、ちゃんと治療を受けるし、
抗がん剤もしようかな。
 

そして、行きたい所がいっぱいあるから・・・
 

赤塚先生主催のイスラエルツアーもあると聞いて、
「行きたいなぁ」とつぶやいてるランちゃんです。

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最初にがんが見つかったのは、
今から10年前。
43歳の時だったそうです。
 

平成28年11月3日、
伊勢神宮に参拝したあと、
自宅へ帰り、お風呂に入っていた時のこと。
 

胸のあたりに、
何かコリコリするものを感じたそうです。
気になって病院へ行くと、
 

「乳がん」
ステージ2と診断されました。
 

そして、その時、
ランちゃんには今でも忘れられない
不思議な体験があったそうです。
 

どこからともなく、
 

★あなたは癌になりました。

★病状は軽いです。
★何かに気づきなさい
 

と、声が聞こえたように感じたそうです。
 

それが何だったのかは、わかりませんはてなマーク
 

でも10年たった今も、
何か困ったことが起きると、
 

「何かに気づきなさいってことよね!」
と、その言葉を思い出すのだそうです。
 

そして、最初の手術の日びっくりマーク
 

ご家族は仕事の都合で
手術の時間に間に合わず、
ランちゃんは一人で手術室へ向かいました。
 

その途中、
ふと赤ちゃんの姿が見えたような気がして、
「私は、きっと生まれ変わるんだわ」
と、思ったそうです。
 

手術は無事に終わり、病室へ戻ると、
さらに忘れられない光景がありました。
 

ランちゃんには、
かわいい天使のような姿が見えて、
金色の小さな光が、
キラキラと降ってくるように感じたそうです星
 

うれしくて一人ではしゃいでいると、
新人の看護師さんがびっくりして、
ベテランの看護師さんを呼びに走ったそうです!
 

すると、その看護師さんは、
何も言わず、そっとカーテンを閉めてくれたそうです。

そしたら、金色の光がお部屋いっぱいに広がって、
ランちゃんは、
なんともいえない幸せな気持ちに
包まれていたそうですラブラブ
 

ベテラン看護師さんが、何を思ったのか、
それはわかりません。
 

でもランちゃんにとっては、
今も心に残る大切な光景なのだそうです。

 

image
 

そして5年後。
がんは再発しました泣
 

手術を受け、そして仕事へ戻りました星
 

それから、さらに5年たった今年。


最初のがんから、ちょうど10年目に、
三度目のがんが見つかりました泣
 

実はランちゃんは以前、
インドに伝わる「アガスティアの葉」を
読んでもらったことがあるそうです。
 

そこには、
病気になることや、
56歳ごろに病気を乗り越えること、

その後の人生についても書かれていたのだとか。
 

もちろん、
それが本当の未来なのかどうかは、
誰にもわかりません。
 

ところが、
すっかり忘れていたその時のメモが、
三度目のがんがわかった
このタイミングで、ひょっこり出てきたのだそうです音符
 

現在54歳。
「56歳まで、あと2年……」

 

それは、今のランちゃんにとって、
「その先にも人生がある」と思わせる
小さな希望になってくれるかもしれませんお願い
 

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さて、私たちヤマト伝え隊は、
赤塚先生と伊勢神宮を参拝する予定があり、
 

以前から決まっていた企画でしたが、
参拝の日にちが決まりまして、
11月3日、4日。

 

なんと、10年前、
ランちゃんが初めてがんに気づいた日も、
11月3日だったのです。
 

10年という時を経て、同じ日に、もう一度伊勢へ神社

 

 

 

ランちゃんは今、
10月18日のライブと、
11月3日、4日の神宮参拝を楽しみにしながら、
 

ご縁があった岡山のイノチテラスの
玄米や薬草茶を飲みながら
今日を過ごしているそうです。
 

楽しみがある。
会いたい人がいる。
行きたい場所がある
。
 

それは、
とても大きな「生きる力」なのかもしれません。
 

ランちゃんと一緒に神宮を参拝したら、
また、このお話の続きを
書きたいと思っています。

 

 

その前に・・・

ランちゃんと一緒に書いた本のご紹介です。

 

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※こちらは予約販売なので、発送は後日になります。

 

 

昨日は久しぶりのヨガ教室でした。


ヨガと言っても、呼吸法とコンディショニングなので、
身体の硬い私でも整うんです。
 

ヨガ仲良し4人組で、ランチをしては盛り上がります。
 

昨年の夏も、そのランチタイムに、
幣立神宮の五色人祭の話になり、
「みんなで行こう!」と決めたのでした!!

 

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★五色人祭とは、世界の人々を五色で表し、
民族や宗教の違いを超えて、世界の平和と人々の幸せを祈るお祭りです。
幣立神宮では毎年「五色人祭」が行われ、5年に一度、大祭が行われます。
 

また、一説には、
この地では、1万年以上前から祈りが捧げられてきたとも伝えられています。
 

昨年は、10年ぶりとなる大祭が開かれ、なんと・・・
 

五色人の代表の一人として赤塚先生が玉串を奉納されたのですお祝い
 

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私はどうしても祭典に参列したかったので、一人だけ前日入り。
他の3人は当日に参拝することになり、
みんなで熊本まで来てくれました。
 

実はこのメンバー、
地元の風浪宮のお世話役を務めたり、
1800年続くお祭りに関わっていたりします。
 

ですから最近は、
「お宮の行事を、これからどうやって残していくのか」
という話になることもあります。
 

大きなしめ縄を作れる方が少なくなり、
材料となる藁も手に入りにくくなっていること。
 

地域の昔からのやり方を知っている方々も高齢になり、
若い世代へ受け継いでいくことが難しくなっていること。
 

実際にお宮のお世話をしている人たちだからこその、
とても現実的な話です。
私たちのランチタイム、
話題もなかなか幅広いんです笑
 

そんな話をしながらも、
「来年はいよいよ仕事も退職するから、時間ができるね」
「これから、ゆっくり神社や遺跡を巡りたいね」
 

と、話はだんだん楽しい方向へ。
そして、
「いつか伊勢神宮にも行きたいね」
という話になりました。
 

最近、赤塚先生とご一緒に神宮参拝させて頂いてることもあり、
つい、
「じゃあ来年は、私が案内しようか?」
と言ってしまいました(笑)
 

20年に一度の式年遷宮についても学ばせて頂いてるし、
この秋もまた、神宮を訪れる予定があります。
 

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「伊勢神宮に行ってみたい」
という人がいたら、
一緒に旅をして、
一緒に笑って、
私が教えていただいたことを、ほんの少しお伝えする。
 

考えてみれば、
私にとっての伊勢神宮も、
最初は観光に近い気持ちだったように思います。
 

けれど何度も訪れ、
少しずつ知っていくうちに、
日本の永遠を祈る場所であり、
長い年月、受け継がれてきたものに触れる場所なのだと、
感じるようになりましたラブラブ
 

私にできる
「やまとこころを伝える」って、
案外、こんなことなのかもしれないなぁ音符
 

それなら今度からは、
ただ教えていただくだけではなく、
 

「自分がお友達を案内するとしたら?」
という気持ちで、
しっかり聞いてみようと思いました。
 

そんなことを思った、
昨日のヨガ教室のランチタイムでしたルンルン