今から1300年前、
福岡県八女市あたりに住んでいた大伴部博麻(おおともべのはかま)さんのお話です。

 

子供たちにも伝わるようにと優しく書いてみました。

 

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九州の海の向こうの半島では、唐と新羅が、百済(くだら)国を攻めていました。

日本は百済国と仲が良かったので助けに行きました。

海の上で、船と船の戦いになりましたが、唐はたくさんの船をもち、

とても強くて日本は負けました。

この戦いを白村江の戦いといいます。

読み方は、「はくすきのえの戦い」や「はくそんこうの戦い」と2つあります。

その時、負けた日本の兵隊さんは、唐の捕虜になりました。
その中の1人に、福岡の大友部博麻(おおともべのはかま)さんという方がいました。

遠い唐の長安(ちょうあん)まで連れて行かれて、それから、つらい捕虜として暮らしていました。

ある日のこと、たまたま恐ろしい話を聞きました。

 

唐が日本を攻めると言うのです。

日本は戦いに負けたばかりで、ここで責められたら大変なことになります。

博麻さんは、この話をどうにかして、日本に知らせたいと思いました。

ただ捕虜の身ではどうすることもできません。

そこで博麻さんは一生けんめいに考えました。


そして、自分を奴隷として売って、お金を作ろうと決めました。

(昔むかし、貧しい人は、自分の髪の毛や歯を、売ることがありました)

そのお金で、遣唐使の友だちを日本へ帰すことができました。

友だちも、大変な思いで朝廷に、敵が来ることを伝えました。

博麻さんからの命がけの知らせを受けて、

天智(てんぢ)天皇は、すぐに敵が入って来られないように、

大きくて長い堤防を作りました。

そこは、水が波なみとあったので、水城(みずき)と呼ばれてます。

他にも国を守るためにたくさんのことをしました。

九州に、日本中から人が集められました。

その人たちのことを防人といいます。

万葉集の防人の歌にあるように、

遠い東国から国のために家族を置いてたくさんの人たちが力を合わせて、

国を守ってくれたのでした。

ところで、自分を売ってお金を作った博麻さんは、どうなったでしょうか?
 

奴隷になっても、ずっと・・・
自分の国に帰りたかったでしょうね。

それから、28年が過ぎた頃、
奇跡的に日本に帰ることができました。

自分の命よりも国を守るために動いたはかまさんは、その時の天皇に、とてもほめられました。

「自分を奴隷に売ってまで、国を守ってくれて、ありがとう。」

福岡県の八女市には、大伴部のはかまのお墓もあります。

自分のしあわせより、国のことを一番に思って行動することは、

とても勇気のいることです。


だから、1300年たった今でも、語り継がれるのですね。

 

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子供さん向けといっても、7~8才くらいは

漢字も少なくて、理解もどれくらいあるのかしら?

 

よくわからないままに書いてるものだから、

とても難しいことが、理解できました!!

 

書いたあとの考察。

 

漢字はいっぱいあるし、

表現はやさしくといっても、内容が多すぎました!

 

そもそも、「国を思う」ということは、大人でも難しいのに・・・

せめて、

「自分より、友だちを大切にした人」

くらいになるのでしょうか。

 

戦争の説明も、国の概念あってのことだし、

歴史の事実より、やさしさや勇気を知るお話として、

カンタンにするべきよねー。

 

そうすると、日本むかし話で終わってしまいそうだし・・・泣

 

とはいえ、難しい名前や、時の天皇のお名前まで書くのはどうかしら?

 

怖い話にはしたくないので、表現に悩みつつ、

結局は、10才~11才くらいの内容になってしまったかも?

 

環境によって、最近の子供たちの理解は個人差あるし、

賢い子供たちだからこそ、日本の歴史を知ったら、

やまとこころに目覚めるのは、

大人たちよりも早いかもしれないとか、

期待して、情報がてんこ盛りになったのでしょうね。

 

やっぱり、最初に思ったとおりに、

日本むかし話のように、やさしく伝わる深い教えを、

親子で読む時間、

それが、

懐かしい温かい時間となるような内容がいいのかも?

 

 

第一稿の多すぎる内容をカットしつつ、

伝えたい固有名詞は残しながら、

今、また第二稿を書き始めました。

 

伝えることの難しさも体験してますけど、

子供たちの目線や受け取り方を学ぶ機会を頂いて、

面白くてワクワクしてますラブラブ

 

 

 

 

 

 

 

今から、ちょうど6年前の2020年8月25日
赤塚先生は「お父さん 日本のことを教えて」を書かれました。
 
当時は、コロナ生活で、
講演会もできず、外で人に会うこともはばかれる空気だったので、
 
毎朝9時から9分間だけの音声メッセージを届けて下ってました。
 
今朝、その時の再配信を聞いていたら、

 

ブログの文字ではなく、先生の生の声のメッセージで、
アーカイブなしの聖書塾みたいに濃ゆいのですよー。
 
なので、今朝は息をするのも忘れるくらい胸が熱くなりました!!
 
赤塚先生のメッセージをシェアしますね。
 
いつも言われる「自分たちの歴史を失った民族は、必ず滅びる!」
 
つまり、会社で言えば、創業者も理念も知らない社員ばかりになれば、
その会社は長くは続きません。
国も同じなんですね。
 
テレビで評論家の人が、戦争の話の中で
特攻隊が命がけで飛んで行ったにもかかわらず、単なる無駄死であると言う・・・。
 
確かに特攻隊として、敵艦まで届かず、弾も打てず、海の藻屑となった方、
あるいはジャングルで、ただただ死んでいかれた方もおられたでしょう泣
 
だからと言って、その死に対して意味がないと言うことを言い切って良いのでしょうか?!
 
今の日本が、神武天皇から2686年も続いてきたのは、
日本を良くしようと願ってこられた先輩たちのおかげではないでしょうかお願い
 
歴史に名前が残らない、ほとんどの人たちにとって、人生の意味とは?
 
赤塚先生は、人生に意味は無いと言い切られます。
 
ただ、死んでいった人たちのことを伝えるものがいた時、
その人生に意味が生まれ、名前が残るわけです。
 
亡くなった人たちの人生に、意味を持たせることが、
生きている人間の努めではないでしょうか。
 
自分が生まれた国を誰が作ったのか?
これに答えられる人は、わずか3%だそうです。
 
残りの97%は、知らないことも知らないままです。
 
(たとえ知ったとしても、それがなんやねん。どうでもええやんと言う声もありそうな?)
 
先生は言われます。
「自分の国、日本を誰が作ってくれて、そして、守ってくれたかを伝えていきたい。」
 
そして、「全員が言えるような日本になってほしい」
 
「あと何年伝えられるか分かりません。
その時間の中で間に合わなければ、
その思いを引き継いでくれる人に託そうと思います。」

 
生きる意味も、死ぬ意味も、
あえて言えば、「すべての出来事に意味はない」と。
 
亡くなった人の人生に、意味を与えるのは、生きている人間の仕事である。
 
目の前に起きた現実も、同じく意味はない訳で、
そこに意味をつけるのは、自分自身であると。
 
動物ではなく、ヒトとして生まれた人間だけの仕事である。
 
*******
2年前の熊本の聖書塾から始まり、大分の変容塾。
そして東京のヤマト人の学校と、先生の講義を聞き続けて来て、
よく理解できなかった事や、ふわっと捉えていた内容の輪郭が、
見えたような気がしました。
 
7月16日は、東京ヤマト人の学校です。
ますます講義が楽しみになりました。
 
毎月、単発参加もできますよ♪

 

 

一家に1冊、おすすめします。

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今朝の喜笑天結クラブで、赤塚先生と平和さん、かっこちゃんの共著
『聖書宇宙の約束』の一節P107~を音読させて頂きました。

 

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神さまの声は、心の奥に触れる柔らかいことば。

あなたの心にも呼びかけは届いているよ。

どうか耳をすませて、こう答えておくれ。


「お話しください。わたしは・・・聞いています。」

 


そういえば、「古事記」も、「聖書」も、
「神さまが語られ、人がそれに応えた」ことの積み重ねの物語のように思います。

昔の日本人は、自然と共に生きていたので、

風の音、虫の声を神さまの声として自然に聞いていたと言われますし・・・。
 

けれど現代は、その呼びかけがなくなったのではなく、
私たちが忙しさの中で、その小さな声に気づけないだけなのかもしれません。

と言うことは、神さまとの声を聞き、つながりを思い出すことが、
魂のふるさとへ帰っていく旅かも?!

まさに、カントリーロード♪
"Take Me Home"──ふるさとへ帰ろう。
それは場所ではなく、本来の自分へ、そして神さまとの約束を思い出す魂の旅。


あれ? カントリーロードが主題歌の、

ジブリ映画のタイトルも『耳をすませば』でしたねー!!


実は今年になって、なぜかカントリーロードの替え歌が次々とできています。
いったい、どんなきっかけだったかしら?
と思い出した時にメモメモ♪


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始まりは、昨年12月24日、クリスマスイブに、

たまたまYouTubeでジョン・デンバーの『カントリーロード』を聞いていた時、

ふっと浮かんだ歌詞でした。
 

2月に赤塚ログハウスで、先生の誕生日会をすることになり、
プレゼントは何にしようかと考えてた時でした。
 
”オールモストヘブン”と言う歌詞で始まり、
次の、ウェストバージニア♫
 
その英語の歌詞が、なぜかイエスとジーコと聞こえて、
赤塚先生のニックネームである「ジーコ」に変換されたのです。
 
マウンテンママはアマテラスになり、
どんどん古事記の世界に入っていき、
ついに、カムヤマトイワレビコ(神武天皇)が登場して、
 
サビは皇紀3000年♫
と言うフレーズが生まれました。
 
ここに、第一作目の替え歌が誕生したのでした。
この辺のいきさつは、ブログに書いてましたので、こちらをどうぞ。
 
 

「赤塚ログハウス」バージョン

 
第ニ作目は、4月の東京のヤマト人の学校の校歌として誕生しました。
 
今、毎月講義が始まる前に歌っています音符
 
こちらは、主催のさっちゃんによる歌詞になり、また素敵ですラブラブ
 
こおろこおろ、あなにやしー♫
 
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第三作目は、6月石川県小松市シルクビート
かっこちゃんのウクレレコンサートが決まったときに、
 
皆で歌詞を考えたシルクビートバージョンができました。
 
つい、先日のシルクビートで皆様に聞いていただきました。
 
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そして、第四作目が、また生まれそうな予感!
年末の高仁園の忘年会に向けて?!
 
その前に、第1から第3までの歌詞をちらにご紹介させていただきます。
 
1⃣赤塚ログハウス バージョン
 
ここは天国、赤塚ログハウス、
ミストサウナと泡盛三昧
喜び会う時、命は永遠
ヤマト人の手紙を語り継ごう。
 
カムヤマトイワレビコ 
皇紀3000年
イエスとジーコ
日本とユダヤ
手をつなごう シャローム
 
 
2⃣シルクビート バージョン
 
ここは天国、シルクビート
かっこちゃんとウクレレ王子
共に弾くとき 命は永遠
年末 大阪 公会堂
 
奏でます ウクレレ
カノン 1.000人
心に響く 愛の音色
世界に シャローム
 
3⃣ヤマト人の学校 バージョン
 
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旅をしながら、ヤマト人としての小さな目覚めを頂いてます。
 
歌詞とともに振り返るふるさとへの道、
カントリーロードの替え歌を、
一緒に歌って下さる仲間がいることの喜びに感謝する朝でした。
 
始まりは、こちらの聖書です
『聖書宇宙の約束』
 
中味は、古事記と聖書と仏教のミックスバージョン。
宇宙は最初の一点から始まり、すべて同じ「ほんとうのこと」
 
それが書かれてる本ですので、おすすめしますお祝い
 
 

 

 

古事記について書かれた素敵な文章に出会い、

とても感動したのでシェアさせていただきますラブラブ

 

ここまで深い視点があることに驚きました!!

 

 

お名前は、以前から赤塚先生のブログなどで拝見していましたが、

今回、改めて文章を読ませていただきました。

 

私自身、2026年に入ってからの半年間、

「自分で勝手につくっている限界」を一つずつ超えていこうと向き合っています。

 

だからこそ、この文章が心に強く響いたのかもしれません。

 

そのまま転記させていただきます。以下

 

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【魂が生まれ変わる瞬間】

古事記の中に、とても象徴的な場面があります。

 

それが、大国主命が兄神たちに焼き殺されそうになる出来事。

 

いわゆる「あかいだき」の場面です。

※赤い猪と思い抱いた焼けた岩のお話

 

一見すると、ただ残酷な神話の一場面のように見えます。

けれど、この出来事は単なる肉体的な死ではありません。

 

同じような殺され方が繰り返され、それでも大国主は何度も生き返らせてもらい死なない。 

 

ここで起きているのは、

感情や心、魂のレベルでの出来事だと読むと、

物語は一気に深みを持ちます。

 

この時、大国主は大きなニギミタマの存在です。

しかしアラミタマが開けていません。

 

アラミタマはニギミタマに本当の仕事をさせるための勇気、力、強さなのです。

 

大国主が抱えていたのは、兄たちから妬まれる不安、自分は弱いという自己像、

争いを避けるための自己抑圧でした。

 

それらは、生き延びるために必要だった感情です。

しかし、国を作る主になる魂として未消化の負の感情を「焼き切る」必要があったのです。

 

負の感情は、理屈では手放せません。

 

癒しだけでは、どこかに残ることもあります。

 

そんな時に働くのが、

荒魂(あらみたま)の力です。

 

中途半端に和らげるのではなく、一度、完全に燃やし尽くす。

それが「あかいだき」の本質です。

 

この場面で大国主は、

逃げず、恨みに飲まれず、

抵抗せずに、しかし魂は折れていません。

 

「もう、以前の私ではない」

「これを超えて生きる」

 

そんな言葉にならない決意が、

魂の奥底で静かに燃えていたのでしょう。

 

この焼却を経て、大国主は

被害者として生きる段階を終え、運命を引き受ける大きな存在へと変わっていきます。

 

だからこそ、このあとに母が現れ、根の国への道が開かれ、

スサノオの元での本格的な荒魂の修行へ進む流れが生まれるのです。

 

「あかいだき」とは、

未消化の負の感情を焼き切り、「使命を生きる魂」に生まれる瞬間。

 

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古事記は、

私たち自身の人生の転換点を、

静かに映し出している物語なのかもしれませんね💕🙏

 

全国古事記塾主宰 今野華都子記す

 

こちらからの転記です。

 

 

 

 

 

古事記は日本人の聖書であると、言い切っておられます。

この言葉に、つい、ポチリと買ってしまいました。

すぐに読めなくても、本棚の一番いいところに飾ります?!

 

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世界には、歴史を書き換えるような発見があります。

「神話だと思われていたものが、本当にあった。」
そんな発見は、私たちの歴史観を大きく変えてきました。
 
100年前・・・
トルコで発見された約3,000年前の「トロイ遺跡」
80年前・・・
イスラエルで発見された約2,000年前の「死海文書」
 
そして、30年前・・・
日本でも、世界を驚かせた大発見!
 
そう、青森県の三内丸山遺跡です。
約5,500年前の縄文時代に、大規模な集落が存在していたことが分かったのです。
1994年、その姿が明らかになると、日本中に大きな衝撃が走りました。
 
とは言え、私はそれほど興味もなく、この頃知ったのですけど・・・泣
なので、縄文時代は、「どんぐり食べながら、移動して暮らしていた時代」と思ってました!
 
 
しかし三内丸山遺跡の発見によって、
人々は定住し、豊かな文化を築いていたことが分かり、
縄文時代のイメージそのものが大きく変わり、
2021年には、世界文化遺産にも登録されたそうですお祝い
 
 
****************
今、ヤマト人の学校で学んでいますけど、
 
学べば学ぶほど感じるのは、
「歴史は、まだまだ私たちの知らないことばかり」
ということです。
 
赤塚先生は、
聖書から仏教、そして日本の歴史から、
一番大切な「ほんとうのこと」を
分かりやすく、そして面白く伝えて下さいます。
 
まったく知らなかった日本の素晴らしさを教えて下さるので、
本当に引き込まれますルンルン
 
一人ひとりへ、手渡すように語り続けておられる
「やまとこころのキャンドルサービス」は、
 
一人の心に灯った灯火が、また次の人へ。
 
そうやって受け継がれていくひかりのようです。
 
その学びは教室だけではなく、課外授業として、
 
神宮参拝があり、
古事記を巡る旅があり、
イスラエルやトルコへの聖書の旅があります。
 
今年8月には、青森ツアーとして、
三内丸山遺跡を訪ねる旅も予定されています。
 
世界を旅すると、日本が見えてくる。
 
トルコでは古代文明を。
 
イスラエルでは聖書の歴史を。
 
そして日本では縄文の歴史を。
 
先生のガイドのもと、仲間と一緒に旅ができるヤマト人の学校
 
そんな学びができることに、とてもワクワクしています。
 
旅に出て、日本を知ることから始まり、
今まで知らなかった新しい自分を知り、
自分自身の原点にも出会うことになるのです神社
 
そして何より、仲間との旅は、喜びあふれる時間なのです。
 
***************
 
そんな仲間が集うヤマト人の学校を体験されませんか?
 
今月は16日木曜日夜18:30から講義スタートします。
 
その前に、国家「君が代」と校歌を歌います。
そして、お神酒で乾杯します。
 
さらに、今月は靖国神社での御霊祭りの最終日なので
講義が終わったら、有志で参拝する予定です。
 

 

 

せっかくなので、浴衣を着てみたくなり、
今日、ゆめタウンに着付けを習いに行きます音符
 
浴衣とか、小学生の頃、土用夜市に着た以来かも?
 
みんな買い揃えるため、
下見の時に、リストも頂きました。
なので、着付けを習うのは無料だそうです。
 
★買い物リスト
下駄は1500円
浴衣は8000円
下着は1980円 
帯は 2980円 以上!
 
あとは、紐3つと帯板だけ。
これは、着物用があるので、大丈夫。
 
また、新しい体験の旅が始まりますラブラブ
 
 

 

 

 

 

 
 
今朝の音読会で話題になったのは、
 
 

赤塚先生とかっこちゃんの本、宇宙の約束 「聖書」

 
 



先日、シルクビートのあとの懇親会で、
その盛り上がりのままに、
さっちゃんが笑顔で、
 
「2500冊、売るよー🎵」
 
と、聖書を片手に、いつもの大声!!
 
先生はすぐに
「通販じゃないんだから(笑)」
 
と返されてましたけど・・・笑
 
もちろん、本を売ることが目的ではなく、
 
さっちゃんが本当に言いたいことは、
この一冊にあふれる先生とかっこちゃんの想いを届けたいルンルン
 
そんなお話をしてたら、私の中にも一つのアイデア花火が浮かんできました。
 
 
「聖書」という言葉には、宗教というイメージを持たれる方がほとんどでしょう。
 
だから、この聖書が本当に伝えたい内容は届きにくいと思います。
 
でも、この本は、これまでの聖書ではありません。
 
宇宙の始まり星
 
命の始まり神社
 
私たちはどこから来て、何のために生きているのか日本
 
そんな大きなテーマを、とてもやさしい言葉で語りかけてくれる一冊です。
 
だから私は、もっとたくさんの方に読んでいただけたらいいなぁーと思うのです。
 
************
 
昨日、石川小松で、かっこちゃんのウクレレコンサートが開かれました。
 
一年前、内藤翔くんが、このシルクビートで言われたのが、
 
「1000人で一緒にウクレレを弾きたい」
 
そう語られたこと、きっと簡単なことではなかったと思います。
 
でも、その思いを言葉にしたからこそ、多くの人が共感し、
一年後、本当にその景色が実現しました。
 
6月27日、997名だったのが、シルクビートの会場で、
1.000人達成したのですお祝い
 
私は、その感動的な場面に立ち会わせていただきました。
 
だから今朝、さっちゃんの「2500冊」という言葉と重なったのです。
 
思いを言葉にすると、人の心は動き始める!!
 
先日、そのことを目の前で見せていただいたように思います。
 
もし「聖書」というタイトルが最初の壁になるのなら、
 
本にカバーを掛けるという方法があってもいいのかもしれない?!

見えない中身に触れていただく為なら、パッケージを加工して工夫したら?
 
そんなことまで、今朝は考えていました。

 

 
私も、今まで「届けたい」と思いながらも、心の中だけの行動でした。
 
でも今日は、1歩前進して、その思いを言葉に残しておこうと思います。
 
大きなことはできないけれど、できることはあるはずです。
 
一冊との出会いで人生が変わることはあるわけですから、
私も何か、お手伝いができたら嬉しい。
 
そんな気持ちになりました。
 
未来の私が迷ったとき、このページを開いて、
 
「ああ、この朝、私はこんなことを思ったんだ。」
 
そう思い出せるように。
 
今日は、その目印として、この文章を書き残しておきます。
 


石川県小松市シルクビートで開かれた、

「かっこちゃんのウクレレコンサート♫」

今年も、赤塚ファミリーのウクレレチーム「ひらりーズ」18名で参加しました。

全国から集まったかっこちゃんファミリーと、

音楽を通して、豊かで温かな時間を過ごしてきました。

 

 

一年に一度、この場所で「また会えたね」と笑い合えることがとても楽しみになりました。

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そして、その余韻が残る翌日は、

赤塚聖書塾でご一緒してたチエちゃんが、

今年も石川の素敵な場所を案内してくださいました。

今回で三度目になります。

石川を訪れるたびに思うのですが、

この土地には、歴史を静かに守り続けている場所が本当に多いのです。

最初に訪れたのは、「金劔宮」
創建は崇神天皇の御代とも伝えられる古社です。


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御祭神は、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)

また、源義仲が倶利伽羅峠で勝利した際には馬を奉納したという伝承があり、

南北朝時代には後醍醐天皇方とも深い関わりがあったと伝えられています。


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ガイドのチエちゃんの解説がまた、素敵なんです。


歴史の教科書では、ほんの数行で終わる出来事も、

そこの小さなエピソードを聞くだけで、急に息づき始めるから不思議です。

 

 

 

次は、樹齢約2300年と伝わる大杉。


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昭和22年、戦後まもない頃、昭和天皇が植樹祭で金沢に来られた時、

ご覧になられたことから、「天覧の大杉」と呼ばれています。

目の前に立つと、その大きさに圧倒されます。

見上げながら歩いていると、あまりの高さに身体がふらり…。

「めまいがするね!」と皆で笑い合いましたが、

それほどまでに、この杉は天へ向かって真っ直ぐ伸びていました。

しばらくすると体も目も慣れて、手足の長い古い狛犬や、

大杉の枝は高すぎる為か、下へと伸びる姿まで見えてきました。

二千三百年もの間、黙ってこの場所に立ち続けてきた命。

その姿を見ていると、不思議と胸が熱くなりました。

その後、昼食は、

九谷焼の器が美しいお店で、目でも舌でも石川を満喫。


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さらに、天皇陛下にも献上されている加賀の棒茶をいただきました。

何種類もの香りを比べる「利き茶」まで体験。

湯気とともに立ちのぼる優しい香りに包まれていると、

一杯のお茶の香りには、その土地の誇りや、

天皇陛下への敬意が込められていることを感じました。

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そして最後は、綿ヶ滝へ。


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田んぼや畑が広がる穏やかな景色の中を走っていると、突然、

大地が割れたように豪快な滝が現れます。

落差32メートル。

白山の雪解け水が長い年月をかけて伏流水となり、勢いよく流れ落ちる姿は圧巻でした。

綿をちぎって落としたように見えることから「綿ヶ滝」と名付けられたそうですが、

その名の優しさとは対照的に、水の力強さには自然の生命力を感じます。

今回の石川の旅は、名所巡りというより、「悠久の時の流れ」を感じさせて頂いた一日でした。

 

歴史と共に、ガイドして下さった白衣の天使ならぬ

羽咋市の天女、チエちゃんのお陰様です。

 

 

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二千年以上生き続ける杉。

幾人もの天皇や武将たちが、祈りを寄せてきた神社。

白山から絶え間なく流れ続ける水。

どれも、静かに、しかし確かに、今の私たちへと受け継がれていました。

誰かが、語り伝えたからこそ、私たちが知ることができたのです。


そんな歴史の積み重ねに触れるたび、「残すこと」「伝えること」の大切さを、

改めて教えられた気がします。

また来年も、この石川のやさしい時間に会いに来られますようにと、祈ります🙏

 

 

 
トルコには、歴史的に有名な、「トロイの木馬」があります。

 

 

そのトロイ遺跡の
発見者であるシュリーマンは、
当時の学者が「神話にすぎない」と考えてたホメロスの『イリアス』を8才の時に読んで、信じました。

そして本当に3.000年前のトロイの遺跡を見つけたことで、
 

「古代の神話は本当だった!」
と、証明されたのでした。
 
 
 
✼••┈┈••✼••┈┈••✼••
 

実は、聖書にもよく似たすごいお話があります。
 

長い間、「聖書は後の時代の人々に、書き換えられたのではないか」
と考える人たちがいました。
 

ところが1947年、イスラエル死海近くのクムランで、
約2000年前の写本群である「死海文書」が発見されます。
 

その中には、旧約聖書のイザヤ書をはじめ、多くの聖書写本が含まれていました。
 

驚いたことに、その内容は、現在読まれている聖書とほとんど変わらなかったそうです。



 

 

大切に書き写されて、2000年も洞窟に保管されたままの死海文書。
 
そして偶然にも約80年前、イスラエル建国の直前に見つかり、世紀の大発見となりました‼️
 
今月6月の赤塚先生のイスラエルツアーでは、
この死海文書の本物が、すごいタイミングで博物館で見られたそうで、
皆さんの興奮が写真ごしに伝わってきました!
 

 

 

 
このふたつの物語を知って、思うことは、

トルコやイスラエルを旅することは、単に遺跡を見る旅ではなくて、
 

何千年もの時を越えて受け継がれてきた人々の想いに出会う旅なのだと思うのです。


 

来月のトルコの旅では、遺跡だけではなく、

そんな「情熱の足跡」に出会ってみたいと思います。
 
まずは、聖書を読んで、
パウロやヨハネのことをもっと知っておきたいと思います。
 

8才の時に見た夢を、40年かけて叶えた人がいます。
その人の名は、ハインリヒ・シュリーマン。
 

世界的に有名な「トロイ遺跡」を発見した人物です。


たまたま、シュリーマンの自伝『古代への情熱』を手に取りました。
考古学の本かと思っていたら、読み始めて気づきました。
これは考古学の本ではありません。


一人の人間が、子どもの頃の夢を、生涯かけて現実にした物語でした。

すべては、一冊の物語から始まった
少年シュリーマンは、父から『イリアス』を読んでもらいます。
 

トロイ戦争の物語です。
多くの人は、壮大な神話として読みます。


しかし少年シュリーマンは違いました。
「こんな美しい都が、ただの作り話のはずがない。」
「きっと本当にあったに違いない。」


その小さな心に灯った火は、生涯消えることがありませんでした。

夢を追うのではなく、夢にふさわしい自分になる!


けれど、彼はすぐに発掘へ向かったわけではありません。


家は貧しく、学校も途中で辞めなければならず、生活のために働き始めます。
そこで彼は考えました。


「今の私に必要なのは、夢を見ることではない。」
「夢を実現する準備をすることだ。」


商人として成功し、発掘資金を蓄えました。


十数か国語を学び、古代の文献を原文で読めるようになりました。
 

世界中を旅し、歴史や地理を学びました。
 

それは、
「いつかトロイを見つけるため」

夢とは、叶えるものではなく、生き方の結果に在るもの・・・!?
シュリーマンの人生を見てると、こんな風にも見えてきます。

 

彼は、
「トロイを見つけたい。」
         という願望レベルではなく、
 

「私は、トロイを見つける人間なのだ。」

         という信じ切った生き方ではなかったかと。

だから四十年以上という歳月も、
あきらめることなく、すすめたのだと思います。



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時系列で見るトロイの歴史
① 約5000年前(紀元前3000年頃)


 最初のトロイの町が築かれる。
人々が住み始めた最初の都市。
まだギリシャ神話の時代ではありません。
その後、何度も地震や戦争で壊れ、そのたびに同じ場所に新しい町が築かれました。


② 約3200年前(紀元前1200年頃)
  トロイ戦争が起こったと考えられる時代。


この頃のトロイは、すでに建国から約1800年も経った大都市でした。

トロイ戦争の頃のトロイは、
 「建国されたばかりの町」ではなく、
 1800年以上続いていた古代都市だったのです。

③ 約2800年前(紀元前8世紀頃)
  イリアスが書かれる。
作者はホメロス。
つまり、トロイ戦争から 約400年後
ホメロスが昔から伝わる英雄たちの物語をまとめたのです。

これが、ギリシア神話として知られる神々と英雄たちの物語の始まりです。


④ 西暦1871年
 シュリーマンが発掘開始。
そして、1873年 世界的な発見となります。

町が一つではなく、
9つ以上の都市が重なっている
ことが分かったのです。
これには世界中が驚きました。

シュリーマンは何を発見したの?

ホメロスの『イリアス』として語り継がれた神話を、
約3000年後に、シュリーマンがその遺跡を発見し、
壮大な歴史の流れが見えてきたのです。

 

「人生をかけた情熱が息づく場所 トルコ」

シュリーマンが追い求めたのは、トロイではありません。

シュリーマン求め続けたのは「小さいころの夢」でした。


心に灯った火を消さずに歩み続ける生き方


私たちもまた、縁あって学んだことを、自分の中だけで終わらせず、
誰かの心にそっと灯していく。
一人の心に灯った火を、次の人へ、また次の人へと手渡していくこと。

それが、私にとっての「伝える」ということなのかもしれません。
トルコの旅は、遺跡を見る旅ではなく、
 
心に灯った火と、どう生きるかを学ぶ旅になりそうです。

 

 


 


来月のトルコツアーを前に、少し予習を始めました笑


トルコと聞くと、トプカプ宮殿やエフェソス遺跡などを思い浮かべますが、
今回の旅は単なる観光だけではありません。
 

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赤塚先生の聖書講義でも、よくお話されてますように、
トルコは、キリスト教が世界へ広がる舞台となった始まりの場所です。


その中心にいた人物が、パウロでした。


いったんは、イスラエルでバラバラになったイエスの弟子たち。
その教えは、どのようにして世界へ伝わったのでしょうか?

 

パウロが建てた教会や伝道した場所が、2000年たった今、残ってるのです。


さらに、イエスの母マリアと、一番若くて、いつも近くにいたヨハネ。
2人の終の棲家と言われる家も、見学できるそうです。

その足跡をたどりながら、当時の空気を感じることができるツアーなのです。

 

実は、パウロは、一度もイエスに会ったことがありません泣
 

それどころか・・・
イエスの弟子を迫害していた人です。


なのに、イエスの福音を世界へ伝える最大の伝道者となったのです。 
これこそが、世界最高の変容だと思うのです!!


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パウロのもともとの名前は、サウロ。


生まれは、今のトルコ南部にあるタルソスです。


つまりパウロは、イスラエルではなく、今のトルコで生まれたユダヤ人でした。


パウロはユダヤ教の律法をとても大切にする人で、
若い頃は「イエスを信じる人たちは間違っている」と考え、
キリスト者を大迫害していました。


ところが、ダマスコへ向かう途中で、
死後復活したイエスに出会ったと聖書には書いてあります。

ここが人生の大転換ですお祝い


「なぜ、わたしを迫害するのか」
というイエスの声を聞き、パウロは目が見えなくなります。


その後、アナニアという人によって祈られ、目が開かれます。

ここから、迫害者サウロは、伝道者パウロへと変わっていくのですルンルン


ここで特筆すべきは、パウロがただ「改心した人」ではなく
 

自分の過去の熱心さ、学問、ローマ市民権、ユダヤ人としての信仰、
その全部を使って、イエスを伝える人になった」ということです。

そしてパウロの伝道の舞台が、まさに今のトルコです。
 

特に有名なのが、
エペソ、ガラテヤ、コロサイ、などです。


新約聖書の「ガラテヤ人への手紙」「エペソ人への手紙」「コロサイ人への手紙」などは、

地名として、トルコと深く関係しています。


つまりトルコを歩くということは、パウロの足跡を歩くことでもあります。
 

パウロの人生の流れは、こんな感じです。


タルソスで生まれる
 ↓
 エルサレムでユダヤ教を学ぶ
 ↓
 キリスト者を迫害する
 ↓
 ダマスコ途上でイエスに出会う
 ↓
 伝道者になる
 ↓
 トルコを中心に教会を建てていく
 ↓
 ギリシャ、ローマへ福音を広げる
 ↓
 最後はローマで殉教したと伝えられる。


やっぱり、パウロのすごさは、イエスの直接の十二弟子ではなかったのに、
イエスの教えを世界へ広げる最大の人物になったことですね。
ただ時間が長い弟子や、近くにいたからではなく、
その熱い想いによって動かされた、稀有な人だと思います。

 

パウロの人生は、
「人は何歳からでも変われる」

という希望の物語でもありますね。



「人はここまで変われるのか?―変容したパウロに出会うトルコの旅」