赤塚先生とかっこちゃんと平和さん。
3人で書かれた新しい聖書です。

心で訳されたので、心訳聖書でもありますね。

聖書 〜宇宙の約束〜

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世界で最も古い書物「聖書」
旧約聖書4000年、新約聖書2000年

今もなお、年間1000万部が売れ続けている永遠のベストセラー。

まさに、全人類に届けられた奇跡の書物。

しかし、キリスト教徒が人口の1パーセントに満たない日本で、
聖書に触れる機会はほとんどないと言っても良いでしょうか。

先生の言葉より抜粋

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聖書がわかると世界が見える。
今、世界を動かしているのは聖書です。

アメリカ合衆国の大統領の宣誓式にも聖書に手を置いています。
あれは、リンカーンが使っていた聖書です。
聖書がわかると世界が見えます。


聖書を少しでも理解できた時、
新しい風景が見えることは間違いありません。

私は教会に行ったこともないし、
ましてや神学を学んだこともありません。

宗教的知識は、学ばなければわからないでしょう。

しかし、
私が伝えたいのは宗教や知識ではありません。

魚に水が見えないように、
日本人に日本が見えないから、
聖書を学んで日本を知るのです。



聖書は、そのまま読んでもわかりません。

そこに込められた、聖霊の愛の香りを感じることです。

38年間、44回イスラエルに通い、
現場で足の裏で体感しながら、聖書を読んできました。

聖書が、あなたに近づけますようにと願いを込めて、書きました。



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日本人には縁の遠いものと思われている「聖書」

やまとのこころで聖書を読むとき、キリスト教の教会では見えない風景が見えます。


聖書に満ちているのが、神の言葉、神の話、神話であることを知るとき、

神話は、学ぶものではなく体感するものであることに気づきます。

そして、イエスが大和魂のサムライであることがわかります。

キリストが聖霊の愛であり、天皇の大御心であることがわかります。
 
 

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神と人間
この「分離」を解消しなければ、
いつまでたっても宗教戦争は止みません。

イエスは、
私たち一人一人が「神の宮」であると言っています。

私たちが神殿です。

だから、私たちは自分の宮を浄めるのです。
 
神と私たちは「ひとつ」です。
そして、すべては「ひとつ」です。
その元に帰るのです。


何かに「なる」のではないのです。
知るのではなく、
持つのでもなく、
命を生きるのです。

  わたしが何かになりたいと、
 いのちに命じるのではなく、
 いのちが、わたしで何をしたいのか、
 それを聴くのです。


 何かにならなくていい
 
どこかに行かなくてもいい
 
今、ここ
 
自分に帰って来ましょう。

神と私たちは「ひとつ」です。
そして、すべては「ひとつ」です。

あなたは、わたし
 わたしは、あなた

わたしたちは、ひとつ
 だから、これでいいのだ❣️


人生は美しい

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勝手に、お気に入りの言葉を書きながら、
元気になっていく私がいます。

毎朝、音読する「ヤマト人への手紙」
一日の始まりのルーティン。
やっぱり、元気を頂いてます😀

ご一緒して下さる皆さま。
本当にありがとうございます♪

 

 

 

江戸末期、孝明天皇の時代でしょうか。
ペリーが黒船で、浦賀に着いた頃でしょう。
 
1854年、アメリカ第14代フランクリン大統領はインディアンたちの土地を買収し、
居留地を与えると申し出ました。
 
1855年インディアンの大首長シアトルは、この条約に署名しました。
 
これはシアトル大首長がフランクリン大統領に宛てた手紙です。
 
シアトル大首長からの手紙の抜粋
 
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ワシントンの大首長(フランクリン大統領)が土地を買いたいといってきた。
 
どうしたら空が買えると言うのだろう?
私には解らない。
風のにおいや水のきらめきを あなたはいったいどうやって買おうというのだろう?
 
全てこの地上にあるものは私たちにとって神聖なもの。
 
私の体に血が巡るように、木々の中を樹液が流れている。
私はこの大地の一部で、大地は私自身なのだ。
 
香り立つ花は私達の姉妹。
熊や鹿や大鷲は私達の兄弟。
岩山の険しさも草原のみずみずしさも
子馬の体のぬくもりも、全て同じ一つの家族のもの。
 
川を流れるまぶしい水はただの水ではない。
それは祖父のその又祖父たちの血。
小川のせせらぎは祖母のその又祖母たちの声。
 
川は私達の兄弟。
渇きを癒しカヌーを運び、子供たちに惜しげもなく食べ物を与える。
 
だから白い人よ、どうかあなたの兄弟にするように川に優しくしてほしい。
 
空気は素晴らしいもの。それは全ての生き物の命を支え その命に魂を吹き込む。
 
だから白い人よ、どうかこの大地と空気を神聖なままにして置いて欲しい。
 
私たちが立っているこの大地は、私の祖父や祖母たちの灰から出来ている。
大地は私達の命によって豊かなのだ。
 
それなのに白い人は母なる大地を、父なる空をまるで羊か光るビーズ玉のように売り買いしようとする。
大地をむさぼりつくし後には、砂漠しか残さない。
 
私には解らない。
白い人には、煙を吐いて走る鉄の馬の方が、バッファローより大切なのか。
 
私にはあなたがたの望むものが解らない。
 
バッファローが殺しつくされてしまったら、野性の馬が全て飼いならされてしまったら、
一体どうなってしまうのだろう?
 
聖なる森の奥深くまで、人間のにおいが立ち込めたとき、一体何が起こるのだろう?
 
獣たちがいなかったら、人間は一体何なのだろう?
獣たちが全て消えてしまったら、深い魂の寂しさから人間も死んでしまうだろう。
 
大地は私たちに属しているのではない。
私たちが大地に属しているのだ。
 
 
最後の赤き勇者が、荒野と共に消え去り、
その記憶を留めるものが、平原の上を流れる雲の陰だけになったとき、
森は茂っているだろうか。
 
一つだけ確かな事は、どんな人間も、
赤い人も白い人も分けることが出来ないということ。
私たちは結局同じ一つの兄弟なのだ。
 
私が大地の一部であるように、あなたも又この大地の一部なのだ。
大地が私たちにとってかけがえがないように、
あなた方にとってもかけがえのないものなのだ。
 
だから白い人よ。私たちが子供達に伝えて来たようにあなたの子供達にも伝えて欲しい。
 
大地は私たちの母。
大地に降りかかる事は全て私たち大地の息子と娘達にも降りかかるのだと。
 
あらゆるものがつながっている。
私たちがこの命の織物を織ったのではない。
私たちはその中の一本の糸に過ぎないのだ。
 
もし私たちがどうしても、ここを立ち去らなければならないのだとしたら、
どうか白い人よ、私たちが大切にしたようにこの大地を大切にして欲しい。
 
美しい台地の思い出を受け取った時のままの姿で心に刻みつけておいて欲しい。
 
そしてあなたの子供のその又子供達のために、
この大地を守り続け私たちが愛したように愛して欲しい。
いつまでも。
 
どうかいつまでも。
 
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伝えようとしても、
伝わらないかもしれない。
 
伝わったとしても、
何も変わらないかもしれない。
 
それでも、伝えようとしているシアトル大首長の手紙。
 
タイムスリップして、シアトル大首長の生のお話を聞いてみたいと思いました。
 
本当に胸が熱くなりました。
 

10年前に書かれた赤塚先生の『ヤマト人への手紙』もまた、ぶれることなく一貫した内容で、語り続けておられます。

 

「本当のこと」は、すぐには伝わらないかもしれない。
伝わったとしても、世界は何も変わらないかもしれない。

 

それでもなお、伝え続ける。

その姿勢こそが、大切なのだと感じました。

 

だからこそ、手紙の中の言葉だけでなく、
直接その声を聞き、その場の空気に触れたくて、
私はリアル「ヤマト人の学校」へ向かうのです。

 

4000年前の聖書や古事記から、

時代を超えて受け継がれる“言葉”に触れることは、
自分自身の生き方を問い直す、かけがえのない時間なのだと思います。

 

 一回だけの単発参加コースもありますので、

ヤマト心に、触れてみられませんか。

 

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赤塚先生のツアーでイスラエルを旅したとき、

 

忘れられない出来事がありました。
 
それは、ガリラヤ湖で遊覧船に乗ったときのことです。
 
私たちは、33人のツアーだったため、船は貸切状態でした。
そのとき、日本人ガイドの方がこんなお話をしてくださいました。
 
以前、少人数の日本人グループと、世界各国からのグループが同じ船に乗り合わせたそうです。
船の中では、それぞれの国歌が流れる時間がありました。
 
ある国では、音楽が流れた瞬間に起立し、また中には敬礼をする国もあったそうです。
 
けれど、日本人のグループはというと、
誰も立ち上がることもなく、一緒に歌うこともなかったと。
 
それを見て、ガイドの方は複雑な思いになったと話されていました。
それ以降、自分が案内する日本人のツアーでは、
あえて国歌「君が代」を流さないようお願いしたそうです。
 
この話を聞いたとき、どこか胸が痛みました。
 
私たちは小さい頃から、
学校で「君が代」を歌うという習慣がなかった世代でもあります。
 
また、日本人特有の控えめな気質も影響しているのかもしれません。
 
だから、突然、国家が流れても、体が動かないのは、
ある意味しかたない反応であり、
少し前までの自分なら、同じく座ったままでいたかもしれません。
 
 
でも赤塚先生のツアーは違っていました。
 
ガイドである先生は、
出発前からイスラエル国歌「ハティクバ」を覚えておくようにと言われ、
歌詞が旅行パンフレットに書いてありました。
 
実際に、
イスラエルの国歌と日本の君が代を、
ツアー中、何度も歌いました。
 
それは、ただ歌うという行為ではなく、
その国の歴史に心を重ねるような時間でした。
 
特に、悲しい歴史の残る場所で歌ったときは、
胸の奥からこみ上げるものがあり、涙が溢れそうになりました。
 
なぜ「君が代」を歌うだけで、
こんなにも心が震えるのでしょう⁉️
 
これは、言葉で説明しきれるものではありません。
 
けれどきっと、
長い年月の中で受け継がれてきたもの、
この国に生きてきた人々の祈りや願いが、
私たちの中に静かに刻まれているのだと思います。
 
それは、いわば“見えない記憶”のようなもの。
DNAというよりも、血という水の記憶に触れたのかもしれないと感じました。
 
今、私が学んでいる「ヤマト人の学校」では、国歌と校歌を大切にしています。
 
 
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大きな日の丸を掲げ、
全員で起立して君が代を歌うのです。
 
その時間は、とても清々しく誇らしくて、心が整っていくような感覚になります。
 
そして、
「生まれてきてよかった」というか、
そんな静かな喜びに包まれるのです。
 
ヤマト人の学校は、いつからでも参加できます。
一緒に、君が代を歌いましょう♪
 
 
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「形がなくて見えないけど、一番大切なもの」
しっかり見たくて、「ヤマト人の学校」に通っています。


日本の2686年続く長い歴史も、
家族のため国を守った英霊さんの美しい生き方も、
天皇陛下が毎日、国民のために祈って下さってることも、

見ようと思っても見えるものではありません。

さらに、

国を愛するという気持ちも

生きるという意味も、

まして、死を迎えるということも、

見えるものではありません。




私たちの日常は「目に見えるもの」だけで埋め尽くされて、

生活をしていく上で見えなくても、さして困ることはありません。



逆に、どんなに美しい夕日が西の空を染めても、

悩み事があるときは目に入りませんし、

何も悩みがない時でも、

美しい歴史の残る場所を見たいとか、結びつきませんでした。

 

 

赤塚先生の講義は、天皇陛下のことや、聖書のイエスのこと、

言葉と声の響きから、当時の様子がありありと浮かんでくるので、

初めてお聞きした時は驚くより、衝撃でした。



戦争の時の特攻隊の方々のお話など、

人としてどうあるべきか、どんな生き方をしたときに、

人の心が喜ぶのかと言う一番大事なことを見せてくださいます。




ずいぶん前のことですけど、

ドキドキしながら初めて講演会に参加したとき、
会場ホールの廊下を、さっそうと歩いておられる先生にバッタリお会いしまして、

嬉しさのあまり、周りも見えず?!
いきなり、図々しくもサインをお願いしてしまいました。


先生は嫌な顔するどころか、快く本を受け取り、書く場所がどこもない状況で、

すっと、その場に腰をかがめて、さっと膝の上でサインを書いてくださったのです。

会場に入る前に、あの神対応をして頂きまして、


私は、持参した本に念願だったサインをもらえて舞い上がり、


とても優しいオーラとあったかい雰囲気に、

涙がこぼれそうになったのを思い出します。

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そして3年前、九州の熊本で、聖書塾が開催されると知り、

すぐ申し込みたかったんですけど、迷って悩んで、

結局行かなかったことが、ずっと心にひっかかってました。

なので翌年、また熊本で開催されると聞いた時は、迷わず、すぐに申し込みました。

そして昨年は、大分の変容塾に参加させてもらって、

今年は東京会場と聞き、少し迷いましたけど、やっぱり学びは続けたくて参加してます。

形が無くて見えないモノほど、大切なことだと知ったとしても、
日常に戻ると、いつのまにかまた見えなくなるのです。


長年、身に着いた癖は、てごわいのです。


なので、繰り返し学びながら、いつでもどこでも、

大切なものを見ていられるようになりたいのです。

だから、リアル講義だけのヤマト人の学校へ通うのです。

 
東京ヤマト人の学校、

大阪やまと塾、

随時募集中です。

 

 

東京・四谷で、ついに「ヤマト人の学校」が開校しました。
 
始まりは、主催者・さっちゃんの想いのあふれるホームルームから。
 
驚いたことに・・・・今回!
「リアルで先生に会うのが初めて」という方が大勢いらっしゃいました。
 
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年間コースという大きな一歩を、直感と信頼だけで踏み出した皆さんの行動力には脱帽するばかりです。
 
もともと国を愛し、日々の生活の中でその精神を実践されている方々のようで、
赤塚先生の本や動画に触れ、「本気で学びたい」と集まった皆さんの眼差しに、
受付をしていた私まで背筋が伸びる思いでした。
 
まずは、全員起立しての「君が代」斉唱で厳かに幕を開けました。
 
続いて、ジブリ映画でもおなじみの『カントリー・ロード』を、
さっちゃんがさらにアレンジした校歌斉唱♪ 
 
ウクレレの音色に乗せて、特別なメッセージを響かせます。
 
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永遠(とは)の祈りが御霊(みたま)に響く♪
ヤマト人の手紙を語り継ごう。
カムヤマトイワレビコ(神武天皇)から皇紀三千年へ
 
 あなにやし、えおとめよ~♪
 あなにやし、えおとこよ~♪
 
 
サビのこの部分では、男女別のパートに分かれての合唱。
 
糸川英夫博士の言われる
「日本とユダヤが手をつなぐとき、世界は平安に導かれる」
という願いのこもった魂を揺さぶるひとときとなりました。
 
その後は、新潟の銘酒「あべ」で祝杯。
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昨年、幣立神宮の五色人祭で赤塚先生がご一緒された安倍昭恵さん。
そのご主人である安倍晋三元首相を偲びつつ、
日本の繁栄を願う「弥栄(いやさか)!」の声が響き渡りました。
 
赤塚先生は、古事記や日本書紀に記された「神勅(しんちょく)」を、
ヤマト人として語り継ぐことの大切さを説かれます。
 
特に印象的だったのは、三大神勅の一つ「天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅」のお話です。
 
「皇室がこの瑞穂の国を治め、永遠に栄え、人々が幸せでありますように」という天照大御神の祈り。
 
私たちは、世界で最も長く続く平和な国に生まれながら、
その尊さに少し鈍感になっているのかもしれません。
 
「 愛されていることに気づかない人は、人を愛することができない」
 
「皇室に守られていることに気づかない人は、皇室を愛することができない」
 
国に守られながら、自分の小さなエゴが満たされないことには敏感に反応し、
他国をうらやみ、自国を非難してしまう。
 
そんな現代だからこそ、赤塚先生は
「祖国愛を思い出してほしい」と、優しく、力まずに語りかけられます。
 
歴史を学べば、この国が続いてきた奇跡が見えてきます。
 
その恩を忘れない限り、歴史はこれからも紡がれていく。
 
10年前に出版された本『ヤマト人の手紙』
今こそ、このメッセージをもう一度しっかり伝えたい。
 
これから毎月一章ずつ、私たちは「日本人としての心」を深く学んでいきます。
 
単発参加もありますので、
ご案内させて頂きます。
 
 

 

昨日4月16日から、赤塚高仁先生の「ヤマト人の学校」13回コースが始まりました。

毎月1回通いますので、今朝は、ごあいさつがてらに靖国神社に参拝してきました。

 


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青い空、新緑が目にまぶしい九段下の駅を降りたら、
左手に武道館のてっぺんのギボシの金色が、さらにまぶしく目に入りました。
 
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※ネットより
 
 
あれが、大きな玉ねぎ⁉️
イヤホンで爆風スランプを流しながら歩いてると、
昔、文通が好きだったころ、封筒にこって便箋にシールを貼ったりして
幸せな時間に浸っていたのを思い出します。
 
靖国に眠る英霊の方々、そして特攻隊の若い方たちにも、
そんな青春があっただろうにと、鼻がつーんとしながら坂道を上りました。
 
十六菊花紋の扉の前で、さっちゃんたちと待ち合わせまで、時間があるのでウロウロ。
 
すると、大きな鳥居を過ぎた所の銅像の横に
かわいい制服の女の子たちとお母様方がおられました。
 
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この時期だから入学式?
 
正装したお母様方を見ながらそんな風に見えたので、
ちょうど隣にこられた方に、
 
「今日は入学式ですか」と聞いたら、
「いいえ、送迎です」と・・・驚きました!!
 
 思わず、「毎日ですか?」と聞き直してしまいました。
 
後で聞くと、日本でも有数のお嬢様学校の白百合学園の幼稚園だそうで、
古き良き日本の姿のようでもあり、ここ靖国の空気感とも相まって、背筋が伸びてきました。
 
日本一大きい灯篭のプレートを見たりと、目に入るものがすべて発見の連続で、
その現象に驚きました」!!
 

 

 

 
ここで、さっちゃんたちと合流して、
散り間際の八重桜の下で、自撮りしていたら・・・
 
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「写真を撮りましょうか」と声をかけて下さった方があり、
次に代わって写真を撮り始めたとたん、
突然、風が吹いて花びらが舞い上がって、またまたびっくり!!
 
沖縄から一人で来ていたその若い女性と
花びら舞を見ながら、さっちゃんは彼女にやさしく教えてました。
「英霊さんが喜んでいるよー♪」って。
 
 
そのあと、「ヤマト人の学校」生徒三人が並んで、ニ礼ニ拍手して顔を上げると、
さっちゃんのアンテナがピッ!
 
「なに?なに!」
 
なんと奥の拝殿では、巫女さんが舞をされてるではありませんか!
 
巫女さんきれいだったねーと言い終わるやいなや・・・

再び、さっちゃんアンテナがピッピッ!!
 
 
あわてて、真っ青な空を見上げたら、真っ白な鳩が三羽飛んで来て、
旋回したのです。それも何度も。
 
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この時は、「参拝してくれて、ありがとうー」と鳩さんが言われてたそうです。
 
帰り際、きれいな隊列を組んだ陸海軍の方たちが、歩いてこられました。
とても若い方たちだったので、こちらも入学式だったのでしょうか?
 
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偶然にも、たくさんの美しいものを見せてもらえたので、
とても気持ちの良い参拝となりました。
 
とは言え、さっちゃんガイドがいなかったら、
気づかなかったかも・・・?
 
そして最後は、神宮外苑の八千代食堂で、知覧特攻隊の方々が最期に食べたという
「富屋食堂のとめさんの卵丼」をいただきました。
 
わずか1時間の参拝時間でしたが、あまりに美しく清らかな空間を味わったからでしょうか。
 
卵丼のどこまでも優しい甘さが、じんわりと心に染み入り、
思わず涙がこぼれたのでした。
 
今の平和が当たり前ではないということ、
日本は2685年続く国であるということを、
靖国神社の空の下、美しい景色を通して
英霊さんたちが教えてくれてるようでした。
 
だから、赤塚先生が言われるように、
感謝を忘れずに、いつも喜んでいようと思いますし、
仲間と一緒に「知らないことを知る」ことを喜び、
語り合えることが楽しみでなりません。
 
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日本の魂のガイドである
赤塚先生の「ヤマト人の学校」
 
主催してくれるさっちゃんのお陰で、
学ぶ場所があります。
 
そして仲間が集まってくれたから、分かち合える喜びも知りました。
 
この環境があることに、喜びあふれる2日間でした。
 
ありがとうございました。
 
 

 

 

 

 
 
 
 
 
ログ泊の翌朝、
朝食にいただいたのは伊勢名物の伊勢うどん。
寛子さんの手作りは身も心も温まる、優しくて柔らかいお味でした。
 
今日は、いよいよ12名で伊勢神宮へ向かいます。
 
実はこの日、神宮では20年に一度の「式年遷宮」に向けた大切な行事、
「御木曳(おきひき)行事」と重なったため、本来予定していた私たちの正式参拝は延期となりました。
 
これもまた神計らいですね。
そんな記念すべき日に神宮へ伺えることこそ幸いです。さらに感謝の気持ちが湧いてきます。
 
ところが、まだ一度も参拝したことがない方が、楽しみにされてたので、
 
赤塚先生が持っておられた「御垣内参拝札」
一人だけ特別に参拝できるお札を、その方にプレゼントされたのです。
 
御垣内(みかきうち)は、神様のよりお近くで拝礼する聖域なので、
男性は背広・ネクタイ、女性はスーツや礼服などの正装が基本のルールです。
 
延期と聞いて、ラフな格好で来られていたその方は、
「せっかくの機会なのに...」と落胆されていました。
 
ところが、ここでまた奇跡が起きます。
 
「実は、スーツを持って来てます」という方が現れ、貸してくださることに。
 
驚くことに、服のサイズも靴の大きさも、まるでオーダーしたかのようにぴったりだったのです!
 
神宮の御垣内は一切の撮影が禁止されています。
 
ですが、私たち12人の代表として、神官さんに導かれ玉砂利を踏みしめるその凛としたお姿を、
どうしても記憶に留めたくて……AIの力を借りてイメージを作ってみました。
 

 

※正式参拝はモーニングで・・というご希望でしたので。

 

 

12人の思いを背負って歩く姿を見守りながら、胸が熱くなりました。
 
見事に「ミッションコンプリート」されたその姿は、
まさに神様に祝福されて、清々しさにあふれておられました。
 
 
素晴らしい秋晴れの下、
御木曳祭というおめでたい節目にお参りした後は・・・
 
恒例のおかげ横丁を散策します。
 
お昼ご飯を食べて、お土産の「赤福」を買ってたら、
思いがけず真珠をプレゼントしていただいたりと、
「服」と「福」にめぐまれた、満ち満ちた一日となりました。
 
*************
 
映画「浅田家」の舞台の津の海での一コマ。
 
海の向こうを指さす先生の横には、若き青年2人。
 
ヤマト人への手紙に託された想いが、届きますように♪
 
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その日は、突然の呼びかけから始まりました。
先生からお声掛けを頂き、赤塚ログハウスに集まることになったのです。

参加にあたって出された課題は、

二宮和也さん主演の映画『浅田家!』を観てくること。
「なぜ、この映画が課題なのだろう?」
そんな小さな疑問を抱えたまま、私はログハウスへと向かいました。

映画『浅田家!』は、三重県津市の写真家・浅田政志さんの実話を基にした物語。

実は赤塚先生のご近所のお話でもあるそうです。

 

 

今回は、映画のロケ地も案内して下さいました。


表紙にもある消防署や、お父さんとの会話や200万円のプロポーズのシーンの防波堤。

 

そして津新町駅で、お兄さんお父さんが見送りされた場所。

スクリーンの中で描かれていた家族のやりとりが、

目の前の景色と重なり、じんわりと心に染み入ってきます。
 

 

 

家族とは、違いを認め「応援し合う」こと
映画を観終えて感じたのは、「家族の在り方」の深さでした。
家族といっても、みんな性格も考え方も違います。

けれど、お互いの個性を面白がり、いざという時には全力で支え合い、応援し合う。

「みんな違っていい。でも繋がっている」

そんな、目に見えないけれど確かな絆の形が、そこにはありました。

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ログハウスに集まった方たちと、

海を見て、空に浮かぶ雲と風を感じながら一日過ごし、

居心地のいいログハウスで、美味しいご飯を食べる。

 

そこには、本当に多様な人たちが集まっていました。


達磨大使のような包容力のあるリーダー、

未来を見つめるピチピチの青年、

勢いのあるイケイケ男子。
エプロンをかけて甲斐甲斐しく立ち回る素敵な女性もいる。

そして、その瞬間を逃さずシャッターをきる記録係もいてくれる。

知覧や靖国への熱い想いを語る人がいれば、

修養団での掃除の苦労を分かち合う人もいる。

子育てに奮闘中の方からの言葉には、

ハッとさせられるような深い学びもありました。

住む場所も、年齢も、歩んできた道もバラバラです。
同じ「ネズミ年」だねと笑い合っても、

一回りも二回りも年が違えば、それはもう親子のようなもの。

けれど、ここでは不思議なほど自然な一体感が生まれていました。
理屈抜きに直感で集まった仲間たちは、

もう「友人」という枠を超えて、一つの「家族」のような空気だったのです。
 

そう・・・ログハウスで感じたのは、
 

「ヤマト人」という名の家族でした。

  

 

 

 

 

 

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さて、いよいよスタートします。


赤塚先生からの「ヤマト人の手紙」をリアルに受け取り、

家族のような絆を育んでいく場所です。

大阪ヤマト塾、

東京ヤマト人の学校。


この「ログ家族」のような温かな繋がりを広げていきたいと思っています。

 

 

今月から始まるヤマトこころの学校の教科書「ヤマト人への手紙」に、
心を打つ一通の手紙が紹介されています。

 

それは・・・
硫黄島の戦いで散華された市丸中将が、
アメリカ大統領へ宛てて書かれた手紙です。

 

この手紙は、戦後、アメリカの大手新聞に全文が掲載され、
さらに現在もなお、ナポリスにあるアメリカ海軍兵学校の博物館に、
大切に保管・展示されているそうです。

 

その内容のあまりの深さに、
「市丸中将とは、どのような方だったのだろう」と、
思わず調べてみました。



 

すると驚いたことに、
市丸中将は、佐賀県唐津のご出身だったのです。

主人の祖母も唐津の人で、
子どもの頃は毎年、唐津の海で過ごしていたと聞いています。

私たち家族もまた、
唐津シーサイドホテルに何度か足を運び、
あの穏やかで美しい海に触れてきました。

 

その唐津の海に育まれた市丸中将は、
優秀な航空士官として活躍されましたが、
飛行訓練中の大事故により瀕死の重傷を負います。

それでも三年に及ぶ療養の末、奇跡的に復帰し、
やがて予科練の育ての親として多くの若者を導かれました。

 

そして昭和19年、
硫黄島の司令官として赴任されます。

――その最期の時を前にして、
書き残されたのが、この一通の手紙です。

 

✼••┈┈••✼••┈┈••✼••

 

「ルーズベルトニ与フル書」
(やさしい現代語訳)
 

日本海軍・市丸少将が、アメリカ大統領ブランクリン・ルーズベルト殿に宛てて、
次のような手紙を残しました。


私は今、硫黄島での戦いを終えようとするにあたり、

一言あなたに伝えたいことがあります。

 日本がペリーの来航をきっかけに世界と広く国交を結んでから約百年。
その間、日本は自ら望んだわけではなく、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、
満州事変、支那事変と、次々に戦いに巻き込まれ、ついには不幸にも貴国と交戦す
ることとなりました。

あなた方は「日本人は好戦的だ」「黄色人種の脅威だ」「軍閥の独断だ」と言う。

しかしそれは的外れであり、実際には、日本は自滅を避けるために、追い詰められ
て戦わざるを得なかったのです。

あなたも本当は、その事情をよく知っているはずです。

日本の天皇は、神武天皇以来の建国の大詔にあるように、「八紘一字」の理想を大切にされています。
それは、すべての人がそれぞれの土地で仲良く暮らし、世界に平和が広がることを
願うものでした。

この思いは、かつて日露戦争の最中に詠まれた明治天皇の御製にも表れています。

四方の海 皆はらからと 思ふ世に
など波風の 立ちさわぐらむ


この歌は、あなたの叔父であるセオドア・ルーズベルト大統領をも感動させたものです。

私たち日本人は、それぞれの立場でこの「天の業」を助けるために生きています。
 

軍人もまた、武器を手に、その役割を担っています。
いま私たちは、物量にまさる貴国の爆撃や艦砲射撃にさらされていますが、心はむ
しろ晴れやかで、信念に満ちています。
 

なぜなら、これは日本国民の共通の想いだからです。
しかし、あなた方やチャーチル氏には、この心が理解できないかもしれません。

あなた方は、白人、特にアングロサクソンの利益を守るために、有色人種を従わせ
てきました。
巧みに騙し、考える力を奪い、無力にしてきたのです。

日本は、東洋民族をそうした束縛から解き放とうとして立ち上がりました。
けれどあなた方は、日本を野蛮な国と決めつけ、日本人種の絶滅さえ口にしました。

それは、あなた方の神の望みといえるのでしょうか。

もし、大東亜共栄圏という考え方が実を結び、

それぞれの民族が互いに尊重し合って暮らせる世界が築かれれば、

その平和のしくみを大切に守っていくこことで、

世界に永く続く平和が訪れると、私は信じています。

あなた方白人はすでに大いなる繁栄を得ています。
それなのに、なぜ他民族の希望を摘み取ろうとするのでしょうか。
 

東洋のものを東洋に返すだけのことなのです。
大東亜共栄圏は、あなた方を否定するものではありません。
むしろ、世界平和の一翼を担うものです。
日本天皇の願いは、ただそれだけなのです。
どうかそれを理解していただきたい。

第一次世界大戦後、敗戦国ドイツに過酷な条件を押しつけたことが、

ヒトラーを生んだ大きな原因となったことも否めません。

あなた方がヒトラーを倒したとしても、その後、

スターリン率いるソ連とどう協調していくのですか。

もし「強い者だけが世界を支配する」という考えが続くなら、

争いは永遠に繰り返され、真の平和は訪れません。

いま、あなた方は世界制覇を果たそうとして得意になっているでしょう。
しかし、かつてのウィルソン大統領は、その絶頂の中で失脚しました。

どうか私の言葉に込められた思いを汲み取り、

その道を繰り返さないよう願っています。

市丸海軍少将
 

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知らないことがたくさんあります。

 

感動するお話を知ったからには、誰かに届くことを願い、

書き残していきたいと思います。

 
今朝の音読会ルームは、長崎・雲仙の神社のお話で大いに盛り上がりました。
 
雲仙岳の麓に坐す、岩戸神社⛩️
御祭神は、あの木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)の姉君である岩永姫(イワナガヒメ)

 

 

「屋久島まで行かなくても、長崎で充分。それほど素晴らしい場所だった」
と、実際に屋久島を訪れたこともあるとっしーさんの体験コメントでした。
 
豊かな磐座(いわくら)🪨、木々🌲、そして清らかな水💧……。
その心地よさが画面越しにも伝わってくるようでした。
 
そんな「ナガサキ」の岩ナガ姫のお話から、
昨日朝9分間の赤塚高仁先生のメッセージにつながっていきました。
 
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かつて日本は、文字こそ持たなかったものの、どこよりも長く平和に暮らし、
言葉に魂が宿る「言霊(ことだま)の幸わう国」でした。
天照大神の時代から、私たちヤマト民族が大切に受け継いできた生き方。
それは、「ナガタ・ナガサキ」という、とてもシンプルな二つの教えです。

 
赤塚先生が伝えてくださったのは・・・
 
一つ、ナガタ(汝が楽)という生き方
 
「ナ」は汝(なんじ=あなた)、 「タ」は楽しい。
 
つまり、「あなたが楽しいと思ってくださることが、私の幸せです」いう意味。
自分の楽しみよりも、まず相手の楽しみを思いやる。
そうして生きることで、不思議と自分自身も喜び、栄えていく。そんな利他の循環です。
 
 
二つ、 ナガサキ(汝が幸)という生き方
 
自分よりもに、あなたのせを願うこと。
「何か私でお役に立つことがあれば嬉しい」と、常に相手を気遣い、行動すること。
 
二つとも、共通しているのは「お先にどうぞ」という譲り合いの精神ですね。
 
 
ふと、自分自身に問いかけてみました。
 
これまで出会った人々……
親、夫、兄弟、子供、友人、そして仲間たち。
 
私はどれほど、その人たちを楽しくさせてあげられただろうか?
 
どれだけの人を幸せにできただろうか。
どれだけの人に、希望や生きる力を与えられただろうか。
 
 

 

 

 
相手を思いやり、念じて行動すること。
それを昔の人は「ナガタ・ナガサキ」と呼んだのですね。
 
 
そして、今朝8時過ぎ・・・
人類の月面探査をめざす「アルテミス計画」、
宇宙船がちょうど月の裏側を通るタイミングに、このメッセージとつながった不思議。
 
「自分よりも、まずあなた」
このナガタ・ナガサキという生き方こそが、この宇宙の法則なのかもしれません。
 
今日という一日を、私も「ナガタ・ナガサキ」の精神で歩んでいきたいと思います。