1.事件の内在的な把握

多くの国民は、今回の内閣総理大臣による日本学術会議の任命拒否事件について、感情論で左右されているきらいがあります。

 

しかしながら、本来、この事件では、「学問の自由」だけを根拠に結論を判断することのできない内実を有しているように思われます。

 

すなわち、学術会議の会員が、いわゆる「公務員」である場合には、公務員の選任権については、その採用権者に、一定の裁量を有するものであり、それと学問の自由のバランシングが極めて顕著に表れている事案であります。

 

天秤でいうところ、左の皿には、学問の自由、右の皿には、公務員の選任権、が乗っているイメージです。

 

学問の自由に関連した判例として、東大ポポロ事件と旭川学力テスト事件がありますが、今回はそのいずれの射程にある事案とは言い難いように思われます。

 

また、任命拒否が違法という論調もありますが、上記のような”比較衡量”が必須である上、単に学問の自由だけを根拠に違法性を論じることは失当ではないでしょうか(多くの論調は、違法というよりも内実として不当性を論じるもので、その根拠は、学問の自由以前に、政治的裁量の不当性を論じるものが多いように見受けられます。)。

 

2.試験では…

さて、本件のような事案が公法科目で出題された場合、実に難しい論点となることでしょう。憲法的にみても、上記のように学問の自由と公務員選任権との対立を把握した上、多くの判例を参考に、適切な審査基準を導出する必要があります。

 

行政法としてみても、拒否に係る6名がいかなる訴訟形態で提起できるか(仮の救済も含め)、その利益はあるかなど、また本案に関しても政治的・専門技術的な裁量の意義、内閣総理大臣の裁量権の逸脱・濫用など論ずるべき点は多岐にわたります。

 

こんな問題が出された場合には、”解けそうで解きにくい問題”となり、多くの受験生を悩ませること間違いないと思われます。