「今世が苦しいのは、前世で悪いことをしたからだ。」
この言葉は、説明としては便利です。
でも私は、これは人を救わない思想だと思っています。
むしろ静かに、人を壊していきます。
なぜなら...
苦しみを「前世の罰」にした瞬間、
いま生きている人生は「刑罰」になります。
そして人は、どこまでも自分を裁くようになる。
つらい出来事が起きる。
人間関係が壊れる。
病気になる。
お金がなくなる。
孤独になる。
そのたびに「これは前世の報いだ」と結論づけてしまうと、
心はこう動きます。
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私は罰を受けて当然だ
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私は汚れている
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何をしても許されない
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幸せになる資格がない
この回路は、反省ではありません。
罪悪感の永久機関です。
回せば回すほど、人生は重くなります。
ここでひとつ、確認したいことがあります。
前世がある/ない、の議論をしたいのではありません。
私が言いたいのはもっと単純です。
前世を理由に、あなたを罰する必要はない。
そして、あなた自身が自分を罰する必要はない。
「罰」で説明すると、人生から“出口”が消える
罰という考え方には、特徴があります。
それは、出口がないということです。
罰の世界では、苦しみは「意味」ではなく「処分」です。
処分である以上、基本的に減刑の判断は外側にある。
つまり、人は無意識にこう感じ始めます。
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私には選択権がない
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私の人生は管理されている
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何かに許されない限り救われない
これが、宗教思想が人を縛る核心です。
恐怖よりも深いところで、無力感を植え付けます。
そしてこの無力感は、
「徳ポイント制」ととても相性がいい。
罰が怖い。
だから徳を積む。
でも心の底には恐怖がある。
恐怖の波動は消えない。
行動が善くても、内側は救われない。
この循環が、人生を静かに削っていきます。
私の結論:人は“罪滅ぼし”のために生まれてこない
私はこう考えています。
ヒトは、何かの目的や流れを持って生まれてきます。
前世の罪滅ぼしのために生まれてくるのではありません。
少なくとも「あなたが苦しいのは罰だ」と決める必要はない。
もしあなたが今、苦しいなら、
それはあなたが悪いからではなく、
あなたが裁かれているからでもなく、
ただ “いまの人生の中で起きている現実” です。
向き合うべきものは、過去の見えない裁判ではありません。
今の自分の内側で何が起きているか。
そこだけです。
波動の視点:行動より先に、内側がある
ここで、私の前提を置きます。
宇宙は波動でできている。
世界は、波動が作り出す。
この視点に立つと、順番が逆転します。
「良い行いをすれば、良い波動になる」
ではなく、
良い波動の結果として、良い行いにつながる。
だから、前世の罪を探して悩むより、
徳の点数を増やそうと焦るより、
いま出している波動を見直すほうが早いです。
そして、波動を変えられるのは、基本的に自分だけです。
(例外として、死後120日間の話は別の記事で扱います)
まとめ
「前世の罰」という思想は、
苦しみを理解したような気にさせながら、
実際にはあなたから 選択権 を奪います。
私は、輪廻は「転生」ではなく「選択」だと捉えています。
来世があるとしても、
それは裁かれる場所ではなく、
自分の波動が続く場所。
ならば私たちが見るべきものは、
前世の罪ではなく、
今日の波動です。
Sealed with LOVE❤️
