私は、嫌な出来事や嫌な人物のことを、
心の中で 「ぼ」 と呼んでいます。
嫌な出来事が浮かんできた時。
嫌だった人の顔が浮かんできた時。
過去に言われた言葉を思い出した時。
怒りや悔しさが出てきた時。
その時に、
「あ、また『ぼ』が出てきたな」
と思うようにしています。
なぜ、わざわざ「ぼ」と呼ぶのか。
それは、
個別の名前を思い出さないためです。
個別の顔を思い出さないためです。
個別の嫌な出来事を、
頭の中で具体的に再生しないためです。
嫌な人物の名前を思い出す。
顔を思い出す。
言われた言葉を思い出す。
されたことを思い出す。
そうすると、
脳の中でその人物や出来事が、
はっきりと具体化してしまいます。
具体化すると、
感情が動きます。
怒りが出る。
悔しさが出る。
悲しみが出る。
恨みが出る。
心の中で何度も言い返したくなる。
そして、その感情が波動になります。
だから私は、
嫌な人物や嫌な出来事を、
できるだけ具体化させないために、
すべてまとめて「ぼ」と呼ぶことにしています。
🔹「ぼ」に意識を向けると、「ぼ」が人生に登場し続ける
嫌な人物や嫌な出来事に、
何度も何度も意識を向けていると、
その波動をずっと出し続けることになります。
「あの人が許せない」
「あの時のことが忘れられない」
「あの言葉が今でも腹立たしい」
「あの出来事のせいで人生が狂った」
そう思い続けていると、
体は今ここにあっても、
心はまだ過去の場所にいます。
そして、
その怒りや悔しさの波動をまとったまま、
次の人生へ進もうとしてしまう。
すると、
また似たような「ぼ」が、
ストーカーのように人生に現れてくることがあります。
これは、私自身の経験からも強く感じています。
過去の嫌な人間関係に意識を向け続けると、
その波動をまとったまま生きることになります。
その波動が、
また似たような現実を映し出すことがある。
だから私は、
はっきり言うようにしています。
私のこれからの人生に、「ぼ」は登場させない。
「ぼ」に意識を向けない。
「ぼ」にエネルギーを注がない。
「ぼ」を人生の中心に置かない。
これが、とても大切だと思っています。
🔹無理に許さなくていい
嫌な出来事や嫌な人物を手放す方法として、
よく言われることがあります。
自分を成長させるきっかけを作ってくれた。
だから感謝しましょう。
相手を許しましょう。
過去に感謝して手放しましょう。
たしかに、
それができる人もいると思います。
心の器が広く、
深い理解を持っている人は、
本当にその方法で許し、手放せるのかもしれません。
私も試したことがあります。
でも、私には無理でした。
どうしても許せないことがありました。
どうしても感謝できない人がいました。
感謝しようとしても、
心の奥では無理をしていました。
許したふりをしても、
本当は怒りが残っていました。
そして、無理をしていると、
結局その「ぼ」の波動を身にまとったままになってしまいます。
ここは、とても気づきにくいところです。
表面的には、
「許しました」
「感謝しています」
と言っていても、
心の奥ではまだ怒っている。
まだ恨んでいる。
まだ納得していない。
まだその人のことを何度も思い出している。
これでは、
波動は切り離されていません。
だから私は、
無理に許さなくていいと思っています。
無理に感謝しなくていいと思っています。
大切なのは、
自分に嘘をつかないことです。
そして、
「ぼ」を自分の人生の中心から外すことです。
許せなくてもいい。
感謝できなくてもいい。
ただ、
これからの人生に「ぼ」を登場させない。
そのために、
「ぼ」に意識を向け続けない。
私は、その方が現実的だと思っています。
🔹「ぼ」は悪口ではない
ここで一つ大切なことがあります。
「ぼ」と呼ぶのは、
相手に向かって言うためではありません。
本人に向かって、
「ぼ」と呼ぶのは違います。
それは人間関係を悪化させるだけです。
「ぼ」は、あくまで心の中で使う言葉です。
自分の脳の中で、
嫌な人物や嫌な出来事を具体化させないための言葉です。
悪口ではありません。
相手を攻撃するための言葉でもありません。
むしろ、
自分の心を守るための言葉です。
名前で呼ぶと、
その人が脳の中で具体化してしまいます。
顔が浮かびます。
声が浮かびます。
言われた言葉が再生されます。
その時の怒りや悔しさも戻ってきます。
だから、名前で呼ばない。
全部まとめて「ぼ」にする。
嫌な人物も、嫌な出来事も、
全部「ぼ」。
そうすると、
脳はどの「ぼ」なのか判断しにくくなります。
しかも、「ぼ」という響きは少し間が抜けています。
少し笑えます。
重くなりすぎない。
これも大事です。
嫌な人物を心の中で大きく扱うと、
その人物の存在感がどんどん大きくなってしまいます。
でも、
「また、ぼが出てきたな」
と思うと、少し力が抜けます。
ただの「ぼ」です。
あなたのこれからの人生にとって、
「ぼ」なんかどうでも良いのです。
🔹木ではなく、森を見る
「ぼ」を処理する方法として、
私は二つのイメージを使っています。
一つ目は、
森を見る
という方法です。
過去の嫌な出来事や、
嫌な人物が具体的に浮かんでくることがあります。
その一つひとつは、
いわば「木」です。
あの人の顔。
あの時の言葉。
あの場面。
あの悔しさ。
あの怒り。
あの失敗。
あの屈辱。
それらは一本一本の木です。
でも、その木に焦点を合わせると、
一気に感情が動きます。
怒りが戻る。
悔しさが戻る。
悲しみが戻る。
心の中で何度も再生してしまう。
だから、木が出てきたら、
「あ、木にフォーカスしている」
と気づきます。
そして、焦点を広げます。
一本の木ではなく、
森を見る。
ピントをぼやかして、
ぼやっとした木の集合体として見る。
一つひとつの出来事や人物を、
はっきり見ない。
名前をつけない。
顔を見ない。
言葉を再生しない。
ただ、過去全体を森のように見る。
そうすると、
個別の「ぼ」に向かっていた意識が、
少し広がります。
焦点が外れます。
感情が少し弱まります。
これは、
嫌な出来事や人物から、
意識の焦点をずらすための方法です。
🔹さなぎドロドロとして見る
二つ目は、
さなぎドロドロ
として見る方法です。
私は、自分をさなぎの状態だと考えることがあります。
さなぎの中では、
古い形が一度ほどけ、
新しい形へと組み替わっていくと言われています。
その中には、
過去の嫌な出来事も、
嫌な人物も、
後悔も、
怒りも、
悔しさも、
全部入っています。
それらが、
さなぎの中でドロドロになっている。
このドロドロは、
失敗ではありません。
これから美しい蝶になるための、
トランスフォーメーションの段階です。
だから、具体的な嫌な出来事や、
嫌な人物が浮かんできた時、
私はこう言います。
さなぎドロドロ。
そして、
「ぼ」をドロドロに溶かしてしまうイメージをします。
その人物の顔をはっきり見ない。
その出来事を再生しない。
その言葉を追いかけない。
ただ、
さなぎの中でドロドロに溶けていく。
古い波動が、
新しい波動へ組み替わっていく。
そうイメージします。
この時、大切なのは、
「ぼ」に感謝することではありません。
「ぼ」を許すことでもありません。
自分に感謝することです。
私は、今、生きている。
いろいろなことがあったけれど、
それでもここまで生きてきた。
過去の嫌な出来事も、
嫌な人物も、
全部さなぎの中でドロドロになっている。
そのドロドロの中で、
私は今、新しい自分へ変わろうとしている。
だから、
今ここにいる自分に感謝する。
自分に感謝することで、
結果的に過去全体の波動が変わっていきます。
無理に「ぼ」に感謝しなくていい。
でも、
その「ぼ」を含めた過去を通って、
今ここにいる自分には感謝できる。
これなら、
無理が少ないと思っています。
🔹現在進行形の「ぼ」に苦しんでいる場合
過去ではなく、
現在進行形で「ぼ」に苦しんでいる方もいると思います。
職場に嫌な人がいる。
家族の中に苦しい相手がいる。
毎日顔を合わせなければならない。
距離を取りたくても、
すぐには離れられない。
これは、本当に辛いことです。
本当は、
その場から離れるのが一番良い場合もあります。
心や体が壊れそうなほど辛いなら、
離れること、辞めること、距離を取ることは、
大切な選択肢です。
ただ、現実には、
すぐに離れられない人も多いと思います。
その場合は、
心の中でその対象人物を「ぼ」と呼びます。
もちろん、本人に向かって言うのではありません。
心の中だけです。
名前で呼ばない。
顔を強く思い浮かべない。
その人を脳の中で具体化させない。
「また、ぼが何か言っているな」
「ぼが反応しているな」
「ぼが登場してきたな」
このくらいにします。
これは、相手を馬鹿にするためではありません。
自分の心を守るためです。
名前で呼び、顔を思い出し、感情を強く乗せると、
その人物が自分の脳の中で大きくなります。
すると、実際に会っていない時間まで、
その人に支配されてしまいます。
だから「ぼ」にする。
具体化させない。
感情を乗せすぎない。
自分の心の中心に入れない。
これが大切です。
🔹「ぼ」には淡々と対応する
現在進行形の「ぼ」に対しては、
心の中で大きく反応しないことです。
現実的に必要なやり取りは、
できるだけ淡々と、
必要最低限で行う。
でも、心の中心には入れない。
いちいち反応しない。
いちいち怒らない。
いちいち傷つきにいかない。
いちいち意味を考えすぎない。
反応すればするほど、
「ぼ」を自分の人生に登場させることになります。
「ぼ」がキツく当たってくるのは、
「自分に非があるからだ。」
「自分が悪いから、
こんな扱いを受けるのだ。」
そう考える必要はありません。
もちろん、
自分の言葉や態度を振り返ることは大切です。
けれど、
何でもかんでも自分のせいにしなくていい。
「ぼ」は「ぼ」です。
あなたのこれからの人生の中心に、
置く必要はありません。
「ぼ」に対しては、
できるだけ淡々と。
必要な対応だけをして、
心の中では距離を取る。
それと同時に、
次のステージへ移る準備を進めることも大切です。
転職の準備。
相談すること。
距離を取ること。
住む場所や働く場所を見直すこと。
自分の選択肢を増やすこと。
「ぼ」に耐え続けることが目的ではありません。
「ぼ」に自分の人生を支配させないことが目的です。
🔹危険な「ぼ」には現実的な対応も必要
ただし、ここは大切です。
心の中で「ぼ」と呼ぶ方法は、
嫌な人物や嫌な記憶にエネルギーを注がないための方法です。
けれど、
現在進行形で強いハラスメント、暴力、脅し、支配、危険がある場合は、
心の中で「ぼ」と呼ぶだけで耐え続ける必要はありません。
距離を取る。
信頼できる人に相談する。
記録を残す。
職場なら、相談窓口や外部機関を利用する。
必要なら、環境を変える。
安全を確保する。
現実的な対応も大切です。
波動を整えることと、
現実的に身を守ることは、
どちらも大切です。
「ぼ」と呼んで耐えることが目的ではありません。
自分の人生を取り戻すことが目的です。
🔹「ぼ」に反応しないことは、練習になる
嫌な出来事や嫌な人物を「ぼ」に変換することは、
否定的なものに意識を向けない練習にもなります。
私たちは、どうしても嫌なものに反応してしまいます。
嫌な言葉。
嫌な態度。
嫌な記憶。
嫌な人物。
嫌な出来事。
そこに反応し、
感情を動かし、
何度も思い出し、
何度も頭の中で再生してしまう。
けれど、そのたびに、
その波動にエネルギーを注いでいます。
だから、
「ぼ」と呼ぶ。
具体化しない。
大きくしない。
人生の中心に置かない。
これは、
否定的な波動を選ばない練習です。
悪い気分になる思考に気づき、
その思考を採用しない練習です。
「ぼ」が出てきた時に、
反応しない。
「ぼ」にエネルギーを注がない。
「ぼ」を追いかけない。
これを繰り返すことで、
少しずつ心の向きが変わっていきます。
そして、心の向きが変われば、
波動も変わっていきます。
🔹まとめ
私は、嫌な出来事や嫌な人物を、
心の中で「ぼ」と呼んでいます。
名前を思い出さないため。
顔を思い出さないため。
嫌な記憶を具体化させないため。
そして、
その波動にエネルギーを注がないためです。
「ぼ」に意識を向け続けると、
また「ぼ」が人生に登場しやすくなります。
だから、断ち切る。
私のこれからの人生に、
「ぼ」は登場させない。
無理に許さなくていい。
無理に感謝しなくていい。
でも、
「ぼ」を人生の中心に置かなくていい。
嫌な記憶が出てきたら、
木ではなく森を見る。
個別の出来事や人物に焦点を合わせず、
全体としてぼやかして見る。
どうしても湧き上がってくる時は、
「さなぎドロドロ」として見る。
古い波動が出てきただけ。
今の自分とは関係ない。
これから新しい波動へ組み替わっていく途中。
そうやって、
「ぼ」をドロドロに溶かしていく。
現在進行形の「ぼ」に対しては、
心の中では具体化させず、
現実では必要最低限、淡々と対応する。
危険がある場合は、
我慢せず、現実的に身を守る。
大切なのは、
「ぼ」に自分の人生を支配させないことです。
過去の嫌な人物や出来事のせいで、
これからの人生を台無しにするほど勿体ないことはありません。
あなたのこれからの人生にとって、
「ぼ」なんかどうでも良いのです。
未来は、
「ぼ」ではなく、
今のあなたの波動に向かってやって来ます。
だから、
「ぼ」にエネルギーを注がず、
今の自分の波動を選び直していけば良いのです。