慈永さんのブログ

慈永さんのブログ

心が疲れたときに、お役に立てましたら。  (^^)/

「郷」に入っては、

 

「郷」に従え。

 

 

なんて、昔からいいますが、

 

 

この言葉が当たり前になって

 

いたら、気をつけたいこと。

 

 

世の中は諸行無常。

 

 

自分がいる、

 

その「郷」そのものが、

 

いつのまにか、

 

変わっていることだってある。

 

 

「郷」が変われば、

 

従うべき道理の姿も変わる。

 

まずは、それを問い直す。

 

 

感謝、合掌

慈永




この世の中は、

 

「思い込み」だらけ。

 

 

正直がやさしさとは限らない。

 

沈黙が拒絶とは限らない。

 

丁寧が敬意とは限らない。

 

謝罪が反省とは限らない。

 

笑顔が好意とは限らない。

 

やさしさが愛とは限らない。

 

共感が同意とは限らない。

 

助言が正解とは限らない。

 

努力が報われるとは限らない。

 

失敗が無駄とは限らない。

 

変化が成長とは限らない。

 

安定が安心とは限らない。

 

便利が安全とは限らない。

 

常識が真実とは限らない。


 

 いま、

 

わたくしに観えているものは、

 

果たして、事実か、

 

わたくしの思い込みか。


 

一呼吸、置く。

 

そして、もう一度観る。

 

 

感謝、合掌

慈永



「コミュニケーション」

 

では、

 

「受け止める」

 

「受け容れる」

 

2つの手順が大切なのです。

 

 

例えば、

 

「受け止める」とは、

 

相手の話をさえぎることなく、

 

一旦、その言い分をよく聞く、

 

ということ。

 

 

一方、

 

「受け容れる」とは、

 

言い分をよく聞いた上で、

 

安易におもねることなく、

 

よーくよく考えて、

 

自分が決める、

 

ということ。

 

 

受け止めても、

 

自らの意思を持って、

 

受け容れないと決める。

 

 

受け止めをすっ飛ばして、

 

よく考えもせずに、

 

断じたりはしない。

 


「コミュニケーション」

 

では、

 

「受け止める」

 

「受け容れる」

 

2つの手順が大切なのです。

 

 

感謝、合掌

慈永



「重石」とは、

 

わたくしの自由を奪うことが

 

ある。

 

 

「重石」とは、

 

わたくしが流されないように

 

しっかりと支えてくれること

 

もある。

 

 

片方だけからは観えない、

 

そういう「まこと」がある。

 

 

「奪う」と「支える」の間に、

 

立ち上がるもの。

 

 

それを観抜く力、

 

それが、「心眼」。

 

 

感謝、合掌

慈永



「過去」の直線上に「現在」があり、

 

「現在」の直線上に「未来」がある。

 

 

みんな、

 

そう思っているでしょ?

 

 

でも、実際には、

 

 

「過去」の受け取り方には、

 

複数の選択肢があり、

 

「現在」から「未来」にも、

 

複数の選択肢がある。

 

 

だからね、

 

「未来」はいつだって変えられる。

 

「過去」でさえ、解釈が変われば、

 

「現在」の在り方を変えられる。

 

 

選べるのは、

 

いつだって、

 

「現在」。

 

 

感謝、合掌

慈永



「丁寧」には、

 

本来、

 

出し分けというものはないの

 

です。

 

 

相手の「立場」ではなくて、

 

相手の「尊厳」を大切にする。

 

 

それでも、

 

「丁寧」を使い分ける、

 

そういうひとは多い。

 

 

上司や先輩には、丁寧に。

 

部下や後輩には、ぞんざいに。

 

 

お取引先には、丁寧に。

 

タクシーの運転手さんには、

 

ぞんざいに。

 

 

ひとには、丁寧に。

 

ものには、ぞんざいに。

 

 

ね、

 


「丁寧」には、

 

本来、

 

出し分けというものはないの

 

です。

 

 

感謝、合掌

慈永



「あの作法はわたしに合わない」

 

「この作法はおかしいと思う」

 

 

みなさん、

 

いろいろおっしゃいますが、

 

 

そもそも、

 

「作法」には、

 

「これが一番」、「これが正解」、

 

というものはない。

 

 

だからこそ、

 

「作法」というものは、

 

磨き上げられ、

 

いくつもの形を成してきた。


 

 

「作法」とは、

 

正しさを競うものではなく、

 

相手と場の安心を高める、

 

そのための創意工夫。

 

 

正解より、安心。

 

 

そう、心得ておくことです。

 

 

感謝、合掌

慈永



「調和」とは、

 

「まわりとうまくやっていく」、

 

ということ。

 

 

「まわりとうまくやっていく」

 

とは、

 

「自分のまわりのすべて」。

 

 

世の中の流れも含めて、

 

波風立てないではなくて、

 

折り合いをつける。

 

 

「自分のまわりのすべて」

 

とは、

 

自分でコントロールできない

 

ものも自ずと含まれる。

 

 

だから、

 

「うまくいかない」と感じる時

には、

 

ただ、

 

「反発」するのではなくて、

 

「自分のまわりのすべて」

 

と調和する道を探る、

 

ということ。

 

 

守るべきは、「願い」。

 

手放すのは、「やり方」。

 

 

日和らない、

 

でも、

 

押し通さない。

 

 

感謝、合掌

慈永



いつだって、

 

ひとは変われる、

 

というわけです。

 

 

常に良い方向へと変われる、

 

とは限りません。

 

 

良くない方向へと変わること

 

もできる。

 

 

大切なことは、

 

「どういう環境に自分を置いて

いくのか?」

 

ということ。

 

 

環境とは、「身、口、意」。

 

 

身、どこに身を置くか?

 

口、どんな言葉を使うか?

 

意、何を大切に生きるか?

 

 

昨日までのわたくしは、

 

今日のわたくしではない。

 

 

今日のわたくしは、

 

明日のわたくしではない。

 


「どういう環境に自分を置いて

いくのか?」

 

 

それが人生を左右する。

 

 

よーくよく、

 

心得ておくことです。

 

 

感謝、合掌

慈永