慈永さんのブログ
「いい人生だった」
そう言って旅立ちたいならば、
今日を疎かにしないことです。
ひとは、いつ召されるのかは、
誰にも分からない。
今日を疎かにしているひとが、
今日、召されたとするならば、
必ずや後悔が残るのです。
人生とは、毎日の積み重ね。
今日という日を疎かにしない、
ということなのです。
感謝、合掌
慈永
生きるほどに分かること。
生きるほどに分からなくなる
こと。
そう簡単に
人生の答えは出なくとも、
今日を乗り越える力があれば
それだけで救われる日もある。
何とかなりますよ。
必ず、
何とかなります。
感謝、合掌
慈永
「困る」ということは、
そこに「解決の希望がある」、
ということなのです。
えっ、
どういうことですか?
考えてみてください。
例えば、
いつ自分の寿命が尽きるのか、
それがわからないとしても、
わたしたちは困っていません。
つまり、
どうやっても解決できない、
本当にどうしようもない事柄
だとするならば、
わたしたちは困ったりなどは
しない、というわけです。
「困っている」からこそ、
解決ができるかもしれない、
ということ。
「困る」ということは、
そこに「解決の希望がある」、
ということなのです。
感謝、合掌
慈永
「頑張る」とは、
「頑固」を「張る」と書く。
あのね、
いつもいつも、
頑張らなくてもいいの。
そんなことばかりしてると、
疲れちゃうからね。
大切なことは、
無理に頑張らなくても、
納得できる一日を過ごせると
いうこと。
感謝、合掌
慈永
若いうちは、「足し算」、
歳を重ねたら、「引き算」。
人生が拡がるひとは、
「足し算」上手。
人生が軽やかなひとは、
「引き算」上手。
いつまでも同じじゃないの。
ちゃんと使い分けること。
感謝、合掌
慈永
「ひとの素晴らしさ」
というものは、
他人と比べなくなった時、
はじめてわかってくるのです。
感謝、合掌
慈永
「あの時にこうしていれば」と、
過去に心を縛られる日がある。
けれど、
どれほど悔やんでも、
過去という日は戻ってこない。
過去に学ぶことは大切ですが、
本当に大切なのは、
その学びから、
「今日」をどう生きるかです。
未来は、まだ決まっていない。
だからこそ、
「今日」をどう生きるかが、
残りの人生をつくっていく。
「今日」とは、
残りの人生の最初の日です。
感謝、合掌
慈永
あらゆることが、
何らかの理由を以って起きる、
それが「因果」です。
「因果」の難しいところは、
目先のためだけに起きる時と、
将来を見据えて起きる時との、
二通り。
特に、
将来を見据えて起きる時は、
理由がさっぱりわからず、
「何故こんなことが起きるのか」
と天を呪いたい気持ちになる。
今、この時は、
理解できないかもしれないが、
いつか必ずわかる日がくる、
ということ。
「すべては、必然」
そう心して、
覚悟を決めて生きることです。
感謝、合掌
慈永
「転機」にはね、
「転」ぶ、
という字が入ってるでしょ。
人生は、
思い通りにいかずに、
転ぶことだってある。
でもね、
転んだからと言って、
それが必ず「転機」になる、
というわけじゃないの。
転んだあとに、
くさるのか、
学ぶのか、
向きを変えるのか。
その違いこそが、
「転機」になっていく。
痛かったことも、
悔しかったことも、
無駄ではなくなっていく。
すぐに前向きになれなくても
いいから、
腐り切らない、
ということ。
感謝、合掌
慈永
人生は、
どんな順番で考えるのかで、
ずいぶん形を変えるものです。
欲しい、欲しい、
認めてほしい、返してほしい、
そうしている限り、
心はいつも飢えてしまう。
けれどね、
まずは、わたくしから労う。
まずは、わたくしから信頼する。
そして、わたくしから先に動く。
媚びることでもない。
我慢を重ねることでもない。
自分を低く見ることでもない。
わたくしが先に、
善きものを差し出して生きる。
そういう生き方もあるのです。
そうして生きるうちに、
ご縁も、信頼も、
少しずつ、育っていく。
そして何より、
その順番が、
わたくし自身の心の景色を
変えていくのです。
感謝、合掌
慈永

