担当:みゆ
Q&A
Q1 年ごとの曲調の変化はあったのか
A1 これはトップ10以内の楽曲の話ではありますが、1975年ではフォークソング、歌謡曲が主であり、演歌は少なくなり始めましたが、この年の一位は演歌であったので、さほど変化はありませんでした。76年になるとニューミュージックが台頭し、アイドル歌謡曲も増加しました。ここには前年より6組多くアイドルがデビューしたり、テレビ番組が10番組以上増加したことが挙げられます。77年には前年と大きな変化はありませんが、ピンクレディーの台頭によりアイドル歌謡の印象が大きくなっています。78年はピンクレディーがさらに勢いをつけた年なので、ピンクレディーの影響により前年よりアイドル歌謡が増加しています。79年になるとピンクレディーが衰退し始めたため、アイドル歌謡は減少し、演歌が増加しました。
Q2 この年代のヒットといわれた枚数は何か
A2 現在は15万枚~20万枚売れればチャート一位を取れるため、15~20万枚売れたら成功といわれています。しかし、当時も27万枚でオリコンチャート50位以内に入りヒットしたといわれているので現在とさほど変わらないと考えます。しかし1位になるような大ヒットした曲を挙げると80万枚後半からが100万枚以上売れた楽曲が大ヒットした楽曲と考えられます。
Q3 想い出まくらはメディアに出ずしてどのようにして売れたのか
A3 本楽曲の歌手である小坂恭子は第五回ヤマハポピュラーソングコンテストにて「わたしの好きな組み合わせ」で
最優秀歌唱賞を受賞し、74年第七回の同コンテストにて「恋のささやき」でグランプリに輝きメジャーデビューを果たしました。このヤマハポピュラーソングコンテストとは69年から86年まで行われたフォーク、ポップス、ロックの音楽コンテストのことであり5回以降はアマチュア向けのプロへの登竜門ともよばれていたコンテストであり、本コンテストの注目度はかなり高かったといわれています。そこからある程度の知名度がある中での楽曲発売であったため、有線や口コミを中心とし売れたのではないかと考えられます。
Q4 ニューミュージックとは何か
A4 70年代前半から登場した日本のポピュラー音楽の一分野であり、アルバム作成やコンサート活動を中心とした活動でマスコミを媒体とし、芸能人としての歌手が流行歌を生み出すプロジェクション体制によって成立していた従来のものとは異なるものです。欧米の最新ポップスの流れを強く意識した楽曲で若者の感性に訴えかける新しい音楽として認識され、松任谷由美らの活躍で80年代初頭にピークを迎えたものといわれています。
Q5 年の割にあまりに歌詞がすごすぎたとはどういうことか
A5 22歳の女性がかける内容ではないといわれていたからです。タイトルは想い出まくらという意味深なタイトルであること。さらに歌詞の内容が、愛した男を想い彼氏の真似をしてタバコをふかしてみたり、酒を飲んだりする女性をモチーフにしておりこれが大人の女のけだるさがにじんだ楽曲です。そこから、このような歌詞は相当男を知っていないと書けない歌詞といわれ22歳が書くには想像もつかなかったためといわれています。
Q6 ピンクレディーが落ちていった理由は何か
A6 ピンクレディーが落ちていった理由として一般的に言われているのが初めは大人向けに作られていた楽曲が、子供からの圧倒的な支持により徐々に子供向けにシフトしていったことが要因だといわれています。79年には完全に子ども路線へとシフトしたといわれており、当時思春期にあたる子供たちが子供っぽいと一気に離れてしまったことも一要因とされています。その後ピンクレディーは海外進出をしたのですが失敗してしまいその後解散に追い込まれています。解散コンサートでは会場の3分の1も埋まらなかったといわれており、一気に世間がピンクレディーから離れてしまったことがわかります。
Q7 75年から79年の楽曲の変化はどのような変化であったのか
A7 75年は悲しげなラブソングが多く見受けられトップテンに入るものはどれも恋愛歌でした。報われない愛や切ない片思いや遠距離恋愛などで曲調も暗く寂しさを感じさせるものが多数でした。76年も75年とさほど変わりはしなかったのですが少しポップさを感じさせるものへと変化し始め、77年にはアイドル歌謡が再び増加し始めたこともあり、ポップな片思いやかわいいラブソングが多かったです。歌詞中に出てくる女性は一歩引いた古風な女性ではなく男性に頼らずとも生きていく強い女性へとシフトし始めました。78年にはピンクレディーが主流でありこびない女性像がより多くなりました。79年になると以前までは10位以内の楽曲は恋愛ソングが多かったものが故郷を懐かしむご当地ソングや応援系のソングが現れ始めました。中でも応援ソングであるYMCAは海外でもヒットしていたため発売後すぐに注目を集め、キャッチ―な楽曲と振付が大いに受けたといわれています。