担当:きの
0 第1波フェミニズム
0-1女性参政権獲得運動
0-2アメリカ
0-2-1独立戦争
0-2-2奴隷解放運動
0-3セネカ・フォールズ会議(1842)
0-4女性参政権獲得(1920)
1 アメリカ合衆国の成立まで
1-1ヨーロッパからの家族移民
1-2女性の出産、子育ての役割は当然
←白人人口を増加させるため
1-3ヨーロッパから持ち込んだ価値観や慣習
1-3-1女性は教会以外の公の席に出ない
1-3-2キリスト教神話
aアダムの肋骨からイブが生まれる
b父や夫に従う女性の美徳を説く
c家父長制
1-3-3アングロ・サクソン法
aヨーロッパから法律も持ち込む
b女性は社会の一員とは認めない原則
c結婚すると法律上は夫の保護下
(ex 財産権の剥奪、)
1-4女性の教育を受ける権利はなし
1-5奴隷制
1-6イギリス商品を買わない女性
1-6-1イギリスに対する反発
1-6-2イギリスからの税金
1-6-3不買運動
1-6-4ボストン茶会事件
2 アメリカ合衆国成立
2-1アメリカ独立宣言(1776)
2-1-1全ての人間は神によって平等に創られているという前提
2-1-2使われている言語はman←humanではない
a女性womanは含まれていない
bフランス人権宣言と同じ
c男性中心の社会構造で作られた
2-1-3合衆国United States
2-1-4イギリスから独立を勝ち取る
2-2憲法制定会議(1787)
2-2-1妥協の束
a世界初の成文憲法
b議論が沸騰←世界初だったため
c第1~7条
d「We, the People」
d-1前文の書き出し
d-2 Peopleは男性だけを示す
e女性の政治参加は議論のネタにもならない
2-3基礎教育の普及
2-3-1使用言語は英語
2-3-2家庭教育において女性が英語を教える←女性の役割
2-3-3移民の国アメリカの神話
a開拓者は男性が多かった
b女性は少ない
c大切にされ、地位が高かった
d家族移民が多かったので実際は半々
2-3-4度重なる戦争は男性人口の減少
2-3-5女性も妊娠、出産により死亡が著しかった
3 産業革命と第二次独立戦争
3-1工業の推進
3-1-1産業革命の始まり
aサミュエル・スレイターの木綿工場建設(1791)
bワシントン大統領時代の財務長官ハミルトン
c女性と子どもを使っても工業化を推進しようという政策
3-1-2女性労働者の雇用
aボストンを中心とする一帯の木綿工業
bローウェルの工場
cボストン郊外
dモデル工場
eイギリスからも多くの見学者
f中流家庭の子女の憧れの職場「ローウェルの女工たち」という伝説
3-2第二次独立戦争(1812-15)の勝利
3-2-1イギリスがアメリカとフランスの貿易を妨害したことによって勃発した戦争
3-2-2独立後、アメリカ合衆国初の戦争
3-2-3首都ワシントンを焼かれる
aアメリカ合衆国の国家意識の高まり
3-2-4アメリカの工業化が急速に進む
a独立後もイギリス経済依存
a-1工業製品を輸入し綿花を輸出
b戦後は保護貿易政策
c工業製品を自国で生産
3-2-5家庭における女性労働は減少
a産業構造の変化
b今まで手作業であった洋服作りなどが機械作業化
3-3女子の初等・中等の公教育
3-3-1「共和国の母」論
3-3-2歴史家リンダ・カーバーが唱える
3-3-3女性たちも独立戦争を通じて愛国心が強くなる
3-3-4アメリカ合衆国における女性の役割
a次世代の良き市民を育てる良き母が必要
b 次世代の良き市民とは愛国心が溢れている市民
3-3-5妻としての役割、母としての役割
3-3-6国から与えられた役割を持つことで家庭内でも発言力が増す
3-3-7高度な教育を目指す女子アカデミー
a各々で教育レベルはまちまち
bやがて女子大学へとなるアカデミーもあった
3-3-8中・上流階級の女性たちは政治意識や社会問題への意識が芽生える(ex 参政権、奴隷解放運動)
4 第1波フェミニズム
4-1ジャクソニアン・デモクラシー
4-1-1アンドリュー・ジャクソン
aアメリカ合衆国大統領就任(1829-37)
b貧しい生まれ←それまでの大統領は富裕層
c対インディアン戦争で軍人として知られるようになる
d労働者層からの支持
4-1-2平等、自由、機会均等、個人の自立という価値観
4-1-3アメリカの銃社会肯定の歴史的基盤
4-1-4成果
a白人男性普通選挙が全州で認められる
b民主主義が大きく前進
4-1-5影
a黒人奴隷制は認められた
b女性参政権 は議題にも上がらなかった
4-1-6ジャクソニアン・デモクラシーの風潮が女性参政権運動への導火線
4-2黒人奴隷労働制
4-2-1綿花地帯Cotton Beltと言われる南部
aプランテーションを基盤
4-2-2インディアンは土地を追われる←プランテーション拡大のため
a合衆国政府は武力で強要
b対抗し「インディアン戦争」などを起こすが屈服
c涙の旅路←ジャクソン大統領によるインディアン強制移住法
d女性たちは子ども、老人を支えながら移住←男性は戦争で減少
eオクラホマまでの1600kmの距離
4-3奴隷解放運動(1830-)
4-3-1女性が多く参加←女子公教育、ジャクソニアン・デモクラシーがきっかけ
4-4ウィリアム・ギャリソン(男性)
4-4-1奴隷廃止論者の中心人物
4-4-2アボリショニズム
aアメリカにおける奴隷制度即時廃止論
4-4-3平等と人権は神から与えられたものという考え
4-4-4男性フェミニスト
4-4-5『解放者』(1831)
a奴隷解放運動の代表的な機関紙
4-4-6女性の社会運動を応援
a女性が演壇に立つことを許す←当時は公の場に立てなかった女性
b女性リーダーが生まれる(ex グリムケ姉妹)
4-4-7南北戦争後は禁酒、夫人参政権などの社会改革運動
5 第1波フェミニズム初期
5-1時代背景
5-1-1アメリカにおける黒人奴隷
5-1-2差別撤廃の動き
5-2ロンドンでの世界奴隷反対会議(1840)
5-2-1運動参加者女性
a運動への参加を認められない
←女性であったため
5-2-2この体験による女性たちの考え
a自分たちが誰かを救済する立場ではない
b自分たちこそ解放しなくてはならない
5-3セネカ・フォールズ会議(1848)
5-3-1女性の権利のための会議
5-3-2アメリカ女性運動の出発点
5-3-3第1波フェミニズムの始まり
5-3-4ニューヨークの田舎町
5-3-5参加者
a 300名(うち男性は40人)
b奴隷解放運動者
c禁酒運動者←酒を飲むことで、家庭で男性が女性に暴力を振るうという理由から
5-3-6「所感の宣言」
a「全ての男女は平等につくられ」と唱える
bアメリカ独立宣言をもじって起草
c宣言文
「結婚後に女性は市民として何らの権利も待たない。離婚は一方的に行われる。職業の道が閉ざされている。労働して賃金を得てもその所有権がない。」
c-1当時の社会規範からすれば宣言文はラディカル
c-2大会の主催者であるモットも女性参政権には反対するという現実
5-3-7男女平等を達成するための11の決議案
a夫人選挙権の要求
bアメリカ夫人参政権運動の発端
5-3-8会議発案者
aエリザベス・スタントン
a-1「所感の宣言」と11の決議案の起草者
a-2新聞『革命』(1868-70)
a-3女性選挙権に留まらず、女性解放や社会の問題
a-4全国婦人参政権協会(1869)
a-5運動の急進派を率いる
bルクレシア・モット
b-1アメリカ奴隷制反対協会(1833)
b-2会規約起草を手伝うが女性参加が認められない
b-3フィラデルフィア女性奴隷制反対協会
b-4世界奴隷反対会議にアメリカ代表として参加
6 南北戦争と女性たち
6-1フロンティア社会
6-1-1西へ西へと移動していくフロンティア
6-1-2家族が開拓民もいたが男性だけというところもあった
6-1-3ヨーロッパと同じ売春が幅を利かせた
6-1-4ピューリタニズムのアメリカとは名ばかり
a暴力や性病が大きな社会問題
bインディアンの女性も男性の欲望の犠牲
c売春を連邦法として抑制しようとする動き
6-2 南北の対立
6-2-1北部の工業化が進む
6-2-2奴隷制に支えられて綿花栽培を発展させる南部
6-2-3南部と北部の対立は激しくなる
6-3北部女性と南部女性の思考回路は全く異なっていた
6-3-1北部活動女性
6-3-2奴隷解放と女性の解放は一体化していると考える
6-3-3南部の富裕層プランター夫人
a奴隷労働力によって貴族的な生活送る
6-4グリムケ姉妹
6-4-1奴隷廃止運動家女性解放論者
6-4-2サウス・カロライナ州の大プランテーション主の出身
6-4-3父の看病のために訪れた北部フィラデルフィア
a北部は奴隷解放運動が南部に比べ活発だった
b奴隷制反対運動にのめり込む
6-4-4 2人は奴隷問題を理解しているわけではない
a黒人への同情に過ぎなかった
6-4-5自分が所有する奴隷を自由の身にして欲しいと訴えるが、願いは叶わず
6-4-6家族の元を離れ、北部に移住
6-4-7ウィリアム・ギャリソンに手紙を出す
aアメリカ反奴隷制協会機関紙『解放者』に掲載
6-4-8奴隷制廃止について講演して周り、有名になる
6-4-9女性が講演活動を行うということで批難を受ける
a女性の権利も主張
b女性にも講演する権利はある
6-5奴隷解放運動の中で女性の社会的地位も向上
6-6南北戦争(1861-65)
6-6-1奴隷制反対の北と賛成の南
6-7クララ・バートン
6-7-1アメリカ看護制度の母
6-7-2戦時にはボランティア看護婦として活躍
6-7-3傷病兵看護を組織化
6-7-4看護婦は女性の専門職化
a野戦病院での活躍
bそれまでは看護は男性の仕事
6-8北部の勝利
6-9黒人奴隷解放による黒人の権利問題
6-9-1女性の権利問題についても重視される
a戦争での活躍があったため
7 南北戦争後の女性たち
7-1戦争の女性の活躍は女性参政権運動に拍車をかける
7-2合衆国憲法修正13条、14条、15条が採決
7-2-1再建期(1865-77)
7-2-2 Black Amendment
7-2-3黒人の解放、市民権、選挙権
7-3フェミニストたちの分裂
7-3-1 15条に「性の差別」の項目も入れたいとするグループ
7-3-2「今は黒人の権利のみを主張する時代」とするグループ
7-3-3この機会を逃せば女性参政権を獲得する機会はないのではないかという危機感
7-4女性参政権を求める2つの組織
7-4-1「全国婦人参政権協会」(1869)
a前者のグループが創設
b州ごとではなく全国での参政権獲得を目指す
c機関紙『ザ・レボリューション』
7-4-2「アメリカ女性参政権協会」(1869)
a後者のグループが創設
b黒人問題も女性の問題も共に考える
c黒人男性参政権である第15条は1870年に達成
d機関紙『ウーマンズジャーナル』
7-5「キリスト教女性禁酒同盟」(1869)
7-5-1酒場=売春に反対する女性の運動
7-5-2植民地時代から禁酒の運動は続いていた
7-5-3数百万人の会員
7-6州単位の女性参政権が可決(1869)
7-6-1西部準州ワイオミング
7-6-2アメリカ合衆国で第1番目
7-6-3州憲法によって可決
a州独自の憲法
b合衆国憲法は全国民の権利を保障
7-6-4男女比は7:1という辺境の地
a男女の協力が不可欠
7-6-5アメリカ初の女性準州知事の誕生
7-7続く女性参政権の確立
7-7-1ユタ準州(1870)
7-7-2コロラド準州(1893)
7-7-3州単位の成功
a全国レベルで成功を目指す
7-8全国アメリカ婦人参政権協会(1890)
7-8-1全国婦人参政権協会とアメリカ女性参政権協会が統一
7-8-2会長はエリザベス・スタントン
7-8-3会員は1万人足らず
aキリスト教禁酒同盟に比べ少ない
7-8-4組織内の地域による対立
aアメリカの歴史固有
b合衆国憲法修正を目指す会長
cまずは州憲法という伝統的セクショナリズムの南部
7-8-5黒人法(ブラックコード)
a黒人の選挙権を制限
b憲法修正第15条は簡単な文
第1節 合衆国市民の投票権は、人種、体色、あるいは過去における服役の状態にもとづいて合衆国あるいは各州により拒絶あるいは制限されることはない。
第2節 連邦議会は、適当な法律規定によって本条の諸規定を施行する権限を有する。
c資格を設けることは禁止していなかった
(ex財産、文字の読み書き)
d黒人差別が始まる
7-9服装改革
7-9-1フェミニズムの波は服装にも及んだ
7-9-2フープ・スカートとコルセット
a健康上良くなく、活動的でない
7-9-3アメリア・ブルーマー
aズボンとミニスカートの組み合わせを考案
bニューヨークで宣伝
c予想をはるかに超える不評
dロンドンでの第1回万国博覧会でも不評
7-9-4次第にファッション性のある健康的な衣服が考案
8 第1波フェミニズム終期
8-1全米の女子大学は128校(1901)
8-1-1全学生のうち、女子学生は25%(1901)
8-2広い分野での女性運動
8-2-1参政権、食品や薬品の安全性、母体保護、売春問題
8-2-2「婦人労働組合同盟」(1903)
a働く女性の関心を権利運動に向けさせることを目的
8-3女性の専門職タイピスト
8-3-1タイプライターが一般的事務機になる(1915)
8-4選挙権獲得に向けて
8-4-1全国女性党(1916)
a過激な動き
b黒人に対する白人女性の優越感
c新移民に対する差別
8-4-2新移民の急増はアメリカ社会を変えた
aアメリカ・フェミニズムの特質
8-5第一次世界大戦勃発(1914)
8-5-1アメリカはドイツに宣戦布告
8-5-2反戦活動は今後の女性の活動にマイナス
8-5-3増産体制
a女性の労働力
b女性は重工業、軍事業に職域を広げる
c既婚女性の就業率は23%(1920年)
8-6報告書「女性と子どもの賃金労働者」(1910-14)
8-6-1上院が委託
8-6-2上院は女性の能力を評価
8-7下院の連邦女性参政権可決(1918)
8-7-1「働く女性」という認識が一般化
8-7-2女性の戦時努力
8-7-3上院は否決
8-8合衆国憲法修正19条女性参政権の成立(1920)
8-8-1数州での運動
8-8-2 36州の批准
8-8-3 72年間の運動が実る