早春の奥明日香、そして大和路をサイクリングしました。

 飛鳥川上坐宇須多伎比賣命神社

(あすかのかわかみにいます うすたきひめ)

 

《奥明日香の水神を訪ねる》

社号標には「宇須多岐」と彫られています。つまり、「伎」でなく「岐」。

◇鎮座地:奈良県高市郡明日香村稲淵字宮山698

◇最寄駅:近鉄吉野線・飛鳥駅~5.0km

◇御祭神:宇須多伎比賣命

 →多紀理毘売命の別名説もあります。

◇相殿神:神功皇后・応神天皇

◇御神体:宮山(=本殿はありません)

◇御朱印:不明・無人社でした。

 →飛鳥坐神社が本務社

◇社格等:延喜式=式内社、旧社格=県社

 

 

 

 【奥明日香】 

稲渕集落(いなぶち)

 

◆さららの道

 「さらら」とは、持統天皇の幼少時の名前である鸕野讚良(うののさらら)に由来します。この道は、飛鳥から吉野に向かう古道で、持統天皇はこの道を使って31回も吉野行幸しました。

 

 

◆勧請綱(かんじょづな)

 「さららの道」を快走して、稲渕集落に入りました。村の入り口にある、勧請橋付近は、山から谷へとロープが渡してあります。このロープを「勧請縄」と呼びます。

 

 

◆男綱(おづな)

 縄の中央付近に、藁で作った男性器が吊り下げられています。これを「男綱」と呼びます。

集落入口に男綱を渡すのは、疫病神や悪霊などが村に侵入するのを防ぐための民俗です。

 

 

◆飛び石

 勧請橋から飛鳥川を上流に進むと、 万葉集にも登場する「飛び石」 があります。大きな平たい石が浅瀬に並んでいて、対岸に渡れます。南渕請安の弟子であった、中大兄皇子や中臣鎌足が渡った可能性もあります。そうした浪漫を胸に抱きつつ、渡河してみました。

 

 

◆飛鳥川・滝

 このような小さな滝もしくは瀬がいくつもあります。

 

 

◆飛鳥川・急流

 穏やかな流れもあれば、このような急流も。飛鳥川は、いろいろな表情を見せてくれます。

 

 

 

式内社【飛鳥川上坐宇須多伎比賣命神社】

◆参道

 背後の飛鳥川から冷涼な風が吹き上げ、木々の隙間から柔らかな陽光が降り注ぎます。あまつさえ、苔むした社号標、石垣、常夜燈、石段を目にすれば、期待が高まります。

 

 

 

◆手水舎

 道路に面した石段を15段上がると、手水舎です。水は水道栓から供給されます。水源は、上水道なのか井戸水なのか。どちらにせよ、清らかな水であることにに変わりありません。

 

 

 

◆石段

 さららの道~15段~手水舎~62段~踊り場~62段~踊り場~19段~右への坂道~左ヘアピンカーブして坂道~石鳥居~34段。《合計192段+坂道》。長く険しい道のりです。

 

朝陽さえもが神々しさを放っています。

 

 

 

◆拝殿の屋根が見えてきた

 宮山の中腹に建てられた拝殿。その屋根が見えてきました。

 

 

◆祭神名の由来

 神社の向かいには、飛鳥川が流れています。年月をかけて大きな岩が削られ、流路は曲がりくねっています。そのため、川は各所で渦(ウズ)が見られます。=ウズタキ。

 

 

 

 

 

【社殿】

◆拝殿

 拝殿前のスペースは苔に覆われています。朝の宮山、空気はきわめて冷涼です。

 

 

 

 

 

 

◆ご神体山

 当社は、本殿がありません。ご神体山である、宮山が神籠る神奈備山です。

 皇極5年(642年) 7月の大旱(大日照り)に際して、皇極女帝は、南淵(=稲渕)の河上に行幸し、祈雨しました。膝まずいて四方を拝し天を仰いだところ、たちどころに雷鳴し、大雨が降ったそうです。女帝が跪いた場所が当社境内であった可能性が高いようです。

 

 

◆宇須多伎比賣命=渦滝媛命

 宮山には、 ウスタキヒメ命という水の女神 が祀られています。

 

 

◆瑞垣御門

 拝殿から瑞垣御門に、直に向かえるよう、拝殿の後ろに扉がつけられていて、こういう拝殿形式を「遥拝造(ようはいづくり)」と呼ぶようです。

 

 

◆境内社

 拝殿の左右に各1社ずつ。

境内社は、仁徳天皇社、武内社、明治天皇社、の3社という資料があるようです。

 

 

 

 

◆下山

 宇須多伎比賣命さまにご挨拶し、ご神気あふれる境内でほんのひとときを過ごしました。山を下ります。

 

 

◆社務所

 神事のとき以外は不在かと思われます。

 

 

 ※神秘性と清澄さに心身が癒されました。飛鳥坐宇須多伎比賣命神社をあとにして、飛鳥川沿いの山道を上っていきます。ほどなく、稲渕集落の入り口でみた「男綱」に対応する「女綱」が見えてきます。こちらを過ぎれば、いよいよ栢森集落です。

 

 

 

【参考】

女綱(めづな)

 栢森集落の入口には、稲渕集落で見たのと同形式のロープが張られています。「女綱」です。

 中央に藁で作った女性器が吊り下げられています。この意味もまた、疫病神や悪霊などを栢森集落に侵入させないための守護神ということです。

※女綱についての詳細は、筆者記事『加夜奈留美命神社』をご覧ください。

 

 

【御朱印】

 無人社です。たぶん、ありません。

 

 

 

【参拝ルート】

2019年 3月20日 

《飛鳥の古社を行く》

START=近鉄・飛鳥駅~駅前レンタサイクル店(電動アシスト自転車調達)~1.1km~天武・持統天皇陵~4.6km~ ①飛鳥川上坐宇須多伎比賣命神社 ~1.5km~②加夜奈留美命神社~5.3km~③於美阿志神社~4.2km~④飛鳥坐神社~1.8km~⑤天岩戸神社~1.4km~⑥御厨子神社~1.7km~藤原京址~3.2km~神武天皇陵~750m~⑦橿原神宮~1km~レンタサイクル店(乗り捨て返却)~近鉄・橿原神宮前駅=GOAL

 

 

【編集後記】

◆水の神

 飛鳥川上坐宇須多伎比賣命神社は、水神系の神さまです。急流の飛鳥川流域に鎮座する神社なので、水による恩恵や被害が住民にとって、重大な問題だったことが示唆されます。

 

◆飛鳥という読み

 飛鳥を「あすか」、あるいは長谷を「はせ」と読むこと。

これらは、知らないと読みようがありません。由来は、和歌の枕詞です。例えば、飛鳥=地名・明日香の枕詞。「飛ぶ鳥の明日香」がいつしか、飛鳥だけで「あすか」と読むようになりました。同様にして、「長谷(ながたに)の初瀬(はっせ)」から、長谷=「はせ」となりました。

 

◆後記

 当社は、山の中腹に鎮座する神社です。そこへ、訪問前日に雨が降りました。雨水をたっぷりと吸った草木は、緑の芳醇な香りを大発散。心地の良い訪問となりました。 (了)