今書いてる世界史は約束に基づくものなので興味ないかたはみないほうがいいです。はい
そして、参考書見たいのしかかけない現状
本当は口頭がいちばんいいんだけどそんなわけにもいかないのさ
参考書っぽくなっちゃうけどごめんなさい
今書いてる世界史は約束に基づくものなので興味ないかたはみないほうがいいです。はい
そして、参考書見たいのしかかけない現状
本当は口頭がいちばんいいんだけどそんなわけにもいかないのさ
参考書っぽくなっちゃうけどごめんなさい
<紅巾の乱~明の滅亡まで>
紅巾の乱(白蓮教徒の乱)が起こった首謀者は朱元章(本当は王へんあり):農奴反乱
地主さんの協力で1368年に金陵(後の南京)で明をたて朱元章は太祖洪武帝となり、専制君主国家を築いていった
(元は漢民族ではないそのため当時は漢民族復興がj課題だった、明は漢民族国家)
洪武帝は最高機関の中書省を廃止し行政、軍事、監察の三権を皇帝の直属とした。科挙を再開し、官学である朱子学を採用
明律、明令をだし、土地と農民の掌握のために魚鱗図冊(土地台帳)※魚の鱗のようにかいてある、賦役黄冊(戸籍・租税台帳)を作った租税や治安の単位として里甲制をしく
村で六諭(儒教的な六か条の教訓)により農民を教化した
また軍事面では民戸として区別されていた軍戸を衛所として編成
このようにして民も全て把握することによって専制君主国家となった
※注意点 紅巾の乱は農民(農奴)反乱である! 明は江南を主とした唯一の王朝であるということ
洪武帝は色んな改革を行った、とても重要なので法律を説明できるようにしよう
またよく図で問われる場合があるので、図も把握しよう
洪武帝の死後、孫の建文帝(海禁策をしく※だれもでてはいけないということ)がたったがおじの燕王(永楽帝)が諸王にい対しての抑圧策に反発し奪う。これを靖難の変という
即位した永楽帝は北京に遷都し、皇帝の補佐に内閣大学士を置き、江南と北京に運河をはしらせた
永楽帝(成祖)はモンゴル系のタタール(韃靼)部、オイラート部、女真族を制圧。積極的に対外政策をした
イスラム教徒の宦官の鄭和に東アフリカに大遠征させた。これにより明の東南アジアの足がかりをつくった
しかし、永楽帝死後おわってしまい、黎朝も独立した
また、政治が乱れ始め、各地から侵略された。北方はオイラート部のエセン=ハンが1449年に
正統帝(英宗)を土木保(保の下に土)で捕虜にしたこれが土木の変である
また16世紀にはタタール部のアルタン=ハンが万里の長城を越えて侵入して、北京を一時包囲。
また海では倭寇が横行したため勘合貿易を行った
これが北虜南倭である
こういって衰退していく明・・・・・
貨幣経済が発達していくなか高利貸しなどによって没落する農民が多く租税徴収が難しくなってしまう
そこで万暦帝(神宗)は張居正を用いて検地などをおこなったが張の死後すぐにくずれた
この後朝鮮への出兵、反乱、女真族との戦いで軍事費がかさみ農民に重税をしいた
その結果農民反乱がおこる
そして宦官が横暴をきわめ顧憲成ひきいる東林派と対立
そのなかで李自成ひきいる反乱軍によって1644年滅亡
注意点 洪武帝の改革と永楽帝の海外政策、そして二つの変、みんの没落をしっかり把握しよう
二つの変は間違えやすいので注意 皇帝が死ぬとよくあれるので皇帝ごとにはあくしよう
なんかコメントであやまられてるけどわたしゃぜ~んぜんきにせんのよ![]()
とまあそういうわけで
ポイントかいてる間に書きたかったことを一気にのせるぜえw覚悟しとけよ!!!
結婚ラッシュ!!!
まじでおおいねえwでも結婚日和だとおもいますなw
皆さんお幸せに~w
次に
まじであついね!!!でもいい天気だから布団も干して、洗濯物干して窓開けてきもちよくするぞおお!!
次に
いろんな人いるねw
色んなブログみとったんだけど色んなコメントあって楽しいwおもろいですw
次に
ハーゲンダッツのクリームブリュレうまかったw
一度ごしょうみあれw
次
これうまかったよw
まじでパインだ!!ってかんじwいいよw
次
所持金200円であと一週間!
いやね、親に光熱費とか全部払ってあとの札全部あげたのよ
そしたら・・・・・・・あははw
まいっかw(いいのか?)ちなみに冷蔵庫にはトマトしかありませんw
次
みんなの好きな漫画ってなに???w
ききたかったんだwおしえてねーw
んじゃまたねwばいび~w
はいは~いw
ポイントおさらい講座第一弾!!
というわけでですね、元気に朝からやっていきましょう!!!ウェイウェイ!!!
紅巾の乱=アウラングゼーブ帝までということでやっれいきますよ~w
かな~り多いからきをつけてねw昔の知識だから多少名前かわってるかも
(前フリはいいからはやくやれ!!!)
それではLet’s go!!(赤字は重要 緑は中度の重要 水色は低度の重要)
<紅巾の乱~明の滅亡まで>
紅巾の乱(白蓮教徒の乱)が起こった首謀者は朱元章(本当は王へんあり):農奴反乱
地主さんの協力で1368年に金陵(後の南京)で明をたてる
朱元章は太祖洪武帝となる
※注意点 紅巾の乱は農民(農奴)反乱である! 明は江南を主とした唯一の王朝であるということ
<清の支配>
<明と清の文化など>
陽明学:
<東、東南アジアの歴史>
チベット:15世紀にツォンカパがラマ教(チベット仏教)を改革し、紅帽派に変わり黄帽派を開いた
教主ダライ=ラマ(ポタラ宮殿にすんでいる)が実権を握った!1750年以降清はチベットを藩部とした
※注意点:ラマ教は仏教の枝分かれしたもの 派閥の交代 教主が実権を握っていた 後に清の一部として支配される
朝鮮:明がおこったとき朝鮮の高麗は倭寇に苦しめられていた。倭寇倒し名声を上げた李成桂(太祖)が1392年に高麗を倒し
李氏朝鮮を建国。首都は(漢陽、後のソウル)
明と親交を深め、中央集権的官僚制を整備し朱子学を国教とする。土地は科田法(旧高麗の権力者から土地を奪い官僚の
身分に応じて支給し租税を徴収)を使用した
世界ではじめて銅活字が実用され15世紀には固有文字の訓民正音(ハングル)という表音文字が作られた
高麗に起源をもつ特権身分は両班といわれる。文武の官職を独占し支配していた。
しかし、15世紀末から荒れ、さらに16世紀末の豊臣秀吉の朝鮮出兵(壬辰・丁酉の倭乱または文禄・慶長の役)でも荒れる
明の援軍や名将李舜臣のかつやくもあって乗り切るが17世紀に清に服属
※注意点:同じ李という苗字がでてくるので間違えないように!前にも○氏朝鮮とでているのでそれとも間違えないように
固有の文字が使われていることに注目!
台湾:1624年にオランダ人が占拠、しかし1661年に鄭成功が追い出し、清に抵抗。しかし1683年に鄭氏は敗れ直轄地に
琉球:東南アジア、中国、日本の中継地として栄えた、15世紀はじめに三つの勢力が中山王によって統一。中国に朝貢
※注意点:主に人物を抑えればよい 台湾はころころ変わってしまうことに注意
ヴェトナム:1428年に明から独立した黎朝は明の制度を導入、南のチャンパーを征服
16世紀には北部の鄭(チン)氏と南部の阮氏が対立、18世紀末の西山党の乱(西山朝)で滅ぶ
インドネシア:仏教国シュリーヴィジャヤに変わりヒンドゥー教のマジャパヒト王国に変わり
16世紀末にはイスラム教のマタラム王国が栄える
ミャンマー:11世紀にパガン朝が成立しミャンマー人最初の王朝となる。しかし元により滅び16世紀にトゥングー朝
18世紀にアラウンパヤー朝が成立
タイ:13世紀半にスコータイ朝、14世紀にアユタヤ朝(日本町ができる。山田長政が太守)。仏教がさかんだった。
アユタヤ朝はアラウンパヤー朝にほろぼされるが退けバンコク朝(チャクリ朝)ができる
ラオス:ラオ人のランサン王国が14世紀半にでき、16世紀に仏教文化がさかえるが18世紀に内部分裂する
※注意点:よく滅ぼされるのでどこに滅ぼされるか注意 世紀ごとに王朝がでてくる インドネシアの国教のちがいに注意!