これは私の備忘録、父への思いです。
GWに94歳一人暮らしの父親の様子を見に行ってきました。
もともと、なかなかのクセ強な人で。
一刻で体も強いときている。
2〜3年前だっけ、台所で2時間位倒れて動けんかった、脳梗塞やと思うって本人から電話がかかってきて、こちらから消防へ救急車の手配して病院へ運ばれたり
今年の2月には心筋梗塞で手術したり
それでも後遺症が軽かったこともあり、なんだかんだ一人暮らしをしています。
2月に入院した時は、もう一人暮らしは無理があるとケアマネさんとの話し合いや施設探し、施設が見つかるまでの転院の事なども兄が全部してくれました。
でも、施設が見つかるまでの転院のタイミングで、クセ強父がかなりな暴言を看護師さんやケアマネさんに吐き、俺はこんなに元気なのになんで家に帰れんのや!と怒鳴り、もう手がつけられず兄はもう知らん!と家に送ったらしい。
それを最後に兄はもう父ちゃんの事には一切関わらないと宣言をしてきました。
兄も他県にいて仕事もしていて、市や病院やケアマネさんとの手続き・打ち合わせの度にスケジュールを調整して高速を使い何度も行き来していたのに全てが水の泡となって堪忍袋の尾が切れたのでしょう。
まぁ、母親の時も兄はだいぶ振り回されましたし。
で、GW目前の頃、突然私の方に市の支援センターや病院から電話が入ってきました。
父が胸が苦しいと自分で病院へ行き入院になったための手続きや今後のことの話でした。
ところが、病院と3回ほどやり取りしたところで、クセ強父はメシがまずいと言ってまた勝手に退院したらしい。
そのくせ、市の支援センターの方からは父が施設に入りたいと言っているから空きが見つかった施設に一緒に見学に行って欲しいと連絡が入るのです![]()
どうせクセ強父は施設に入ったとて、自分の事を棚に上げまくって、こんな年寄りばっかりのションベン臭いとこ俺はようおらん!とすぐまた家に帰りたいって言うのが関の山と私は予想しています![]()
私は兄ほど父の事を見放していませんが、2月に決まっていた病院の転院をふりきって家に帰った=1人で生きていく覚悟があっての事ですよねと思っているので、GWの実家帰りもやれやれって感じでした。
とりあえず、実家に行き、父を連れて施設見学へ行きました。
一通りの説明を受け、施設内を見学し、車に乗り込むと、父はもっとこぢんまりしたとこがいい、もう少し1人でやってみるか…と言うのです。
施設見学中は好感触な反応してたのに。
当座の食料の買い物にスーパーへ寄り、今どきこんな便利なものもあるよと、レンジでチンや湯煎するだけのお惣菜などを買うと
便利なものがいろいろあると知って、また自分でご飯を炊いてこういうのを上手く使ってまた頑張ってみるか…と言っていました。
一回死のうと思ったんや…と助手席で言う父に、
でも死ぬって難しいでしょと私。
すると父は、うん…と。
生きるのも死ぬのも難しいですね。
連れ添った母も4年前に亡くし、90を超えて1人で暮らし、大変な事も不安な事もたくさんあるでしょう。
自分が一生懸命働きようやく一軒家を手にしたのに、年を取り、結局施設に入って最後を迎えるのもなんだか虚しい気もします。
ご近所、市には迷惑をかける事になるかもしれませんが、薬の飲み忘れや十分な食事が取れないなどの不自由があっても、父が家にいたいと思う間は家にいたらいいと思ってます。
ここまで生きてきたんですから自分の思うようにしてその結果がどうであれ、それはそれで良いと。
命ある限り一生懸命生きるしかないですね。
娘が親に言う言葉じゃないけど
父ちゃんは一生懸命生きてるよ。
私も更に歳をとった時、いざどう思うかどう生きていくかはわかりません。
父に偉そうな事言ったくせに、もがくかもしれません。
夜は父が柳屋のとんちゃんが食べたいと言うので行ってきました。
食欲があって、ほっとしました。
市の方とも連絡を取りつつ、また、たまにお惣菜でも送ってあげようと思います。
父の日は鰻でも送るかな![]()