「母がまな板を投げた日①」の続きです。
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長時間続くダダこねにワタシ自身も疲れていたとき、
久しぶりに「親業」の集まりに参加。
その後、親業の先生も交えランチを食べる。
最近のタロのことを話すと、
もしかしたらケンゾくんの入院中の寂しさを「今」出し始めてるんじゃない?と言われる。
ケンゾが元気になってもう大丈夫かも・・・・と理解して、やっと心に溜めていたものをもう出してもよい時期だと思い始めたのかも。
同じくランチに参加していた方は、我が家と同じように下の子が入院して、上の子がそのときに寂しかったことを話したのが5、6年後だったらしい(^^;。
タロもなかなか言わないタイプだからなー・・・そんなこともありえるよね。
先生のお子さんもタロと似たタイプなので、いろいろ参考にさせてもらうことが多いのだけど、
母親が10分不在だっただけで「お母さんに何かあったのでは・・・」といろんな妄想を膨らませて、心配しすぎて怒ったりしていたそう。
そんな話を聞いていたら、10分でそうだから40日分(入院期間)の寂しさ・怖さたるやいかほどだったろうか・・・と胸がつまる。
そして40日分の溜まりまくった想い、そうとうデケーな・・・ワタシに受け止めきれるか・・・とゴクリとつばを飲む(笑)。
退院後にも一度、泣いて入院中の寂しさを吐き出したこともあるのだけど、
(『エレベーターのとこで待つのがイヤだったぁぁぁ(泣)』と泣いた。
ケンゾの病棟は子どもは入れなかったためタロは病院にきてもエレベーターホールで待たされていたのだ。⇒そのときの様子)
やはり1回くらいでは消化されない想いのデカさだったもよう。
最近のダダこねはそういった気持ちを出したいサインなんだろう。と話をしながら私も思う。
そうは思うが、一度泣き出すとなかなか切り替えられない事実には辟易しているので、それも話すと、
親もキレるぐらいの勢いでホンネを聞いてもよいときだってありますよ~・・・(ワタシの解釈なので若干ニュアンスが違ったかも・・・)とのこと。
ランチの翌日、就寝前のハミガキの時間になって、
まだオヤツ食べていないとごね始める。
磨くのを断固拒否するので、話を聞くいい機会だなと、ダンナちゃんにケンゾと先に寝室に行ってもらう。
「タロ、おいで」と抱っこ。
ケンゾが入院してたときさ・・・と話し始める。
ばあちゃん家で一人で寂しかったね。
おっかあもおっとうもいなくて寂しかったね。
と、みるみる涙目になるタロ。
泣くのをこらえているもよう。
フェリーの後(祖母宅に預けている間の束の間の父子デート)、お別れはいやだったね。
もうおっかあとケンゾが帰ってこないんじゃと怖かったね。
など、思いつくままに太郎の気持ちを想像しながら話すと、頷きながら、「ふぇ…ふぇ…」と泣き出す。
もうケンゾは元気になったからね。病院の先生も大丈夫って言ったよ。
もうどこもいかないから、みんな一緒だよ。
ケンゾが死んじゃうんじゃないかって怖かったね。
幼稚園で暗くなるまで待つの寂しかったね。
いろいろ語りかけると、
嗚咽しながら「ずっと…ずっと…みんな一緒…」とタロが言うので、
「そうだよ、これからはずっと一緒なんだよ。」と断言。
それを聞いて、しばらくすると、
短い時間だったけど、うえ~~んうえ~~んと声を出して泣いた。
けっこうすぐに泣きやみ、「麦茶飲む」と立ち上がる。
飲んだ後、拒否ることなくハミガキをしてベッドへ。
横になりながら、「オヤツ、食べたかったよお~。(もう泣きそうな感じはない)」とつぶやいていた(まだ言うか)^^;。
少し発散できたかなと感じたが、泣いた時間も短いし、
まぁ、まだあと何回かあるだろうなぁと思う。
この日はこんな感じで終了。
続きます。
え?まな板?
・・・まだ投げません。(笑)



