私の最初の研究司会者、この姉妹が私をJWに導いた人でした。

信仰心と言う点では一点の曇りもない、全き信仰の人、まさにクリスチャンと言える人でした。

宗教には全く興味のない私が、聖書を学び続けたのはこの姉妹の信仰心に興味を持ったからです。
後に、私はこう言ってました。
「私を導いたのは聖書の中身ではなく、長老でもなく、尊敬に値する姉妹たちです」

当然、彼女はシロクロがハッキリしていて、信仰において妥協がないので、かなりの方々に煙たがられていました。
義に過ぎるのです。

ある時、こんな事がありました。
群れの奉仕が終わったら近くの姉妹の家でお昼をしようと言う事になり、
それぞれが持ち寄ると言う話になったので、皆は早めに奉仕を終えようとすると、
彼女はこう言ったのです。
奉仕時間は12時までです、私は12時までやります
「… …」
みんな何も言えません、言えませんが、いや~な雰囲気

何年も経って、ある姉妹から言われました。
「55さん、よくあの姉妹の元で続いたわねぇ」

それは私みたいなゆるゆる姉妹がよくあの厳しい姉妹の元で育ったと、言う意味です。
彼女は私以外にも沢山の研究生を抱えていた熱心な開拓者でした。
そしてその多くがやはり熱心な姉妹になりました。
私のようなのが彼女の研究生には珍しいのです。
だから結構ズバズバ言われましたよ、
「自分の考えを変えない、謙遜さが足りない、素直じゃない」
引っ越して行くとき、引き継ぐ姉妹に
「55さんは切ってもいいですよ」ですもんね(笑)

でも、私は彼女の信仰心を尊敬していたのです。
自分には絶対ないものだから、憧れにも似たものでした。
家から家の訪問で我が家の門をたたいたのが、彼女でなかったら、私のような奉仕者だったら、私はその人の信仰の中身を見抜いたでしょう、絶対興味も持たなかったと思います。

そんな私と司会者でしたが…

この司会者に対して、と言うより組織の持つ本質的なものに対して…
初めて違和感を持つ出来事が起こります。

何年経っても進歩しない私、
司会者と自分があまりに違いすぎる、
献身は彼女のようにならなければいけないものだと思っていた私、

ある時、一緒に奉仕した姉妹に何気なくそんな話をしたら
「○○姉妹は本当に素晴らしい信仰心の姉妹で、シロクロがハッキリしている。
けれど誰でもそうは出来ない、皆それぞれグレーな部分を持っているものよ、
それでいいんじゃない、○○姉妹を目指していたら献身出来る人はいなくなる」

その姉妹はそう言って私を励ましてくれたんだと思う。
そう思ったから、研究の後、その事を司会者に言ってしまった。

そしたら、そしたら、司会者の顔が変わった。
こわ~い顔に
「誰ですか?そんな事を55さんに言ったのは誰ですか?」
「ゆゆしき問題です、誰ですか?教えて下さい!」

ひぇ~
そんなに問題かよ~
冗談じゃない、言えません、ならなおさら言えません
「申し訳ありませんが、私、言いたくありません」

って言ったのに、かなりこだわっている様子で、その後も何回も聞いて来るので
「この話は何度聞かれても言いたくありませんので終わりにして下さい」
と言いました。

が、この出来事、
妙に私の心にずっと引っ掛かっていきました。
徹底して同じ方向を向かせる、その為に相互監視させる、
そんな組織のやり方に対する違和感
そして尊敬する知性的な司会者姉妹でさえ、組織と言う大きな力に取り込まれて行くシステム、
その時は実体が良く見えなかった違和感、
私がJWに対して初めて感じた出来事でした。

JWをやめた方は、神に祈る事はないのかな、誰に祈るのかな
って誰かが聞いてたような(笑)

JW信仰は決して熱心ではなかった私だけど、子供の頃から神様はいると思っていた。
子供ながらに、夜布団の中で明日こうなって欲しいと言う身勝手な望みをお願いしていた。
算数のテスト満点取れますようにとか、好きな男子と隣の机になりますようにとか、
祖母が寝込むと、婆ちゃん死んだら生きていけないよぅ助けて神様とか、

JWになっても本質的には変わらなかったような気がする。
そうなの、日本人皆が仏壇に向かって手を合わせるのと変わらない。
だからやめた今も結局、私は変わらない。

私をJWに導いた全き信仰の熱心姉妹は常々こう言っていた。
「エホバはいつも私の目の前におられます、常に側にいて下さるお父様の存在です」って
凄いでしょう、これってホントかな?って思ったのが深みにはまったきっかけ。
私もそうなれるのかな?って

でも無理だった、そりゃそうだわね、土台が違う、だってほら、もうブログで暴露してしまったこんな私だもの(笑)

ところがね、こんな私でも、時として
「私には神様がついている、必ず助けてくれる」って昔から思っているところがあるんです。これって誰でもあるでしょ?
誰にでもそれぞれお祈りする神様がいるでしょ?

韓国で高校生を載せたフェリーが沈没した痛ましい事故があったけど、
あの時の子供たちだって、恐怖の中で、最後の最後、命の火が消えるまで、
自分だけは神様が助けてくれると思っていたんじゃないだろうか

私が3.11大震災の時もそうだった。
数分の差で助かったんだけど、数分の差で命を落とした人がいた。
私はその時、無意識に「あぁ私は神様が助けてくれたんだ」と思った。
こんな理不尽な神様っておかしいよね
誰にだって神様はいるのに、じゃあ亡くなった人にとっては神様って何様、って話だよね。

これって何なんでしょうね
矛盾しているのに、理不尽なのに、自分が生き残っている事に神を感じている
こんな人間は、最後に奇跡がおきなくて苦しみながら死ぬ時に、
「あぁやっぱり神様はいなかった」って思い知るんだろうか。

あの全き信仰の姉妹だったらどうなんだろうか?
そのような時でも「私を助けては下さらないけどそれもご意志なんだわ」って思うんだろうか、

死んだら終わりじゃんね、神も仏もないじゃんね、
生きているからこその神様じゃないかなぁ

で、私にとっての神様は?
いるのかいないのか、分かりません。
宇宙や自然の法則は確かに偉大な力を感じるけど、人間一人一人に関心を持っておられるのか分かりません。
それでも私は相変わらず「困った時の神頼み」の祈りをするでしょう。
子供の時と何も変わらずに…


前記事のコメントに

なずなさんが、私の事をと~ても良い人に思ってくれたようで
ゴメンネ、なずなさん、私はそんな良い人ではありません、
(常に酔い人ですが)

>55さんは仲間にさしでがましいことをしたくなかっんですね。
>本当に仲間のことを思っていたんだと思いました。

コメントにも書いたように、ぜ~んぜん、全く、そんな人間ではありません。

そもそも高校時代の同級生5人が、今日まで45年近く交流が続いたのも、
お酒の繋がりだったのです。(なんですぐそこ)

昭和40年代、高度成長期真っ盛り、就職先は違えどそれぞれが大手企業のOLとして、社会人になりました。
あの時代は、社会も活気に溢れ、世間知らずの小娘たちにも未来はキラキラ輝いて見えた時代でした。
仕事帰りに、渋谷や新宿で落ち合って、仕事の事、上司の愚痴、彼氏の事を、アレコレお酒飲みながら語り合うのが楽しみでした。
そんな流れで、時には2人、3人で飲み、年に数回は全員で集まり。

何故か私が一番最初に結婚する事になっちゃって
「え~55ちゃん、東北に行っちゃうんだ、海も山も温泉もあるでしょ、遊びに行くからね」
「東京帰って来た時は必ず飲み会してやるからね」

そのまま45年。。
気が合うとか、仲がいいとか、そう言う事じゃなくて、
集まって、呑んだくれて、本音で語って、そのまんまの自分をさらけ出せる、
私にとっては裸で行ける場所なのです。

彼女らといるその空間だけは「エホバの証人の顔」言葉悪く言えば「クリスチャンずら」したくなかったのです。

「実は私はJW」って言ってしまったら、自分自身がどこかで「クリスチャンずら」しなきゃならないでしょ。

胡坐かいて、酒飲んで、バカ話で盛り上がり、下ネタで大笑いして、ほろ酔い気分で泣き出して、
およそ醜いこの世のオバサン女子会に「JW気質」など邪魔だったのです。

私、現役で頑張ってた時も、彼女らとの交友だけは「別物」として、
人としてのバランス取りとして、勝手に位置付けていたのです。

ごめんねぇ、私ってこんな人でした。

会った事ある人にはもうバレてるけどね、(笑)





おばばちゃんさんのブログ記事を読んで、そうだよなぁって、思った事があり
便乗してネタにしてみました。

おばばちゃん家のお嫁さんのお母さん、全時間仕事してきた人だから
JWを詳しく知らない。
だから興味もなければ偏見もない。

私の東京の旧友たちもそうだわ~

全時間仕事をしていたら、証言を聞く機会がない。
定年まで独身で働いて来た私の旧友たちもそうだった。

彼女らが我が家に泊まりに来た時も
「私、ちょっと小一時間、聖書研究に行ってくるから、酒の摘み作ってて」
って出かけても
「あ、そう、オーケー」で、根掘り葉掘り聞かなかった。

東京の彼女らの家に子連れで泊りに行って、そこから西武園行っても
「ちょっと聖書の大会行ってくる」って言ったら
お弁当まで作ってくれたのに、夏の真っ盛りの大会、
暑さに私も子供たちも耐え切れず午前中でリタイアしたら
「アハハ、根性ないなぁ、プールでも行くかぁ」って屈託なく(笑)

たぶん、あの時私が学んでいたものが、まさか今カルトとささやかれている
「エホバの証人」だったとは、思いもしないだろうな。

それくらい私が彼女たちの前ではJW色なかったのもあるけど、
知らなかったんだぁ、
だから「聖書の勉強会」に対して偏見もなかったんだぁ

朝早くから満員電車で通勤し、帰宅は夜遅く、休日は遊ぶ、
証言聞く機会がなかったんだ。

あるとすれば唯一、親友である私からなのに、
私は本音で話せる仲間にだけは持ち込みたくなかったから
「知られたら仕方ないけど、あえて言~わない」っと決めてたし(笑)

ダンナもね、これだけは私の気持ちを察してか、自分も言いたくなかったのか
言いませんでした。
彼女らを自分の友達だと思っているし、そんなネタ話題にしたくなかったんだと。

私も証言聞いたのは子供が小さくて働けないので家に居た時だった。
「子供たちが早く大きくなってくれないかなぁ、早く外で働きたいなぁ」って
思っている時だった。
だから主婦が多いんだねJWって。

今、やっと長い勤めを終えて、念願の定年退職をし、暫くはのんびり暮らす彼女たち
家にいると、やってきますよ~、 奉仕者が

まさか学ばないとは思いますが、引っ掛かってしまったら
その時は恥をしのんで、私の懺悔を初めて語りまする。

来月また一緒に温泉行くんだ~  福島県高湯温泉 玉子湯