今日は私が応援している楽天イーグルスのはなしです。

釜田佳直投手、2012年、ルーキーイヤーの年からずっと応援していました。

2度の手術で姿を消し、2年振りに復帰、先日やっとやっと1軍のマウンドに立ったのです。
ファンの私はこの日をどんなに待っていたか。

先日も球場で「誰のファンですか?」と尋ねられ「釜田佳直投手」と答えたら、
その名も知らない若いファンもいらっしゃることに驚きました。

忘れもしない、2012年6月17日、対巨人戦。
それまで巨人には連敗続き、今日もダメかと思って観戦していたその日、
ひとりマウンドに立ちはだかった18歳の釜田投手。
ジャイアンツの強力打線を相手に真っ向勝負、最後まで投げ切ったあの姿。
楽天ファンなら忘れませんとも。
試合後、原監督が「度胸満点の18歳らしい素晴らしい投げっぷり」と潔く負けを認めたコメントを発しておりました。

パリーグ新人王の最有力候補とまで言われました。
それが、球団の事情やら、ファンの期待やら、高卒1年目で先発ローテに入ってフル回転。どう見ても登板過多、投げ過ぎ。
結果、肩を壊し、あの雄姿を見ることが出来なくなりました。

あれからどうしているのかと、ネットで検索してみれば
ケガをした後も、不平不満も言わず最後まで居残り練習している様子。
二軍の監督が
「とにかく死ぬほど走り込んで、常人では絶対にこなせないくらい苦しい練習をやり続けてきました。あいつが一軍マウンドに上がる姿をみたら、たぶん泣いちゃうでしょうね」と言ったくらい。

その釜田君が8月29日、復活したのです。
前日から降り続いた雨も開始時間にはピタリとやみました。
岩隈から引き継いだ背番号21番、釜田佳直投手、地獄から這い上がってきたのです。
もう、選手も、監督も、コーチも、一丸となってる熱い思いが伝わってきました。

「釜田を勝利投手にしようとチーム全員の思いをバットにのせました」
その言葉通り、普段ホームランなど期待してない島と藤田のホームラン。
序盤で一挙7得点。
5回4失点で降板したのですが、それでもその日のヒーローです。
ホームランを打った島でもなく藤田でもなく、釜田ひとりがお立ち台に上がりました。
みんなが釜田君のヒーローインタビューを聞きたいんですよ。
「ただいま、帰ってきました」
はにかみながら答える姿にファンの私はもうウルウルです。(笑)

以前、野村前監督が釜田投手の事を失礼にもこう言ってました。
「何がいいかって言ったら、あの顔だね、ハンサムじゃないからいい
顔がいいと女にモテるからダメなんだ、ワハハ」

確かにね、彼の顔を見てると、はるか昔、東北地方から集団就職で上野駅に下り立つ、初々しい素直な若者の顔を思い出すんだよね。
でも私はあのジャガイモのような顔も好きですけど(笑)

以上、超くだらないイーグルスファンの婆さんの日記でした。




引っ越しの荷物もほどかぬ内に、お盆休みで、海外転勤中の長男夫婦が長期里帰りしていました。
盆暮れは基本、全員集合する我が家ですから、婆は毎日、飯炊きばあばに徹しておりました。
可愛い子供や孫の為とは言え、いやぁ疲れました(笑)

お蔭でさっぱりパソコン開ける暇もなく、読者登録している方々の記事に目を通す暇ないうちに皆さん更新されていて…
スイマセン。

今日は一年振りに長男とゆっくり会話した中で、母親として子の成長を逞しく思った事を聞いて下さい。

次男夫婦の事が会話のきっかけでした。

次男は今、仕事が大変な時で、心身ともに限界の状態で、
家に帰ったら即、風呂に入って、一杯飲んで即寝たい、
だけど小さい子共3人の育児に追われている奥さんにしてみれば、
夫の育児協力はあたりまえ、だって約束の上での出産、
仕事帰って来たら風呂入れるのは夫の仕事。

結果、どこの夫婦でも聴いた事があるようなセリフが
「誰の為に俺は我慢して働いていると思っているんだ」
「男の仕事の大変さが家でのほほんとしている女に分かるか」
「ひとつ協力すればつけあがって、疲れて帰って来たってあれもこれも」

女にだって言い分があります
「家事、育児だってバカにしないでよ」
「誰の子供を育ててると思ってるのよ」
「そんなに言うなら私だって働くわよ」

そこで売り言葉に買い言葉、お互い爆発。

息子、お嫁さん、双方の言い分が分かるのです。
私の場合は、そこでJW(笑)
夫を当てにしない事に決めたのです。
当てにするから当てが外れて腹が立つ、当てにしなければ腹も立たない。
結果、夫は「カヤの外」にしてしまうと言う罪。

私の過ちは置いといて
次男夫婦の喧嘩が最近絶えないので、長男にアドバイスを願ったのです。
そうしたらこう言われました。
「俺だって爆発したい気持ちは分かる、けど爆発したって解決しない」
「女に男の背負うものを分かれって言うのが無理、土俵が違う」

「家族の為に働いているとか、家族の為に我慢しているとか、そう言ってること事態間違っているよ、働く事を人のせいにしている」
「働く事、仕事をすると言う事は、自分を磨くため、自分の為なんだ、そこの所から間違っている」
「そこを自分が分からないうちは何言っても無駄だよ、母さん」

我が息子ながら言葉もありません、
この言葉に達するまでにどんな思いを重ねてきたかと(涙)
子供は親を遥かに超えて大人になるものです。
そっと嬉し涙の愚かな母でした。


今日は七夕だったんですね。


子供たちが成人して巣立って行くと、そんな事も忘れていました。


皆さんのブログを読んで、娘の小学生の担任の事を思い出しました。


子供にとっては胸膨らませてワクワク臨む小学一年生。


担任の先生は、同じ年頃のお子さんを持つお母さん先生でした。


初めての家庭訪問。。


JW親としては、これがまず一番大事。


ここでJW家庭だと言っておかなければなりません。


でも神権家族ではないので、母親と子供たちだけ学んでいると言う事も言っておく


(ここ大事、特に私の場合、夫を盾に、時に子供を守る言い訳に使うため)


この時の先生、こう仰いました。


「私もクリスチャンです。エホバの証人ではないですが学生時代から聖書を学んでいて、今でも教会に通っています」


そうなんです、立派な普通のクリスチャン先生でした。


この先生のお蔭で、娘はJWゆえの辛い証言と無縁な生活を送る事が出来ました。


この学年、JWの子供は3人いて、全部この先生のクラスに集められました。


今思えば、毎年の事で、学校も面倒だったんだと思うのです。


それと幼い子供の心にも配慮したのかも


その娘たち3人、一年生で迎える初めての「七夕集会」がありました。


全校生徒が体育館に集合して何やらあるそうなのですが、我が家の娘は証言など出来るわけありません、教えてないから


この先生、JWの子供たちの気持ちに配慮して下さったのです。


クラスの皆からヘンな目で見られないように


「○○ちゃんたち3人は、先生のお手伝いをお願いしたいので、体育館には行かないで教室で待てて下さい」


この先生、この後も、学校行事全てに、このようにして下さいました。


毎年繰り返されるJWの子供たちの気持ちを思って、ずっと心を痛めておられたんだと思うのです。


あの家庭訪問の時、私は心の中で、世のクリスチャンをJWより見下げていました。


先生は決してJWを非難する言葉を一言も仰いませんでした。


今、思い出しても恥かしい、


「サタンの世の人」と蔑む人々に、子供たちは温かく見守られ育てて頂いたのですね。


その娘が今、教職についているのは、この時の先生の姿が心にあるのかも…