夫と出会った思い出の島に、実に40年振りに来ました。

南の小さな小さなこの島で、偶然出会い結婚したのでした。

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サンゴで囲まれた綺麗な島です

東京で大企業のOLをしていた当時の私は、ごく普通の価値観しか持ち合わせていない普通の真面目な女の子でした。

4.5歳年下の夫は、高専を中退し、アルバイトをしながら日本一周の旅をしていた風来坊。

その自由な生き方に魅かれ、勢いで結婚してしまったワタクシ…トホホ

結婚してからも、子供が出来てからも、自由にさせましたワタクシ…

大きな駄々っ子がいると思うことにした、年上でかなり自立心の強いワタクシ…

バイクで海外のサファリラリーに出たいと言えば借金してまで協力し、

中年になってから夜間高校に行きたいと言えば協力し、

仕事変えたいと言えば文句も言わず協力し、

ほんと自由にさせましたわワタクシ…

なのに、なのに、私がたったひとつ自由にやらせて、って言ったJW活動。

徹底的に反対したもんねヤツは…

お酒飲んで気に入らない事があると、なんでも原因をそこに持ってって
好きなだけ暴れた、

もういっそのこと離婚してくれないかと何度思ったか

でも離婚には絶対応じないと言いはる夫

ある時「慰謝料よこせば考える」と言われた時は、本気でお金貯めようと思ったもんねワタクシ

そんなふうに喧嘩したり寄り添ったり繰り返しながら、アッと言う間に過ぎてしまった日々…

今しみじみと思うのは、「離婚しないで良かった」

この歳になり、互いに喧嘩する元気もなくなってくると、

残ったものは、共に酒を酌み交わし、共に語り、共に出かける日々

この歳になり、側に寄り添う人がいる幸せがやっとわかったおバカなワタクシ…

今があるのは我慢した夫のお蔭でした。感謝です。

そんな島でのツーショット

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私だって顔出ししましたわよケンケンさん(笑)

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さてさて、これは何でしょう?
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そうです、○○会館。

スーツ姿の男性が見えます。このクソ暑い南の島でも同じいでたち
それにしても、
人口5000人のこの島にあったとは驚きでした。
頑張ってるなぁ



同じ仮設住宅に住む友人のお話。

彼女は震災の年に高校生になった息子さんがいる。

息子さんと同じ高校に入学が決まったお友達が、
中学校卒業式のその日に、東日本大震災が発生し、母親を亡くした。

息子と一緒に高校に通うその子のために
彼女は、毎朝作るお弁当をひとつふやした。
毎朝、毎朝、持たせて、2年が経った頃、その話がマスコミに伝わり
全国紙の新聞に小さく載った。

「母親の変わりは出来ないけれど、せめて私に出来る事はしたいから」
と言った彼女の言葉に
なんと、見ず知らずの方から新聞社を通して連絡が来た。

彼女の言葉に心打たれたその方も
「自分に出来ることがしたい」と

それから毎月、お米が30キロ送ってくるようになった。
魚沼産のコシヒカリですよ、

その方のお手紙に書かれていたのは
ご自身の息子さんが白血病を患っていて、見ず知らずの方から骨髄を提供して頂き、元気に暮らしているとのこと。

骨髄提供はリスクの伴う全くの善意の行為です。
提供者の住所も名前も知る事が出来ません。

どのように感謝しても、しきれないその思いを、その方はどう現したらいいのか、考えたのかも知れません。

それで、見ず知らずの人の善意に対して、自分も見ず知らずの人に善意で返したい
そう思って生きていらっしゃるのかも知れません。

友人の息子さんもその子も、今年の春、卒業を迎えました。
もうお弁当を持たせる事もなくなったので、お断りしたら

余ったら同じ仮設住宅に住む被災者の方々に分けてあげて下さい、と
いまだに送って下さるそうです。

「サタンの世」とどこぞで呼んでいる世の中
こんなにも善意に溢れているんです。

いいお話でしょ。
ちょっと思い出したお話

以前にも書いたけど、私には高校時代から今も続いてる友達が5人います。
独身者はもう定年退職して自由時間いっぱいだし、既婚者も私のように子供たちは独立したからないのはお金だけで自由です。

私以外東京在住で、JR新幹線を使ったパック旅行で東北地方の温泉に、年に数回来てくれます。
還暦過ぎたおばさんたちの楽しみ、
待ち合わせた場所でまず生ビールで乾杯

宿に着いたら風呂入って、夕食まで我慢、んで夕食にまず生ビールで乾杯
それから2時間飲み食い、おしゃべり
寝る前に一風呂浴びて、缶ビール。 寝ころびながら寝酒でおしゃべり
早朝、朝風呂浴びて朝食前に缶ビール。
宿を後にして、美味しそうな昼食見つけたら、生ビールで乾杯
新幹線で帰る友を駅まで送りながら、時間待ちの間ちょっとビール。
ふぅ、おやじの生態と変わりましぇん。

そんな仲間には、ずーとずーと私JWだったなんて言ってません。
現役の時も、やめた今も、
仲間との時間は私が素の自分でいられる大切な時間だから。

面白いのがね、
まだ30代の頃、研究生の頃、私、友達の一人に聖書学んでるって言った事あるのよ。
その友達の家に泊めて貰って、子供二人つれて西武園の大会に行った事あるの。
なのに、なのに、その行動が、「カルト教団エホバの証人」だと考えも及ばないようで
いまだ「55ちゃん、あれってもしかして」って言われたことありません。
それってどして???
私の性格と行動が、間違ってもカルトとは結びつかないので彼女たちは考えもしなかったんだと思う。

ある時、いつものようにまったり飲んでる時に、一人の友達が語り出した。
「ねぇ、エホバって知ってる?」
私、ググググー、 
遂に来たか、いつかこの話題が出るとは思っていたが、
「そう言えば55ちゃん、以前聖書勉強してるとか言ってなかったっけ」って
発言が出るかと思って構えていたが、
大酒のみの55ちゃんとは、だ~れも結びつける人はいなくて (ほっ
そうなりゃ私、知らん顔、わざわざ言いません。

その彼女の身内のお話が始まりました。
ダンナさんのお姉さんが熱心な姉妹のようです。二人のお子さんがいながら頑張って、
遂に離婚され、実家に戻りました。
それからがね、実家は資産家で、この出戻った親子をずっと金銭援助しているという話。
この姉さん、横浜国大卒と言う才女だと。
親も期待する優秀な方が、子育ての一時に出会ってしまったのですなぁ
よくあるパターンですよね。

それにしても、実家が裕福だからずっと甘えるって、どうよ
自立しろよ
って言う貧乏人のひがみ話でした。

夫の仕事が休みだったので、以前から行ってみたかった南三陸に

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ここが入口です。平日なのですいてました。

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私が食べたキラキラ海鮮丼、 生ビールがうんま~い!

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夫が食べたキラキラうに丼、運転手はビールなし!

近くなので寄ってみました。
ここでもたくさんの犠牲者が…

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JWの奉仕活動。

若い女性2人が我が家の目の前のお宅に。

私はカーテンの陰に隠れて、そっと聞いてました。

久し振りに耳にする「証言」ちゅうやつですね、

「ここの団地を定期的に訪問して皆様の様子をお伺いしている者です」

上手い事言うなあ、これじゃぁ誰もJWだと分からない。

この仮設住宅は一人暮らしの高齢者が多いから、定期的に福祉関係の方々が見回りに来る。

前のお宅のオジサンもすっかりそう思っている様子。

「復興が中々進まないので大変でしょうね」

「どの辺にお住まいだったんですか、被害はどのくらいだったんですか」

「今、どのような事に不自由を感じておられますか」

なるほど、なるほど、福祉のボランティアさんと同じだわ、これでは

今日は土曜日、雑誌の日だろうか?

最後にやっぱり雑誌を出してきた。

「震災で心に痛みを抱えている…うんちゃらなんちゃら」

そんな丁度マッチした記事でもあるんだろうか?最近雑誌さえ手に入らないから分からない。

さてさて、我が家に回って来たら、どう対応しましょうか?

私が自然消滅姉妹と言う事は知ってるはずだけど

それって区域カードに書いてあるんだよね、

パスされるのかな…


じ~とドキドキしながら構えていると…


あら帰っちゃった、

我が家に来る前に、どして?どして?


ぴったし4時でしたぁ チ~ン…