すっきりしたはずが、あるメールの返事で、もやもや感たっぷり、の未確認です、こんばんわ

おみパでの敗因(?)をいろいろと分析してみました。
(分析癖があるんかなぁ、私

敗因
 楽しく、もりあげようとして、若手とおなじ土俵に乗ろうとしていた。
 →そりゃ、イカン。おじさんはおじさんらしく、落ち着きとかで勝負するべきだった

 相手の情報につながる質問をしていなかった
 →世間話やあたりさわりのない話ばっかじゃなぁ。。。

 接触機会が少なかった
 →いいわけなし

とまぁ、まだまだ、いろいろあるかもしれないが

ただ、、、

若手イケメンがいたから負けた、とは思っていない。

 俺はこれでメシ食ってんだ!とか

 結婚したら、2年以内に家建てられるくらい、がんばるつもりだ、とか

 ○年以内に、今の年収の2倍以上稼げるように、頭使ってがんばる、とか

そういう、ビジョンや熱意が「ある」というとこを見せてなかった

若手とおなじ土俵(笑わせることやしゃれたトークなど)をまねしようとした

そ・れ・が・元も愚かだったなぁ、、、と

若者の若さのパワーや流行、話題性など、勝てやしないんだ。

過剰な演出じゃなくて、自分自身のいいとこを見せればよかったんだよな。

でも、、、まてよ、

果たして、本当に、私は「負けた」のか

確かに「Wさん争奪戦」では負けた。

「負けた」と思うことが負けではないのか。

おみパはパートナーと出会う場だ。

それと、同時に、自分を結婚に導く、勉強の場だとも思える。

おみパでカップルになれなかったとしても、そこで得たものを有効に使えば、

おみパの場でなくても、他で出会ったチャンスを生かせるのではないか、そう思える。

自分の何かに気づいたり、変わることができ、次のチャンスに生かすことができたなら、

それはそれで、「引き分け以上の勝ち」になるに違いない。

甘ちゃんの意見かもしれんが、ね。

・・・そもそも、、、勝ちも存在してないや。